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2014年05月01日

糖尿病患者さんの温泉療法と入浴の基礎知識

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糖尿病ネットワーク
糖尿病と温泉療法

加藤内科クリニック院長 加藤光敏
(糖尿病学会専門医・指導医、日本温泉気候物理医学会専門医)

(1)入浴温度と消費エネルギー

 入浴はエネルギーを使います。これは糖尿病患者さんにとって極めて有利なことです。

 日本温泉気候物理医学会の研究データによると、42℃のお湯に10分間入ると体温が2℃くらい上昇し、入浴直後から脈拍数は上昇してきます。すると基礎代謝は増加し、エネルギー消費量も増加します。一般的に、10分間で30〜40kcalのエネルギーを消費すると言われます。

 糖尿病の患者さんでも温泉に入ると基礎代謝が増え、血糖値が下がる人が多くみられます。つまり、風呂に入り、体温が高くなり、脈拍数が増加すると代謝も増加するのです。基礎代謝の亢進ということもありますが、骨格筋の血流が良くなると、インスリンも充分に作用し、老廃物を無くし、新陳代謝が活発になることで、血流浄化作用が糖の取り込みを促進すると考えられます。

 せっかくの温泉効果ですが、旅館やホテルで食べ過ぎたり飲み過ぎたりすることが問題となります。その土地の味を楽しむことは大いに良い事ですが、夕食で最後に出てくるシメのご飯(おじや、蕎麦、うどんなどの糖質)まで残さず食べてしまえば、昼間歩き、さらに温泉で代謝を活発にしたとしても、血糖値はかえって上昇してしまいます。当院でも患者さんが「旅行に行ったから」と血糖上昇の理由を話しますが、まことに奇妙なことなのです。また、旅行中に十分歩き、温泉で深部体温・代謝を上げれば血糖値は良くなりますが、自家用車やバスで名勝地入口まで行くスタイルでは効果は半減してしまいます。

(2)糖尿病と温泉療法

  1. 温泉場の開放感で、自律神経の緊張から開放されます。これは非常に大事なことですが、先に書いたように食事の量には注意しましょう。
  2. 温泉療法の適応となるのは、軽症か中等度の糖尿病です。血糖コントロールの悪い方、大きな糖尿病合併症を持つ方は細心の注意が必要です。
  3. 高温浴の場合、交感神経緊張により血糖が上がることが多く見られます。東京慈恵会医科大学・阪本要一先生の症例では、血糖コントロールの悪い人が温泉に入った後、食前の血糖が上昇するというデータがあります。つまり、血糖が高めの人は、急に高温の温泉に入ると血糖が上昇する傾向があるのです。
  4. 温泉入浴によって血液循環が活発になり、ホルモンの分泌が高まり、免疫機序が改善することが発表されています。

(3)温泉の効能3つの因子

【静水圧】

プールでも同じことですが、周りから水圧がかかります。まず足に圧力がかかり、心臓に戻る血液が増えます。その結果、血液の循環が良くなります。逆に心臓の悪い人は急に深いところへ入ったりすると、水圧で血液が多く心臓に戻ってきますので心臓に一時的に負担をかけ、心臓の弱い方では心不全を起こす危険性も否定出来ません。

【浮力】

水中では体が軽くなり、リハビリテーションに応用したり、筋力アップに用います。

【温熱】

温泉の熱により、血行改善、新陳代謝促進作用、そして筋肉の末梢循環もよくなり、疲労物質を除くことができます。これにより、筋肉・関節の痛みを軽くしたりする効果があります。

(4)温泉の安全な利用法

 全国では一般の入浴中の溺死や、入浴直後の死亡を合わせると少なくとも年間1万人以上が亡くなっているそうです。65歳以上の突然死の1/4は入浴中とも言われます。正しい入浴法を実行すれば、死亡例の多くが防げたのではと考えられます。最も重要なのは、お酒を飲んだら入浴しない、入浴前には水分を十分摂ること、これをぜひ覚えておいてください。

【安全な入浴法とは?】

 温泉では、必ず「かけ湯」をしてから入浴します。まず足に3回、それから腰、上半身へと「かけ湯」をします。入浴後の水風呂は刺激が強いのであまりお勧めしません不整脈などによる突然死が起こる場所でもありますので十分注意しましょう。若い方も例外ではありません。ふつうは風呂で居眠りをしてお湯に顔が浸かるとすぐ気づきますね。しかし温泉や家庭のお風呂で飲み過ぎて入った時を想定してみましょう。末梢血管が開いて血圧が下がる効果に、脱水で血圧が下がり、アルコールで血管が拡張して血圧がさらに下がりフッと水面下に沈んだらと考えるとぞっとします。

 アルコールの糖新生抑制による低血糖誘発も注意です。飲み過ぎたから風呂で冷まそうなど極めて危険な行為。若い方も含め、周囲の人にはぜひ知っておいてもらいたいことです。

(5)温泉に入る際の注意

  1. 歳をとった人、介護を受けている人、そして病気を持っている人は一人で入浴をしないこと。
  2. 高齢者はバランスを崩しやすいので、周辺の誰かと一緒に入ること。浴槽の真ん中には行かず、手が届きやすい入り口に近い場所で。
  3. 家庭では、お湯は浅めに入れ、低めの温度でゆっくり入浴。最後に追い炊き等で温度を上げます。事故防止対策として浴槽の蓋を利用するのも有効です。
  4. 更衣室と浴室の温度管理は大事です。冬場は、温度差の大きくなりますので血圧・脈拍数が変化し、心臓発作を起こす人が少なくありません。入浴の5〜10分くらい前に蓋を開けて浴室を温め、それから入浴をした方が良いでしょう。
  5. 冬の露天風呂、雪が降っている時の露天風呂も要注意です外気が低い場合、血圧が急上昇し、熱い風呂で更に血圧が急上昇します。
  6. 入浴の前後には水分を補給しましょう。水を飲まないで温泉に入るのは危険です。自覚はなくとも温泉浴では発汗量が多くなり、39〜40℃の熱くない温度でも入浴時間が長くなれば多量の汗をかきます。
  7. 42℃以上の湯温による高温浴はしないこと。特に高齢者は皮膚感覚が低下しているので、高温を充分認識できないことがあります。また、糖尿病患者さんは末梢神経が鈍くなっていることが多いので、高温を感じず火傷をすることがあります。入浴するときは、まず手でお湯の温度を確認してください。
  8. 高温浴は、高温の程度に応じて血圧が上昇します。入浴中の血圧の変動は少ないですが、出浴後に血圧は急激に低下するので注意が必要です。
  9. 糖尿病患者さんは、入浴中の低血糖に注意してください。アルコールはその場では血糖を下げる作用があることをお忘れなく。

(6)おわりに

 日本温泉気候物理医学会は多くの側面から温泉による安全な健康増進を研究している学会です。温泉は日本が誇る伝統的な文化であり、健康増進に大きく寄与し、高齢化社会の医療費抑制にもつながると考えます。このように、温泉の効用と安全性を正しく学び、健康づくりに活かしていくことが大切です。心と身体に安らぎを与えてくれる温泉を、楽しんでいただけたらと心より願っています。


【関連情報】

温泉と医師―癒しと休息と科学―『東京保険医新聞/新春座談会』より ▶

[ DM-NET ]
日本医療・健康情報研究所

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