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2022年11月04日

糖尿病薬のDPP-4阻害薬は安全であることを確認 DPP-4阻害薬はもっとも利用されている薬

 日本で2型糖尿病の薬物療法でもっとも多く利用されているDPP-4阻害薬は、治験や市販後調査により、十分な安全性と有効性が確認されているものの、実験動物を用いた一部の研究結果から、DPP-4阻害薬により膵がんの発症リスクが上昇するおそれを危惧する声が出ていた。

 がんなどの発症について安全性を確かめるために、長期間の調査が必要になる。そこで岐阜大学などは、健康保険組合に所属する加入者が医療機関を受診した際に発行される全レセプト(診療報酬明細書)や健康診断の結果を解析して、DPP-4阻害薬の安全性について調査した。

 その結果、DPP-4阻害薬は、他の糖尿病の飲み薬に比べて、膵がんの発症リスクを上昇させることはなく、安全であることが確認された。

 「日本の日常臨床で集積された医療ビッグデータから、DPP-4阻害薬の使用が膵がんの発症リスクを上昇させるということはないと確かめられました。研究成果は、日本で糖尿病治療薬の処方を受ける人の6割以上に用いられるDPP-4阻害薬の安全性を確信するうえで重要な知見といえます」と、研究グループでは述べている。

日本人の2型糖尿病では「インスリン分泌障害」が多い

 糖尿病の大半を占める2型糖尿病は、インスリンと呼ばれる物質が十分に分泌されない「インスリン分泌障害(インスリンが十分に分泌されない)」、もしくは十分に作られていてもその働きが悪くなっている「インスリン作用障害(筋肉や肝臓などでインスリンが十分に働かない)」により、血糖値が慢性的に高くなる疾患。

 欧米の白人の2型糖尿病では、肥満によるインスリン作用障害が主な特徴である一方で、日本人を含む東アジア人の2型糖尿病は、インスリン分泌障害を主な特徴としており、あまり太っていなくても糖尿病になる人も多い。

 このような2型糖尿病での人種差から、日本や東アジアの国々では、インスリン分泌障害を改善する治療薬が多く使われてきた。インスリン分泌を促す治療薬として、以前はスルフォニル尿素(SU)薬やグリニド薬がよく使われていたが、血糖に応じて作用があり、低血糖のリスクが低いなどのメリットのあるDPP-4阻害薬を2009年より使用できるようになってからは、日本で2型糖尿病の薬物療法を行っている人の6割以上にDPP-4阻害薬が使用されている。

DPP-4阻害薬により膵がんリスクは上昇しないことを確認

 しかし、このDPP-4阻害薬は、治験や市販後調査により、十分な安全性と有効性が確認されているものの、実験動物を用いた一部の研究結果から、膵がんの発症リスクが上昇する可能性を危惧する声もあった。

 これまで世界規模で行われたDPP-4阻害薬の臨床研究の多くで、DPP-4阻害薬による膵がんの発症リスクの上昇は確かめられていないが、膵がんに対する安全性を証明するには、多数の患者を長期間観察する必要があり、これまでに行われてきた臨床研究では不十分とされてきた。

 そこで岐阜大学の研究グループは、国内の医療ビッグデータ(健康保険組合に所属する加入者が医療機関を受診した際に発行される全レセプト、健康診断結果)を用いて、DPP-4阻害薬と他の経口糖尿病薬を比較して、膵がんの発症リスクを調査した。

 その結果、DPP-4阻害薬と他の糖尿病の飲み薬を比べたところ、膵がんの発症頻度や膵がんを発症するまでの期間について、有意な差はみられなかった。

 膵がんのリスクとなる加齢や性別、膵疾患(膵管内乳糖粘液性腫瘍や慢性膵炎、膵嚢胞)、アルコール多飲を考慮しても、DPP-4阻害薬の使用により膵がんの発症リスクが上昇することはなかった。

 研究は、岐阜大学大学院医学系研究科教授・関西電力医学研究所副所長の矢部大介氏らによるもの。研究成果は、「Journal of Diabetes Investigation」にオンライン掲載された。研究は、公益社団法人 日本糖尿病協会学術委員会で、岐阜大学、関西電力医学研究所、JMDCなどが中心になり実施された。

関連情報

DPP-4阻害薬は血糖に応じてインスリン分泌を促して血糖値を低下させる薬

 DPP-4阻害薬は、2型糖尿病治療薬のひとつ。食事に刺激され消化管から分泌されるインクレチンとよばれるホルモンが、DPP-4という酵素により分解されることを阻害する作用がある。

 インクレチンは、膵臓に作用してインスリン分泌を促して血糖値を低下させる。日本人を含む東アジア人の2型糖尿病は、肥満でないことやインスリン分泌障害を主な特徴とするため、DPP-4阻害薬がよく効く場合が多いことが知られている。

 また、インクレチンは血糖値が高いときのみインスリンの分泌を促進するため、DPP-4阻害薬は低血糖リスクが低く、高齢者や合併症の進行した人でも使いやすい糖尿病治療薬として、糖尿病の飲み薬を使用する糖尿病のある人の6割以上に使用されている。

膵臓にできるがんは日本でも増えている

 膵がんは、膵臓にできるがんで、日本でも年々、診断される患者が増えている。膵臓はがんが発生しても症状が出にくく、膵がんは進行してから発見されることが多いため、5年生存率は10%未満と他のがんと比べると低い。

 その原因は十分に分かっていないが、血縁者に膵がんと診断された人がいる人、喫煙やアルコール多飲、肥満や糖尿病、慢性膵炎などがあると、膵がんを生じやすいことが知られている。

 膵がんは、複数の遺伝子変異が重なり多段階的に発生するため、最初の遺伝子変異から10年以上かかり進行がんとなるとされている。このため、特定の治療薬の膵がんに対する安全性を証明するには、多数の症例を長期に観察する必要がある。

 そのため、DPP-4阻害薬について行われてきた臨床開発治験や市販後調査などをもとに、膵がんの発症リスクについて完全に知るのは難しかった。

DPP-4阻害薬が膵がんリスクを高めないことを確かめた研究は意義が大きい

 研究グループは今回、DPP-4阻害薬が日本で使用できるようになった2009年12月から、研究開始時に入手可能だった2019年6月までの期間に、DPP-4阻害薬を新たに開始した6万1,430人と、DPP-4阻害薬以外の経口糖尿病薬を開始した8万3,204人とで、アルコール多飲や慢性膵炎など膵がんの発症リスクとなる状態を補正したうえで、膵がん発症リスクを比較した。

 「日本の日常臨床で集積された医療ビッグデータから、DPP-4阻害薬の使用が膵がんの発症リスクを上昇させるということはないことが確かめられました」と、研究グループでは述べている。

 「いくつかのリアルワールドエビデンス研究の限界点も考慮すべきですが、諸外国に比してDPP-4阻害薬を使用する糖尿病のある人が圧倒的に多い日本で、DPP-4阻害薬が他の経口糖尿病薬と比較して、膵がんの発症リスクを上昇させないことを明確に示した今回の研究成果は意義深いものと考えます」としている。

DPP-4阻害薬とその他の経口糖尿病薬を比較
膵がん発症までの期間に差は認められなかった

多因子解析でDPP-4阻害薬内服による膵がんリスクの上昇は認められなかった
DPP4i=DPP-4阻害薬、HR=ハザード比

DPP-4阻害薬を内服開始か、その他の経口糖尿病薬を内服開始したかを含む、多くの因子で膵がん発症リスクを検討した結果、年齢が上がることや、男性であること、もともと膵がんのリスク疾患として知られる膵管内乳糖粘液性腫瘍では、膵がん発症のリスク上昇が認められたものの、DPP-4阻害薬を内服開始による膵がん発症リスクの上昇は認められなかった。
出典:岐阜大学、2022年

リアルワールドエビデンス研究は注目されている

 「ビッグデータ」と呼ばれる巨大なデータを解析し、価値のある情報を引き出すAIや機械学習などの技術が急速に発展しつつある。そのなかで、「リアルワールドエビデンス」は、医療記録などの幅広い情報源から得られた医薬品の使用状況などから、患者ケアの改善につながるヒントやメリット・デメリットなどを探りだす手法。

 糖尿病に対する新規治療薬の安全性や有効性などを検証するために、従来から行われている「ランダム化比較試験」という手法では、年齢や合併症・併存症、併用薬などの条件を満たす一定数の人を、効果を確かめたい治療薬を投与するグループと偽薬(形状などは実薬と同じだが、実薬の成分を含まないもの)を投与するグループにランダムに割り付け、それらを一定期間使用した際の安全性や有効性を比較するもの。

 「ランダム化比較試験」は、質の高い研究手法だが、観察する人数や期間が限られるため、頻度の低い副作用などが見逃されるおそれがある。また、日常臨床では年齢や合併症・併存症、併用薬などの状態が多様なため、予期せぬ副作用を生じる可能性もある。

 一方で、リアルワールドエビデンス研究は、ランダム化比較試験と異なり、年齢や合併症・併存症、併用薬などの状態が多様な人を多数、長期に観察することができるもので、ランダム化比較試験を補完するものとして注目されている。

 今回の研究は、リアルワールドエビデンス研究として、日常診療から得られる医療ビッグデータを活用して、糖尿病治療薬DPP-4阻害薬の使用により膵がんの発症リスクが上昇しないことを明らかにしたもの。

 「このような研究手法は、DPP-4阻害薬以外の糖尿病治療薬はもちろん、他疾患の治療薬の安全性を評価することにも有効と考えられます」と、研究グループでは指摘している。

岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学
Association of dipeptidyl peptidase-4 inhibitor use and risk of pancreatic cancer in individuals with diabetes in Japan (Journal of Diabetes Investigation 2022年10月25日)
[ Terahata ]
日本医療・健康情報研究所

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