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2022年06月09日

認知症リスクは糖尿病予備群の段階で上昇 DPP-4阻害薬やメトホルミンが脳の健康も守る?

 糖尿病の人は、認知機能の低下や認知症のリスクが高いことが知られている。

 まだ糖尿病ではないが血糖値が高くなっている糖尿病予備群の段階で、すでに脳の健康に悪い影響があらわれている可能性がある。

 糖尿病がアルツハイマー病のリスクを1.5倍に高めるという報告もあり、糖尿病の治療により、認知機能の低下や、認知症の発症を抑える研究は注目されている。

 糖尿病の治療により血糖コントロールを改善すると、認知機能の低下や認知症の発症を抑えられることも分かってきた。

糖尿病予備群の段階で脳の健康は悪化

 糖尿病は認知症の危険因子だが、血糖値が正常よりも高い糖尿病予備群の段階でも、脳の健康状態は悪化しやすくなっていることが、約50万人を対象とした大規模な研究で明らかになっている。

 UK Biobankは、50万人の英国人が参加している、遺伝情報や健康情報を含む、大規模な研究用データベース。

 研究では、UK Biobankに参加した平均58歳の約50万人の英国人のデータを分析した結果、血糖値が正常より高い人は、平均4年間で認知機能の低下を経験する割合が42%高く、平均8年間で脳血管性認知症を発症する割合が54%高いことが示された。

 「糖尿病と診断されるほどではなくとも、血糖値が高くなっている糖尿病予備群の段階で、脳の健康に悪い影響があらわれることが示されました」と、英ユニバーシティ カレッジ ロンドン(UCL)心臓血管科学研究所のビクトリア ガーフィールド氏は言う。

 「血糖値が高いと指摘された人は、食事や運動などの生活スタイルを見直して、かかりつけ医から処方された薬の服用もきちんと続けて、血糖コントロールにより血糖値を正常な範囲内におさめることが、年齢を重ねるにつれて起こる記憶力や認知機能の低下を防ぐために、有望な戦略になる可能性があることが示唆されています」。

 「糖尿病の疑いがある人は、健診を定期的に受けて、糖尿病と診断された場合は、すぐに適切な治療を開始することが重要です」としている。

血糖コントロールが良好でないと脳の老化が加速

 UK Biobankに登録された50~80歳の約2万人のデータを解析した別の研究でも、糖尿病の人が血糖コントロールが良好でないと、糖尿病ではない人に比べ、脳の老化が約26%加速することが示されている。

 糖尿病の人は、糖尿病のない同年齢の人に比べて、加齢にともなう実行機能の低下が13.1%多く、処理速度の低下は6.7%多かった。

 加齢と2型糖尿病の両方が、作業記憶・学習・柔軟な思考などの実行機能、さらには脳の処理速度の変化に影響しているという。さらに、2型糖尿病と診断される糖尿病予備群の段階から、すでに脳に重大な構造的損傷が起きている可能性もある。

 研究グループは、MRIスキャンを使用して、糖尿病のある人とない人のあいだで脳の構造と活動についても比較した。

 「糖尿病の人が血糖値が高いと、典型的な加齢にともなう影響を超えて、脳の灰白質が減少していました。通常の加齢と比較して、脳内の情報処理に関わる腹側線条体の灰白質はさらに6.2%減少していました」と、ニューヨーク州立大学バイオ医療工学科のボトンド アンタル氏は言う。

糖尿病の治療により脳の変性を抑えられる

 このように糖尿病の人は、血糖コントロールが良好でないと、認知機能の低下や認知症の発症のリスクが高いことが、多くの研究で明らかになっている。

 しかし、糖尿病の治療により血糖コントロールを改善すると、認知機能の低下や認知症の発症を抑えられることも示されている。

 血糖値を下げる2型糖尿病の薬を服用している人は、薬を服用していない人に比べ、アルツハイマー病の発症リスクが低いという研究を、米国神経学会が発表した。

 研究は、韓国の延世大学校医科大学によるもので、記憶力や思考力の障害を感じ受診した平均年齢76歳の男女282人が参加し行われた。

 アルツハイマー病は、認知症でもっとも多い疾患で、時間の経過とともに次第に進行していく。今回の研究では、糖尿病の治療薬により、アルツハイマー病の発端となるアミロイドの蓄積を抑えられる可能性が示された。

 アルツハイマー病の患者の脳では、認知機能が低下する10年以上前から、アミロイド呼ばれる毒性のあるペプチドがたまる。アミロイドの蓄積により神経細胞が壊されて、アルツハイマー病の発端となるので、これを抑えることが治療や予防では重要と考えられている。

DPP-4阻害薬で治療をしている人は脳のアミロイドが少ない

 「DPP-4阻害薬」は、日本でもっとも多く処方されている糖尿病治療薬だ。DPP-4阻害薬は、食後の血糖値が上昇しそうになったときだけ、インスリンの分泌を促進させる。

 食事をして小腸からブドウ糖が吸収されると、インクレチンというホルモンが血中に分泌され、膵臓からのインスリン分泌を促進する。インクレチンは短時間で血中のDPP-4という酵素によって分解される欠点があるが、DPP-4阻害薬はこのDPP-4の働きを抑え、インクレチンを分解されにくくする。

 その結果、インクレチンの作用が高まり、食後のインスリン分泌を増やし、血糖値を下げる。単剤使用では低血糖が起こりにくく、体重増加も起こりにくいという利点もある。

 研究では、DPP-4阻害薬を服用していた患者は、この薬を服用していない、もしくは糖尿病のない人の両方に比べて、アルツハイマー病のバイオマーカーとなる脳内のアミロイドが少なく、認知機能の低下が遅いことが分かった。

 「糖尿病の人が高血糖の状態が続くと、脳内のアミロイドベータの蓄積が関連し、アルツハイマー病のリスクが高くなると考えられます。今回の研究では、DPP-4阻害薬で治療をした患者では、脳全体のアミロイドが少ないだけでなく、アルツハイマー病に関連する脳の領域でも低いレベルが示されました」と、同大学のフィル ヒュウ リー氏は言う。

メトホルミンの服用が認知機能の低下や認知症の低下と関連

 DPP-4阻害薬以外にも、糖尿病の治療薬が認知症の発生リスクを低下させる可能性が報告されている薬がある。それは「メトホルミン」だ。

 メトホルミン(ビグアナイド薬)は主に肝臓に作用する薬だ。空腹時に肝臓はエネルギーを供給するため、血液中にブドウ糖を放出する。糖尿病のある人では、このブドウ糖の放出が過剰になることがある。これを抑えることで血糖値を下げる効果を得られる。

 メトホルミンはそれ以外にも、「インスリン抵抗性」を改善し、インスリンに対する体の感受性を高めるように働くことが知られている。

 オーストラリアのガーヴァン医学研究所が、1,037人の高齢者(70~90歳)を対象に6年間調べた研究で、メトホルミンの服用が、認知機能の低下の遅延や、認知症の発生率の低下と関連があることが明らかになった。

 「残念なことに、2型糖尿病とともに生きる人々は、年齢を重ねるにつれて、認知力や思考力、行動、日常業務を遂行する能力、および自立性を維持する能力に障害が起こりやすいという報告があります。これは、患者さんやその家族だけでなく、社会経済にとっても大きな損失となります」と、同研究所のキャサリン サマラス教授は言う。

 「メトホルミンは過去10年間の研究で、がんや心臓病、体重管理などでも利点があることが示されています。さらには、アンチエイジングを高め、認知症を予防するために有用である可能性があります。今後の研究に大いに期待しています」としている。

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Association of Dipeptidyl Peptidase-4 Inhibitor Use and Amyloid Burden in Diabetic Patients With AD-Related Cognitive Impairment (Neurology 2021年8月11日)
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Metformin Use Is Associated With Slowed Cognitive Decline and Reduced Incident Dementia in Older Adults With Type 2 Diabetes: The Sydney Memory and Ageing Study (Diabetes Care 2020年11月)
[ Terahata ]
日本医療・健康情報研究所

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