ニュース
2022年02月16日
インスリンを分泌する膵島細胞の増殖に成功 糖尿病を根治する新たな再生治療に期待
膵臓の細胞を人工的に増殖させ、糖尿病のマウスに移植することで、糖尿病を治療するのに成功したと、東京大学医科学研究所などのグループが発表した。
血糖値のコントロールに必要なインスリンは膵臓にある膵島細胞で作られるが、この細胞はほとんど増殖しないため、一度失われると回復が難しいことなどが糖尿病治療の課題となっている。
研究グループは、マウスから取り出した膵島細胞で「MYCL」という遺伝子を働かせることで、この細胞を増殖させることに成功した。
増殖させた膵島細胞を糖尿病のマウスに移植したところ、血糖値が正常に近い水準まで下がった。
さらに、さらにヒトの膵島細胞も同じ方法で増殖することを確認した。膵島細胞を増やして移植する治療法を開発できれば、糖尿病の根治につながる新たな再生治療となる可能性がある。
インスリンを分泌する膵島細胞を増やす治療法
糖尿病は、膵臓にある膵島のβ細胞から分泌されるインスリンが、絶対的あるいは相対的に不足し、血糖値が上昇することで発症する。 体内では、血液にのってブドウ糖が全身をめぐり、全身の細胞に取り込まれ、エネルギー源として使われている。インスリンは、ブドウ糖を肝臓・筋肉・脂肪組織に取り込ませる働きをする。 このインスリンを分泌する膵島細胞は、成人では自己複製する能力がほとんどないために、いったん失われたり低下した膵島細胞を再生させるのは難しい。 糖尿病を根治するためには、生体内で膵島のβ細胞の量を増やし、インスリンを分泌できるようにすることが効果的だ。 そこで、iPS細胞などの多能性幹細胞からインスリンを産生する細胞を作製し、細胞移植による再生医療に応用する取り組みが進められている。 しかし、成熟した機能性の高い膵島細胞を作製するのは技術的に難しく、治療に応用するにはいたっていない。 膵臓から膵島細胞のみを分離して移植する膵島移植も行われているが、臓器提供者(ドナー)が不足していることが課題になっている。膵島細胞の自己増殖を誘発するのに成功
もしも、膵島細胞を人工的に増殖させ、移植することが可能になれば、糖尿病の根治をめざした新たな再生治療法となる可能性がある。 そこで東京大学医科学研究所などは、出生前後の膵島細胞が自己複製の能力をもつことに注目し、膵島細胞で発現する「MYCL」と呼ばれるに遺伝子について研究を重ねた。 MYCL遺伝子は、核内のDNAに結合して働く転写因子で、細胞増殖を活性化させるなど多彩な機能をもち、iPS細胞の作製過程でも重要な役割をになっている。 そして今回の研究で、MYCLを働かせることで、生体内外で膵島細胞の自己増殖を誘発するのに成功した。MYCLによる自己増殖の誘導には、遺伝子が発現する状態の若返りが関与するという。 さらに、MYCLの発現により増殖した膵島のβ細胞は、糖に応答してインスリンを分泌し、モデルマウスの糖尿病を治療できることを確かめた。 研究は、MYCL遺伝子により体外で増殖させた膵島細胞を、ふたたび体内に戻す細胞移植療法や、MYCL遺伝子治療による体内での膵島細胞の増殖技術といった、膵島細胞の再生医療の開発に応用できると期待される。 研究は、東京大学医科学研究所先進病態モデル研究分野の平野利忠氏、山田泰広教授、京都大学、愛知医科大学などの研究グループによるもの。研究成果は、英医学誌「Nature Metabolism」にオンライン掲載された。出典:東京大学医科学研究所、2022年
MYCLを働かせると膵島細胞が自己増殖
膵島細胞は出生前後で活発に増殖する一方で、発生とともにその増殖能は急激に失われ、成熟した膵島細胞には自己複製能はほとんどない。 研究グループは今回の研究で、出生前後に増殖する膵島細胞でMYCL遺伝子が発現し、MYCLを働かせると、成熟した膵島β細胞に活発な自己増殖が誘発できることを突き止めた。 さらに、体内でMYCLを発現誘導する、あるいはMYCLにより試験管内で増幅させた膵島細胞を移植することで、モデルマウスの糖尿病を治療できることを確かめた。 さらに、MYCL遺伝子を破壊したマウスでは、出生前後の膵島細胞で増殖活性が低下することも分かった。このことから、MYCLが発生・分化過程で膵島細胞の増殖を制御することが明らかになった。
(上) マウス胎生期において増殖する膵島細胞にMYCL遺伝子が発現する
(下) 増殖するヒト膵島前駆細胞でMYCL遺伝子の発現が高い
(下) 増殖するヒト膵島前駆細胞でMYCL遺伝子の発現が高い
出典:東京大学医科学研究所、2022年
MYCL遺伝子を働かせるとβ細胞の自己増殖が活発に
次に、MYCLを膵島細胞へ発現させることで、成熟膵島の自己増殖の誘導を試みた。まず、成体マウスより単離した膵島細胞に、試験管内でMYCLの発現誘導を行ったところ、活発な細胞増殖が誘導された。 また、加齢したマウスの膵島細胞や、ヒト脳死ドナー由来膵島細胞、さらには、マウスの生体内の膵島細胞でも同様の自己複製の誘導を確認した。 MYCLは、成熟した膵島細胞の遺伝子発現の状態を胎生期様の状態へと「リプログラミング」させ、増殖活性を付与しているという。
左上図と右下図:赤色は外来遺伝子の発現を示す
右上図と左下図:赤色はインスリンの発現を示す
右上図:Ki67は増殖している細胞に染色される
右上図と左下図:赤色はインスリンの発現を示す
右上図:Ki67は増殖している細胞に染色される
出典:東京大学医科学研究所、2022年
糖尿病マウスの血糖値が正常近くに改善
最後に、MYCLにより増幅させた膵島細胞の機能性を評価した。まず、糖尿病のマウスの生体内でMYCLの発現誘導を行った。 その結果、MYCL発現誘導後に速やかに血糖値の改善が認められた。また、MYCLにより単離した膵島細胞を試験管内で増幅させたのちに、糖尿病マウスに移植したところ、やはり血糖値の改善が認められた。 これらの結果から、MYCLの発現により生体内外で増幅させた膵島細胞が高い機能性をもち、糖尿病マウスを治療できることが示された。出典:東京大学医科学研究所、2022年
糖尿病の根治をめざした新たな再生治療に期待
「研究では、マウス膵島細胞の発生過程にMYCL遺伝子が発現上昇することを見出し、出生前後の膵島細胞の増殖にMYCL遺伝子が重要な役割を果たすことを示しました。さらに、成体マウス生体内で一時的なMYCL遺伝子の発現誘導を行うことで、現在まで不可能であると考えられてきた成熟膵島細胞の増幅に成功しました」と、研究グループでは述べている。 「また生体内で増殖させた膵島細胞は高い機能性をもち、糖尿病モデルマウスの治療が可能であることを確認しました。試験管内でも成熟膵島細胞の自己増殖誘導は可能であり、試験管内で増幅させた膵島細胞の移植によりマウス糖尿病を治療可能であることを示しました。さらに、ヒト膵島細胞の分化過程でもMYCL遺伝子が発現上昇すること、MYCL遺伝子の誘導により、脳死ドナー由来のヒト膵島細胞に自己増殖活性を付与できることが示されました」としている。 研究成果は、MYCL遺伝子により体外で増殖させた膵島細胞を、ふたたび体のなかに戻す細胞移植療法や、MYCL遺伝子治療による体内で膵島細胞を増殖させる技術の開発といった、膵島細胞の再生医療開発への応用が期待されるとしている。 東京大学医科学研究所先進病態モデル研究分野MYCL-mediated reprogramming expands pancreatic insulin-producing cells (Nature Metabolism 2022年2月10日)
[ Terahata ]
日本医療・健康情報研究所
医療の進歩の関連記事
- 糖尿病の治療を続けて生涯にわたり健康生活 40年後も合併症リスクが大幅減少 最長の糖尿病研究「UKPDS」で明らかに
- インスリンを飲み薬に 「経口インスリン」の開発が前進 糖尿病の人の負担を減らすために
- 楽しく歩きつづけるための「足のトリセツ検定」をスタート 糖尿病の人にとっても「足の健康」は大切
- 「糖尿病網膜症」は見逃しやすい 失明の原因に 手遅れになる前に発見し治療 国際糖尿病連合などが声明を発表
- 1型糖尿病の根治を目指す「バイオ⼈⼯膵島移植」 研究を支援し「サイエンスフォーラム」も開催 ⽇本IDDMネットワーク
- 最新版にアップデート!『血糖記録アプリ早見表2024-2025』を公開
- 糖尿病と高血圧のある腎不全の男性を透析から解放 世界初の「異種移植」が成功
- 糖尿病の人の足を守るために 気づかず進行する「足の動脈硬化(LEAD)」にご注意 日本初の研究を開始
- インスリンを産生するβ細胞を増やすのに成功 糖尿病を根本的に治す治療法の開発に弾み 東北大学
- 週に1回注射のインスリンが糖尿病治療を変える 注射回数を減らせば糖尿病の人の負担を減らせる