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2019年05月22日
低血糖を起こさない「スマートインスリン」を開発 米UCLAの研究チームが成功

米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のバイオエンジニアらが、低血糖を起こすおそれのない新しいタイプのインスリンを開発したと発表した。
この「スマートインスリン」には、血糖値が正常域まで下がると、細胞にブドウ糖を取り込まない機構が組み込んである。
この「スマートインスリン」には、血糖値が正常域まで下がると、細胞にブドウ糖を取り込まない機構が組み込んである。
低血糖を起こさない治療が糖尿病医療の最大の課題
米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のバイオエンジニアらが、低血糖を起こすおそれのない新しいタイプのインスリンを開発したと発表した。
発表されたのは将来の臨床試験に備えた研究。このインスリンの開発に成功すれば、糖尿病治療を大きく変えることができるという。詳細は「米国科学アカデミー紀要」に発表された。
食事を摂ると血液中のブドウ糖が増える。その多くは膵臓から分泌されるインスリンの働きによって肝臓・筋肉・脂肪組織などに蓄えられる。インスリンが足りなかったりうまく働かないために、ブドウ糖が血液中に増え血糖値が上昇する疾患が糖尿病だ。
体が自然にインスリンを産生しない場合が1型糖尿病、インスリンが効率的に働かない場合が2型糖尿病。糖尿病の治療では多くの場合、インスリンを体外から注射することで血糖値をコントロールする。
インスリン療法を行っている人は一般的に、血糖自己測定やCGM(持続グルコース測定)により血糖値をモニターし、それに応じて注射するインスリン量を調整する。食事で炭水化物を摂取することが、血糖値を正常に保つために重要だ。
糖尿病の治療の目標は血糖値を下げることだが、薬が効き過ぎてしまい、血糖値が必要以上に下がってしまう低血糖が人的エラーとして起こることがある。糖尿病の治療では、高血糖の改善に加え、低血糖を避けることも重要だ。
低血糖になると、空腹感、脱力感、冷や汗、ふるえ、動悸などの症状が現れる。重度になると意識障害、けいれんなどに至り、極端な場合には死に至ることもある。
米国で行われた研究では、血糖値の厳格なコントロールを行ったグループとゆるやかなコントロールを行ったグループでは、厳格なコントロールを行ったグループの方が脳卒中や心筋梗塞などの心血管死の割合が上昇することが示された。この原因として、重症の低血糖が関わっていると考えられている。
関連情報
血糖値が下がり過ぎるのを防ぐ「スマートインスリン」を開発
UCLAサミュエリ工学部の研究チームは、血糖値が下がり過ぎるのを防ぐ「スマートインスリン」を開発するのに成功し、これを「i-インスリン」と命名した。
体内ではインスリンはブドウ糖が血流から細胞に入るのを助けるための「鍵」として作用する。インスリンが細胞の表面に付着すると、細胞内の「グルコーストランスポーター」と呼ばれるタンパク質を活性化し、それが細胞の表面に達するとブドウ糖を血液から細胞内に運ぶ。
研究チームは「i-インスリン」を開発するために、インスリンに「グルコーストランスポーター阻害因子」と呼ばれる分子を付加した。インスリンはブドウ糖を細胞内に取り込ませるが、新たに開発した阻害因子は、血糖が正常になるとブドウ糖の取り込みを防ぐ働きをする。
「この因子は、ブドウ糖が入る経路をすべて遮断し輸送分子を妨げるわけではなく、ブドウ糖が減ったときのみに動作します。これにより血糖値を正常に保ちながら、低血糖のリスクを減らすことが可能になります」と、UCLAサミュエリ工学部のゼン グー教授は言う。
たとえば食事の後は、血糖値が上昇し血流中のインスリン量も急速に増える。新たに開発した「i-インスリン」は、高血糖に迅速に反応し、血糖値の正常に保つ作用もあるという。
UCLAの研究チームは、1型糖尿病のマウスで「i-インスリン」の試験を行った。「i-インスリン」は、初回の注射後の10時間、血糖値を正常範囲内にコントロールし、3時間後の2回目の注射で、低血糖から保護することを確認した。
臨床試験に移行するための次のステップ
この研究は、米国立衛生研究所(NIH)と国際若年性糖尿病財団(JDRF)が資金提供して実施されている。
「臨床試験に移行するための次のステップとして、動物モデルで長期生体適合性を評価する必要があります。スマートインスリンの開発に成功すれば、糖尿病治療におけるもっともエキサイティングな進歩となるでしょう」と、ノースカロライナ大学チャペルヒル校医科大学院糖尿病治療センターのディレクターであるジョン ブース氏は言う。
「現状では反応時間や持続時間、複数回の投与が必要なことなど、最適化すべき課題がありますが、持続血糖モニターを組み込んだ皮膚パッチや、経口インスリンの開発などにつなげられる可能性もあります」と、グー教授は述べている。
'Smart' insulin could prevent hypoglycemia during diabetes treatment(カリフォルニア大学ロサンゼルス校 2019年5月16日)Glucose transporter inhibitor-conjugated insulin mitigates hypoglycemia(米国科学アカデミー紀要 2019年5月)
[ Terahata ]
日本医療・健康情報研究所
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