糖尿病の医療費・保険・制度

医療費削減の味方
~インスリンの「バイオシミラー」を知ろう~

はじめに

「ジェネリック医薬品は知ってるけど、バイオシミラーは聞いたこともない」......そんな方も多いと思います。でも実は「バイオシミラー」もジェネリック医薬品と同じように、医療費を減らしてくれる選択肢です。では、なぜジェネリック医薬品とは呼ばないのか、ジェネリック医薬品とは何が違うのか、まずは「バイオシミラー」を正しく知るところから始めましょう。

1.バイオシミラーとは?

 「バイオシミラー(biosimilar)」を物凄くざっくり説明すると、インスリンや抗体医薬品といった高分子製剤の「ジェネリック医薬品」です。つまり、元の薬よりも"安い値段"で使えて、"同じ効果"を得られるもの、ということになります。
 ではなぜ「ジェネリック医薬品」と呼ばないのか?というところが気になると思いますが、これには区別すべき理由があります。

*抗体医薬品:ヒトの免疫システムで活躍する「抗体」というタンパク質を利用した薬のこと。"1つの抗体は、1つの物質としか反応しない"という特徴を活かして、病気の原因となっている物質や細胞だけに作用させることができる。

「バイオシミラー」と「ジェネリック医薬品」の違い

 「ジェネリック医薬品」とは、特許の切れた先行医薬品と"全く同一の有効成分"が含まれた薬のことを指します。通常、薬の有効成分はそこまで大きな分子ではありませんので、原料を化学反応させることで、わりと簡単に同一の物質を合成することができます。
 一方、インスリンや抗体医薬品などの有効成分は、タンパク質という非常に巨大で複雑な構造をした物質です(表1)。そのため、化学反応ではなく生物の力を借りて合成する必要がありますが、この方法では‟全く同一の有効成分"の薬を作ることは非常に難しいのが現状です。そこで、全く同一ではないものの、先行の薬と"同等の有効性と安全性を持つ有効成分"の薬として作られるのが「バイオシミラー」です。

表1.薬の構造の差
有効成分 分子式 分子量 化学合成できるか?
メトホルミン C4H11N5・HCl 165.62
インスリン グラルギン C267H404N72O78S6 6062.89 ×

"全く同一の有効成分"ではないのに、同等の有効性・安全性とは?

 生物の力を借りて有効成分のタンパク質を全く同じアミノ酸配列で合成しても、その構造の一部にはちょっとした違いが生じてしまうことがあります。このちょっとした違いによって、薬の効果や副作用に差が出てしまうと、"同じ薬"として扱うことはできません。
 そのためバイオシミラーでは、こうしたわずかな構造の違いがあったとしても、最終的な薬としての有効性や安全性には影響しない、ということを確認した上で実用化されています。この、"全くの同一というわけではないが、同等の有効性や安全性がある"ということを、「同等性/同質性」と表現しています。

厳しい臨床試験をクリアする必要がある「バイオシミラー」

 バイオシミラーが承認される際には、この「同質性/同等性」を確認するために、ジェネリック医薬品よりも多くの試験が課されています。たとえば、実際にヒトに投与して効果や副作用を検証する臨床試験は、ジェネリック医薬品では不要ですが、バイオシミラーでは必須です。
 こうした手間がかかっているため、通常は先行の薬の40~50%程度の値段になるジェネリック医薬品に比べて、バイオシミラーの値段は先行の薬の70%程度と、やや高めに設定されています。

表2. ジェネリック医薬品とバイオシミラー
ジェネリック医薬品 バイオシミラー
先行の薬との違い 全く同一 高い類似性
期待できる有効性と安全性 同じ 同じ
製造方法 化学反応で合成 微生物や細胞を使って合成
分子量 小さい 非常に大きい
承認の際に課される試験 少ない とても多い
薬価 先行の薬の40~50% 先行の薬の70%

2.インスリン製剤のバイオシミラー

 バイオシミラーは現在、がんや関節リウマチ、炎症性腸疾患などの領域で既に広く使われてます。ジェネリック医薬品に比べると知名度はまだまだ低いですが、2022年の調査では、主に薬代を安く抑えることができるという点から、特に血液系や炎症性腸疾患に関わる医師の80%以上がバイオシミラーを採用して処方しているという結果も得られている1)ほど、身近な薬になってきています。
糖尿病領域でも、インスリン製剤3剤に対して「バイオシミラー」が発売されています(表3)。

表3.インスリン製剤のバイオシミラー 超速効型インスリン製剤
インスリン リスプロ
先行医薬品 バイオシミラー
ヒューマログ注 インスリンリスプロBS注ソロスターHU「サノフィ」
インスリンリスプロBS注カートHU「サノフィ」
インスリンリスプロBS注100単位/mL HU「サノフィ」
インスリン アスパルト
先行医薬品 バイオシミラー
ノボラピッド注 インスリンアスパルトBS注ソロスターNR「サノフィ」
インスリンアスパルトBS注カートNR「サノフィ」
インスリンアスパルトBS注100単位/mL NR「サノフィ」
持効型溶解インスリン製剤
インスリン グラルギン
先行医薬品 バイオシミラー
ランタス注 インスリングラルギンBS注カート「リリー」
インスリングラルギンBS注ミリオペン「リリー」
インスリングラルギンBS注キット「FFP」
表4.その他の領域で使われているバイオシミラーの例
主な疾患 先行医薬品(有効成分) バイオシミラー
がん ハーセプチン(トラスツズマブ) トラスツズマブBS点滴静注射「NK」
腎性貧血 ネスプ(ダルベポエチン アルファ) ダルベポエチンアルファBS注「JCR」
関節リウマチ ヒュミラ(アダリムマブ) アダリムマブBS皮下注「第一三共」

3.薬価を比べてみよう

 インスリン製剤の先行医薬品と「バイオシミラー」の薬価は、2022年4月改訂時点では以下のようになっています(表5)。

表5.インスリン製剤の薬価差
成分名 商品名 薬価
インスリン リスプロ 先行医薬品
ヒューマログ ミリオペン
ヒューマログ ミリオペンHD
1,283円
バイオシミラー
インスリンリスプロBS注HU「サノフィ」
1,128円
インスリン アスパルト 先行医薬品
ノボラピッド注 フレックスペン
ノボラピッド注 フレックスタッチ

1,731円
1,693円
バイオシミラー
インスリンアスパルトBS注ソロスターNR「サノフィ」
1,380円
インスリン グラルギン 先行医薬品
ランタス注 ソロスター
1,514円
バイオシミラー
インスリングラルギンBS注ミリオペン「リリー」
インスリングラルギンBS注キット「FFP」
1,241円

※薬価:300単位1本

 例えば、いつも処方されている『ノボラピッド注フレックスペン』を「バイオシミラー」に変更した場合、1本あたり薬価は351円(=1,731-1,380)安くなります。これだけ見るとほとんど差はないように思えますが、インスリンは基本的に長く使い続ける薬です。3ヶ月に2本使っている人の場合、1年で2,808円、5年で14,040円...と、その差は少しずつ大きくなっていきます。同じ効き目と安全性の薬であれば、少しでも安い薬を選べた方が、家計には優しい治療になるでしょう。

 特に、国の医療費が増え続けている日本では、"将来の子どもたちに使える医療資源を残しておく"という視点も重要です。個人で見ればインスリンの「バイオシミラー」を選んでも1年で2,200円程度、それも自己負担額では700円程度の削減にしかなりませんが、1000人が「バイオシミラー」を選べばそれだけで年間200万円の削減になります。ジェネリック医薬品やバイオシミラーを選ぶ際には、ぜひ"自分の窓口負担"だけでなく"国全体の医療費"、ひいては"将来の子どもたちが使える医療資源"という視点からも、その差額を考えてみてはいかがでしょうか。

4. バイオシミラーに興味をもったら?

 もし「バイオシミラー」に疑問や不安、あるいは興味関心を抱いた場合は、ぜひかかりつけの医師や薬剤師にご相談ください。そもそも「バイオシミラー」とは何なのか、ジェネリック医薬品と何が違うのか、どのくらい値段が違うのか...といった今回紹介してきたような話だけでなく、自分の薬はバイオシミラーに変更できるのか、それによってどのくらい窓口負担が変わるのか、といった個別の話も相談することができます。
 「よくわからないから」という理由で敬遠していた人も、自分のお財布のため、あるいは日本の医療費削減のため、ぜひこの機会に一度「バイオシミラー」を検討してみてください。


■文献
1) 薬学雑誌.142(5):547-560,(2022)

執筆:児島 悠史(薬局薬剤師)
株式会社sing取締役、Fizz-DI代表

2011年、京都薬科大学大学院修了後、薬局薬剤師として活動。日本薬剤師会認定制度JPALSクリニカルラダー6。「誤解や偏見から生まれる悲劇を、正しい情報提供と教育によって防ぎたい」を理念に、執筆、メディア出演・監修、教育講演などに携わる。主な著書「薬の比較と使い分け100(羊土社)」。

児島 悠史
2022年07月更新

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