健康増進を都市デザインから推進しようという研究が活発になってきた。千葉大学は竹中工務店と共同で「まちづくり」を研究する部門を設置し、成果を出しはじめている。
高齢化により社会保障費が増大する中、政府は健康寿命を伸ばす施策を推進。産業界でも予防に役立つ取り組みへのニーズが高まっている。
心身の健康増進をもたらす建物や街づくり
千葉大学は2016年、竹中工務店と共同で、健康社会の実現を、空間・街づくりの面から追求するために、千葉大学予防医学センターに「竹中工務店 健康空間・まちづくり寄附研究部門」を設置した。
千葉大学予防医学センター健康都市・空間デザイン学分野の花里真道准教授および原裕介寄附研究部門特任准教授を中心に、竹中工務店のリソースを活用する。健康な空間・まちづくりの分野を産学で研究する拠点は日本初だ。
人と建築が寄り添うことで、健康的な環境を実現する「健築」というコンセプトを展開し、心身の健康増進に効果をもたらす建物や空間、街づくりを研究している。
研究の切り口となるのは「交流」「身体活動」「感性」の3つ。空間をデザインし、活用するためのプログラムを作成し、得られたデータを分析・評価しプログラムの質をさらに上げるというアプローチをとる。
健康になれる環境をつくりだす「ゼロ次予防」
千葉大学が提唱する「ゼロ次予防」は、生活習慣病や要介護を、食事や運動などの意識的努力により防ぐ「一次予防」に先立つ考え方。
社会経済や環境、行動的要因など、生活している環境を改善することで、病気や介護を予防しようというものだ。
たとえば、歩道が少ない地域に在住では、歩道が多い地域に比べ、高齢者の閉じこもりが1.5倍に増えるという報告がある。歩道を整備することが健康増進につながる。
また、千葉大学などの研究では、坂の傾斜が急である地域に暮らす糖尿病の高齢者は、血糖コントロールが不良(HbA1cが7.5%以上)の割合が減ることが示された。わずかな傾斜を活かすことで、糖尿病を改善するまちづくりができる可能性がある。
欧米では、建造環境(人工的に構築された環境)が、肥満や生活習慣病などにもらたす影響を研究する「Built environment and Health」という考え方が、公衆衛生学、都市計画学、地理学分野で注目されている。
歩きやすい街や使われやすい階段が身体の健康にもたらす効果、自然の光や緑が健康に及ぼす影響などについて、エビデンスを集積することで、ツールとして空間設計・都市計画に活用することが考えられている。
床面や階段に空間デザイン イオンモールで検証
竹中工務店、千葉大学予防医学センター、イオンモールが協業し、このほど宮崎市のイオンモール宮崎で健康への気づきを促す空間デザイン・プログラムを設け、その効果を検証した。
設けられたプログラムは「ステップウォーキング」「クライムウォーキング」「バランスウォーキング」の3種類。各プログラムには健康への気づきを促すコラムが掲示してある。
ステップウォーキングは、床面に描かれた年代別、身長別の歩幅を示す10コースを歩くことで、利用者が歩幅をチェックできる。
クライムウォーキングは、記憶や想像力にはたらきかけるプログラム。階段の利用を促進するため、効果音や童謡を流し、階段を上りたくなるように工夫している。
バランスウォーキングは、ウォーキングスペースを歩いてもらい、歩く速度や姿勢、バランスなどをチェックし、歩行年齢を算出する。
今年5月に効果検証を行ったところ、9割が「自分の体や健康について意識を向けるきっかけになった」と回答。健康に関心のない層でも、70%が肯定的な回答を寄せた。
「プログラム利用がイオンモール宮崎に来る目的のひとつなっている」という回答も多くみられたという。
歩幅をチェックできる「ステップウォーキング」
年代別、身長別の歩幅ラインが床面に描かれてあり、利用者が自身で歩幅を比べられるようになっている。
オフィスの階段利用をIoTで促進
竹中工務店などが開発した健康階段「ta-tta-tta」は、オフィスワーカーの運動不足を解消する取組みとして、オフィス内の階段利用を促進させる技術を盛り込んである。
階段に設置されたセンサーにより、階段をのぼるタイミングに合わせて映像を投影する。IoTを活用し、階段昇降のモチベーションを高めている。
投影するコンテンツは、▽世界の高い建造物、▽応援メッセージ、▽高尾山登山動画、▽ランキングなどで、個人の利用履歴に応じて変化する。
2017年に実施した実証実験では、映像投影前と比較して、映像投影期間には階段利用量が26%増加したことが分かった。
健康階段「ta-tta-tta」
都市と健康の新しい関係「WELL認証」
研究にあたり、糖尿病などを予防する医学やスポーツ、メンタルヘルスなどの有識者との意見交換も継続的に実施。ウエアラブル端末を活用した行動計測などICT(情報通信技術)の活用をはじめ、異業種との連携を積極的に進める考えだ。
こうした動きが活発化している背景のひとつとして、食事、運動、メンタル、睡眠、快適性、パフォーマンスなどを向上させる環境づくりを推進する「WELL認証」が立ち上げられたことがある。
「WELL認証(WELL Building Standard)」とは、空間のデザイン・構築・運用に「人間の健康」という視点を加え、より良い住環境の創造を目指した評価システム。
「身体的、精神的、社会的に良好な状態=ウェルビーイング」を重視している。この認証を運営しているのは、米国を拠点とする国際WELLビルディング協会(IWBI)だ。
日本におけるWELL認証では、日常のオフィス利用、業務、学習で、健康や幸福感に影響を与える建物のハード面、ソフト面の機能を評価している。
評価項目は、室内空間における、▽空気、▽水、▽栄養、▽光、▽フィットネス、▽快適性、▽心の7分野があり、約100項目で建物環境を評価する。
千葉大学予防医学センター 竹中工務店 健康空間・まちづくり寄附研究部門
千葉大学予防医学センター 健康都市・空間デザインラボ
健築(竹中工務店)
[ Terahata ]