ニュース
2018年09月06日
糖尿病網膜症が原因の「網膜剥離」 メカニズムを解明し失明を防止

糖尿病網膜症などが引き起こす「網膜剥離」は視力障害や失明の原因になる。「網膜剥離」の病態が悪化するメカニズムを解明するのに、世界ではじめて成功したと、群馬大学の研究グループが発表した。
薬の投与で、網膜剥離によって死滅する視細胞数を大幅に減らし、失明を防げることを突き止めた。
薬の投与で、網膜剥離によって死滅する視細胞数を大幅に減らし、失明を防げることを突き止めた。
糖尿病網膜症が「網膜剥離」を引き起こす
「糖尿病網膜症」は、糖尿病によって網膜の血管が傷つき、視力低下などが起こる病気。糖尿病の三大合併症のひとつで、日本では中途失明原因の第2位になっている。
糖尿病網膜症が進行すると、網膜にある毛細血管が高血糖のためにもろくなる。さらに進行すると、毛細血管が閉塞し、足りなくなった酸素を補うために、網膜から硝子体に向かって新生血管が伸びてくる。
これが増殖網膜症で、新生血管が破れて硝子体出血が起こったり、新生血管の周りに線維の膜ができ、それが網膜を引っ張って「網膜剥離」を引き起こす。
網膜剥離とは、網膜が眼底から剥がれてしまう状態。眼底にある光を感じる部分である網膜が剥がれると、光や色を感じる働きがなくなり、視力に障害が起こる。
関連情報
「網膜剥離」の効果的な治療法が求められている
網膜剥離の治療法としては、網膜にできた裂け目を瞳孔からレーザー照射で焼き付ける光凝固法がある。この処置をすると、裂け目の周囲の網膜とその下の組織がくっつき網膜が剥がれにくくなる。
網膜剥離が進行すると、剥がれた網膜を元の位置に固定するために手術が行われる。
しかし、この手術は難しく、たとえ手術によって網膜を元の位置に戻せたとしても、網膜剥離が長く続くと網膜の働きが低下してしまい、視力の大幅な低下を避けられない。剥離が網膜の中心部まで進むと失明するおそれもある。
網膜症を早期発見し、速やかな治療を行うことが大切だが、同時に網膜剥離の効果的な治療法の開発も求められている。
網膜剥離の悪化を食い止め、失明を防ぐ研究が成功
群馬大学の研究グループはこのほど、網膜剥離が起こったときに視細胞死が起こる分子メカニズムを解明するのに、世界ではじめて成功した。網膜剥離の病態悪化をくいとめ、失明を防ぐことにつながる大きな成果だ。
研究は、群馬大学大学院医学系研究科の柴崎貢志准教授と、同研究科眼科学分野の松本英孝講師の研究グループによるもの。
今後は大型動物を使った実験や臨床試験を進め、網膜剥離の悪化を食い止め、失明を防ぐ治療法や新薬の開発を進めるという。
研究グループは、マウスを使った実験で、網膜剥離が起こった網膜内で、栄養の運搬や老廃物の排出にかかわる「ミュラーグリア細胞」が通常の3倍程度に膨れることに着目した。
網膜剥離を進行させる「悪役」が判明
ミュラーグリア細胞には、「TRPV4」という体温と細胞の伸び具合を感知するセンサーが備わっている。網膜が正常であれば、このセンサーを用いて網膜内への栄養供給や老廃物除去が行われる。
ところが、網膜剥離が起こると、ミュラーグリア細胞が膨張し、TRPV4センサーがそれを感知し、異常に活性化することを発見した。
すると、細胞内へ大量のカルシウムイオンの流入を促し、それが炎症性物質の放出を引き起こし、「マクロファージ」という炎症性細胞を網膜付近へと引き寄せる。
その結果、この大量のマクロファージが、視覚情報の処理に必須である視細胞を次々と殺してしまい、網膜組織を破壊してしまうことを突き止めた。
研究グループは、網膜剥離時にTRPV4センサーの異常暴走を抑えることができれば、網膜組織が破壊されるのを抑えられると考えた。
網膜剥離を起こしたマウスに対して、TRPV4センサー分子の活性化を阻害する薬を投与したところ、死滅する視細胞を半分程度にまで減らせる効果が得られ、この薬が患者の失明を防ぐ可能性が高いことも明らかになった。

視細胞死を防ぐTRPV4阻害薬を開発
網膜剥離は、誰もが発症する可能性がある、失明を伴う深刻な疾患だ。今回の研究で、網膜組織がダメージを受ける一連のメカニズムが明らかになった。
TRPV4センサーの働きを人為的に欠損させたマウスでは、網膜剥離の際にも視細胞死がほとんど起こらないことを確かめた。正常なマウスでも、センサーの阻害薬を投与すれば、視細胞死を防ぐことができた。
「網膜剥離を進行させている悪役はミュラーグリア細胞であることが分かった。ミュラーグリア細胞のTRPV4センサーの働きをブロックできれば、網膜剥離が悪化するのを食い止められる。今後の新たな治療法の開発につながる成果だ」と、柴崎准教授は語っている。
「網膜剥離と診断された後に手術を待っている間にも病態は悪化してしまう。患者さんが手術を受けるまでの間、TRPV4阻害薬を投薬して視細胞死を防ぐことができれば大きな助けになる。今後も研究を進めていきたい」と、松本講師は話している。
研究結果は米学術誌「ジャーナル オブ ニューロサイエンス」電子版に掲載された。
群馬大学大学院医学系研究科Retinal detachment-induced Müller glial cell swelling activates TRPV4 ion channels and triggers photoreceptor death at body temperature(Journal of Neuroscience 2018年8月24日)
[ Terahata ]
日本医療・健康情報研究所
医療の進歩の関連記事
- 腎不全の患者さんを透析から解放 「異種移植」の扉を開く画期的な手術が米国で成功
- 【歯周病ケアにより血糖管理が改善】糖尿病のある人が歯周病を治療すると人工透析のリスクが最大で44%減少
- 世界初の週1回投与の持効型溶解インスリン製剤 注射回数を減らし糖尿病患者の負担を軽減
- 腎不全の患者さんを透析から解放 腎臓の新しい移植医療が成功 「異種移植」とは?
- 【1型糖尿病の最新情報】幹細胞由来の膵島細胞を移植する治療法の開発 危険な低血糖を防ぐ新しい方法も
- 糖尿病の治療薬であるGLP-1受容体作動薬が腎臓病のリスクを大幅に低下 認知症も減少
- JADEC(日本糖尿病協会)の活動 「さかえ」がWebページで閲覧できるなど「最新のお知らせ」からご紹介
- 【1型糖尿病の最新情報】iPS細胞から作った膵島細胞を移植 日本でも治験を開始 海外には成功例も
- 「スマートインスリン」の開発が前進 血糖値が高いときだけ作用する新タイプのインスリン製剤 1型糖尿病の負担を軽減
- 糖尿病の医療はここまで進歩している 合併症を予防するための戦略が必要 糖尿病の最新情報