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2016年06月06日

インスリン療法は早期に開始してこそ効果あり 低血糖を抑える製剤も

第59回日本糖尿病学会年次学術集会
 インスリン療法は進歩しており、これまでにない便利なインスリン製剤が治療に使われるようになった。新型のインスリン製剤の臨床試験の結果や、実際に治療に使ったときの効果について、続々と発表されている。
「インスリン療法は重症になってからの治療法」は誤解
 インスリン療法とは、「足りないインスリンを体の外から補充して、血糖コントロールを改善する」治療法。治療に用いる製剤中のインスリンは、体に自然にあるものと基本的に同じだ。

 糖尿病の治療薬には、7種類の飲み薬(経口薬)とインスリン製剤、インスリン以外の注射製剤がある。インスリン以外の治療薬は、膵臓の機能がある程度残っている状態でなければ効果を期待できない。  「インスリンの分泌能がない、あるいは極めて低下した状態」になると、インスリン療法が適用となる。

 「インスリン療法は重症になってからの治療法」というイメージをもつ人が少なくないが、これはまったくの誤解だ。

 2型糖尿病では、食事療法、運動療法、および経口血糖降下薬によっても血糖コントロールができない場合や、高血糖による「糖毒性」を解除する目的でインスリン治療が行われる。

 「糖毒性」は、高血糖が起こり膵臓が障害され、インスリンの分泌量が低下したり、インスリン抵抗性が引き起こされ、高血糖がさらなる高血糖を呼び、血糖コントロールが悪化した状態をさす。

 インスリン療法により膵臓を休ませることで、その機能を保持・回復させることができ、「糖毒性」を解除できる。そのため糖尿病の症状の軽いうちから、インスリン療法を開始するのが効果的と考えられている。

 国立国際医療研究センター糖尿病情報センターがまとめた「糖尿病標準診療マニュアル」によると、いくつかの経口薬を併用しても血糖コントロールが改善せず、HbA1c 8.5%以上が持続するなら、インスリン療法を積極的に始める必要がある。
「インスリン療法」は足りない分を注射で補うシンプルな治療法
 膵臓が分泌するインスリンには、1日24時間、一定量を分泌し続ける「基礎分泌」と、食事をしたとき一時的に分泌する「追加分泌」がある。糖尿病になるとこれらが足りなくなるので、足りない分だけ注射で補うという至ってシンプルな治療法が「インスリン療法」だ。

 治療をしっかり継続できれば血糖コントロールは改善し、合併症を予防したり進展を遅らせることができる。また、膵臓の働きが正常化すれば、インスリンをやめられる場合もある。

 インスリン注射を、早期に治療を始めることで、注射回数も1日1回で済む場合もある。日常生活への負担を軽減しより少ない注射回数から始めることができ、薬の量を減らすこともできる。

 インスリン製剤には、注射後すぐに作用する「超速効型」、長時間緩やかに作用する「持効型溶解型」などがあり、患者の病態に合わせてさまざまなタイプが用意されている。インスリン分泌が低下している場合には、2剤以上のインスリンを組み合わせた「強化療法」が行われることが多い。

 最近は、「持効型溶解型」の新しい製剤が治療に使えるようになっている。1日1回の投与で血糖降下作用が24時間を超えて持続し、インスリンの作用のピークがなく血糖値が平坦に推移する製剤がいくつか出ている。

 5月に京都で開催された「第59回日本糖尿病学会」では、持効型溶解インスリンによって、(1)夜間を含めた低血糖を抑えられる、(2)1日の血糖変動が小さくなり食前血糖値が安定する、(3)1日1回の注射で効果を得られる――といった報告が相次いだ。
インスリン治療を始めるのは難しくない 外来でも開始できる
 「超速効型」と「持効型溶解型」の2つの有効成分を含有した「配合溶解インスリン」も治療に使われている。1日1回または2回皮下注射できる製剤であり、2剤以上のインスリンによる強化療法よりも投与回数を減らすことができる。

 現在、使われているインスリン注射用注射針は31G(同0.25mm)や32G(同0.23mm)で、採血用針の3分の1から4分の1以下の太さだ。34G(0.18mm)というとても細い注射針も治療に使われており、「痛みをまったく感じない」という患者が多い。

 これまで、インスリン治療の導入や見直しは入院によって行われることが少なくなかった。入院による治療は集中的な治療ができる反面、1週間以上の入院期間が必要となり、忙しく働いている患者にとって時間的な負担が大きい。

 実際には注射の手技は簡単で、1~2分で注射でき、ほとんどの患者が1回の指導で打てるようになるという。十分な知識と経験をもつ糖尿病専門医のもとであれば、インスリン治療は外来でも安全に行うことができる。
新しいインスリン製剤が続々と登場 インスリン治療は最後の手段ではない
 そもそもインスリンの主作用は血糖値を下げることで、体の外からインスリンを補っている限り、低血糖のリスクはなくならない。

 しかし、最近多く使用されているインスリン製剤の中には低血糖が起こりにくいものがある。

 5月に京都で開催された「第59回日本糖尿病学会年次学術集会」では、新たに開発されたインスリン製剤の臨床試験の結果や、実際に治療に使ったときの効果について発表された。

 インスリングラルギンBS注「リリー」は、「バイオシミラー」としてはじめて認可されたバイオシミラーインスリン。「バイオシミラー」とは、バイオテクノロジーを用いた製造過程を経由した製剤。先行するバイオ医薬品に比べ価格が安いが、品質や安全性、有効性は同等・同質だ。アミノ酸配列が先行医薬品と同一であり、第3相臨床試験による有効性・安全性が確認されている。

 バイオシミラーグラルギンは従来の持効型溶解型インスリンに比べ、キット製剤で1本829円安く、カート製剤では803円安くなり、経済的な付加価値が高い。

 1型糖尿病患者を対象とした臨床試験では、バイオシミラーグラルギンは、グラルギン(標準製剤)と薬効が非劣性・同等であることが確かめられた。2型糖尿病患者を対象した臨床試験でも、経口血糖降下薬を併用すると、標準製剤と薬効が非劣性・同等であることが確かめられた。

 バイオシミラーインスリンについては、超速効型インスリンの開発も進められている。近い将来に、より安いインスリン製剤を使えるようになる可能性が高い。
持効型溶解インスリンの新しい薬剤が登場
 持効型溶解インスリンは、皮下組織からの吸収が遅く、長時間にわたり安定した血中インスリン濃度を保ち、不要な効果発現のピークができにくいので、特に夜間の低血糖を低減させることが報告されている。1日1回の投与で効果を得られるので、患者にとっても利便性が高く、インスリンの基礎分泌を補充する薬剤として広く活用されている。

 その持効型溶解インスリンの新しい薬剤が登場している。2015年7月に登場したインスリングラルギン(遺伝子組換え)注射薬(300U/mL)(ランタスXR)は、その中のひとつだ。

 ランタスXRは、既存のインスリングラルギン(遺伝子組換え)注射薬(100U/mL)(ランタス)の有効成分の濃度を3倍にした新しい持効型インスリン製剤。最大の特徴は、ランタスに比べより緩徐かつ持続的に溶解する点だ。

 インスリングラルギン濃度を高くすることで、注射液量が少なくなり、皮下の沈殿物が約3分の1の大きさになった。このため、溶解速度がより遅くなり、ランタスに比べ平坦で持続的な薬物動態と加薬力学プロファイルを得られ、24時間以上にわたり安定した血糖降下作用をもたらす。

 ランタスXRの臨床試験では、ランタスに比べ夜間低血糖の発現が低下し、24時間の低血糖の発現も大きく抑制されることが示された。ランタスXRを使用すると体重の減少もみられ、24時間の低血糖が少ないことが関連しているとみられている。

 インスリン デグルデク(トレシーバ)は、1日1回の投与で、夜間低血糖の発現頻度を高めず、良好なHbA1cの低下が期待できる持効型溶解インスリン製剤。1日1回投与でより平坦でピークのない血糖降下作用を示し、効果が24時間を超えて持続するので、毎日一定のタイミングであればいつでも投与することが可能だ。

 インスリン デグルデクは、2つのヘキサマー(六量体)からなる安定した可溶性のダイヘキサマー(2つの六量体が結合した複合体)として製剤中にある。トレシーバの皮下投与後、可溶性の長く安定したマルチヘキサマー(多数の六量体が結合した複合体)を形成し、モノマー(単量体)が徐々に解離し、ゆっくりかつ持続的に血中へ移行することにより、長い作用の持続化を実現している。
注射回数を減らせる「配合溶解インスリン」
 「ライゾデグ配合注」は、昨年発売された1本のペンに2種類の異なるインスリンアナログを配合した配合溶解インスリン製剤。24時間を超えて基礎分泌を補充する持効型インスリン「インスリン デグルデク」(トレシーバ)と、食後の追加分泌を補充する超速効型インスリン「インスリン アスパルト」(ノボラピッド)が、7対3の割合で配合されている。

 2型糖尿病の多くは進行性で、強化療法が必要となる患者は多い。血糖をコントロールするため、持効型インスリンに加え超速効型インスリンを併用する場合、注射回数が増え1日数回の注射が必要となるが、患者によってはこうした頻回注射が難しい場合がある。

 「ライゾデグ配合注」は1日1回の注射から治療を始められ、インスリン療法で基礎分泌と追加分泌の両方を補う必要がある患者や、中間型・持効型インスリン製剤で治療しており追加分泌を補う必要がある患者で、よりシンプルな治療を行えるようになる。

 他にも新型のインスリン製剤の開発も進められており、近い将来に新たなインスリン製剤が治療に使われるようになると見込まれている。インスリン治療を継続して、大きな合併症もなく現在も元気に過ごしている糖尿病患者はどんどん増えている。  これからインスリン療法をはじめる人は、インスリン製剤の進歩の恩恵を受けられる幸運な患者だ。主治医からインスリンを勧められたら、どの製剤をどう使うかを医師とよく相談した上で、迷わず明日からの治療に取り入れてはいかがだろうか。

第59回日本糖尿病学会年次学術集会

[ Terahata ]
日本医療・健康情報研究所

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