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2023年02月08日
CGMとインスリンポンプを組合せた「人工膵臓」 必要とするすべての糖尿病患者に提供するべき
血糖変動を見える化するCGMと、インスリンを自動的に投与するインスリンポンプを組合せた、「人工膵臓」の開発が、世界で進められている。
「人工膵臓」により、1型糖尿病だけでなく、2型糖尿病患者の血糖管理も改善できることが、英ケンブリッジ大学の実施した試験で明らかになった。
英国では、「1型糖尿病の血糖管理に役立つ、新しいテクノロジーであり、必要としている患者に広く提供されるのが望ましい」という声明が発表され、1型糖尿病患者の医療費の負担を軽減する仕組みも検討されている。
自分の血糖値を知ることは重要
血糖値は、血液中のブドウ糖(血糖)の量を示す。血糖値は1日のなかでも時間とともに変化し、食事の内容や量、運動やストレスなど、さまざまな要因で変動している(血糖変動)。 糖尿病の治療では、食事と運動、さらに必要に応じて飲み薬やインスリンなどの薬による治療を行い、血糖値を目標値に近づけることが目標となる。そのために、自分自身の血糖値を知ることは重要となる。 多くの糖尿病患者が利用している血糖自己測定(SMBG)では、自身で指先などに穿刺針で刺して、ごく少量の血液を出して血糖値を測定する。 いま使われている血糖自己測定器は、手のひらサイズの小さいもので、ごく少ない血液量で簡単に血糖値を測定できる。穿刺器具(血液を採取するための器具)も改良が重ねられ、針はとても細く、痛みもかなり少なくなっている。 しかし、SMBGで分かるのは1日数回の測定時の血糖値のみで、また測定のたびに指先などを穿刺しなければならないので、測定回数が増えると患者の負担は大きくなる。CGMで血糖変動を「見える化」できる
これに対して、持続血糖モニター(CGM)は、皮下に刺した細いセンサーにより皮下の間質液のグルコースを連続して測定し、血糖値を推定するデバイス。日本でも、1型糖尿病と2型糖尿病の患者が利用している。 間質のグルコース値は、血糖値と高い相関関係にあるので、CGMにより1日の血糖値の動きが持続的に視覚的に分かる。患者が自分でリアルタイムに血糖変動を見ながら生活できるフラッシュ グルコース モニタリング(FGM)も利用されている。 CGMは、1日24時間連続して血糖の変動を測定でき、血糖の日内変動の傾向が分かる。SMBGではみつけにくい夜間や早朝の低血糖や、食後の高血糖、さらには血糖の上下の変動などもモニターできる。
「人工膵臓」が1型糖尿病の小児患者を助ける
ケンブリッジ大学が公開しているビデオ
ケンブリッジ大学が公開しているビデオ
CGMとポンプを組合せた「人工膵臓」が2型糖尿の血糖管理を改善
そのCGMと、インスリンを自動的に投与するインスリンポンプを組合せた、「クローズド ループ システム(人工膵臓)」の開発が、世界で進められている。 「人工膵臓」は、CGMで得られたグルコース値をもとに、インスリンポンプが自動的に適切な量のインスリンを調整し注入し続けるというものだ。 日本でも、「ハイブリッド クローズド ループ」を取り入れたインスリンポンプは、1型糖尿病の治療で使われはじめている。 英ケンブリッジ大学がこのほど発表した研究では、CGMとインスリンポンプを組合せた「人工膵臓」により、1型糖尿病だけでなく、2型糖尿病患者の血糖管理も改善できることが確かめられた。 研究グループは、2型糖尿病患者26人を対象に試験を行い、「人工膵臓」を利用することで、血糖値が目標範囲内に収まっている時間は2倍に増え、高血糖を経験した時間を半分に減るなど成果を得たと発表した。
ケンブリッジ大学が開発した「人工膵臓」
出典:ケンブリッジ大学、2023年
「人工膵臓」は2型糖尿の治療でも効果的
「人工膵臓」は、同大学が開発した独自のアルゴリズムを搭載したもので、これまで1型糖尿病患者に対し有効であることを示してきたが、今回の試験で2型糖尿病患者にとっても有用であることを証明した。 同が今回の試験で使用した、インスリンを自動投与する「人工膵臓」は、既存のCGMとインスリンポンプを、独自に開発したアプリと組み合わせたもの。 このアプリは、血糖値を目標範囲内に維持するために必要なインスリンの量を予測するアルゴリズムにより動作する。 使用された「人工膵臓」は、これまで小児から成人の1型糖尿病患者に使用されてきたものと異なり、インスリン投与量の調整が完全に自動化されており、患者は基本的にはデバイスの操作を行う必要がないという。1型糖尿病の場合は、患者が食事などに合わせて調整する必要があった。糖尿病の治療による負担が減る 信頼も高まる
革新的なテクノロジーを必要とする
すべての患者が使えるようにするべき
すべての患者が使えるようにするべき
1型糖尿病の人の医療費の負担を軽減しようという動きも
こうした新しいテクノロジーを普及させるうえで、大きな障壁となっているのは、医療費が高くなることだ。 日本でも、CGMとインスリンポンプによる治療を受ける場合、3割負担で月に3万円以上の医療費が必要になることもある。医療費が高額になるので、利用できないでいる人は多い。 海外では、より多くの人が利用できるようにするために、患者の医療費の負担を軽減する仕組みを整備しようという動きも出ている。 英国保健省の管轄下にある医療機構である「英国国立医療技術評価機構(NICE)」は、CGMとインスリンポンプを組合せて自動化した「ハイブリッド クローズド ループ システム(人工膵臓)」について、「1型糖尿病の血糖管理に役立つ、新しいテクノロジーであり、治療が困難な患者に広く提供されるのが望ましい」とする声明を発表した。 NICEは現在、英国で1型糖尿病とともに生きる10万人を超える人が、「人工膵臓」を利用できるようにするのを奨励する、ガイドラインの作成に取り組んでいる。ガイドラインは近日中に発表される予定だ。糖尿病合併症を防げれば長期的に医療費削減につながる
糖尿病患者がCGMを使用し、血糖を連続してモニタリングするメリットについては、これまでも多くの研究が発表されている。CGMを使うことで、血糖管理が改善されるだけでなく、治療にともなう負担も軽減されることが報告されている。 CGMやインスリンポンプを利用することで、血糖管理を改善し、失明・腎臓病・心筋梗塞・脳卒中・下肢切断といった、深刻な糖尿病の合併症を防ぐことができれば、長期的にみれば医療費の削減につながる。 しかし現状は、「人工膵臓」を利用しようとすると、高額な医療費が必要になる。英国では年間に5,744ポンド(およそ90万円)の費用がかかるという。 これは、英国の公的な医療サービスを提供している機関である国民保健サービス(NHS)が、費用対効果が高いとみなす金額よりも高く、こうしたデバイスの価格が低下しないと、多くの患者に利用を奨励するのはまだ難しいとしている。1型糖尿病とともに生きるすべて人の生活の質を高めるために
しかし、「近い将来に、1型糖尿病とともに生き、必要としているすべての人が、この新しいテクノロジーを利用できるようにするのが望ましい。実現するために、政府や学術団体、企業、患者団体も含め、各方面の協力を求めている」としている。 これについて、英国保健大臣のヘレン ウェイトリー氏は、「この新しい技術により、患者の負担が軽減され、糖尿病の管理をより容易に行えるようなり、患者の生活の質を高められるのはすばらしい」と、前向きの姿勢を示している。 「私たちは、最新の革新的技術を利用して、患者の転帰を改善し、深刻な合併症を減らし、最終的にNHSの医療費の負担を軽減できるようにすることを求めています。人工膵臓についての協議の結果を楽しみにしています」とコメントしている。Fully automated closed-loop insulin delivery in adults with type 2 diabetes: an open-label, single-center, randomized crossover trial (Nature Medicine 2023年1月11日)
Bionic Pancreas Improves Type 1 Diabetes Management in Kids and Adults (アン & ロバート H. ルリー 小児病院 2022年10月12日)
Multicenter, Randomized Trial of a Bionic Pancreas in Type 1 Diabetes (ニュー イングランド ジャーナル オブ メディシン 2023年1月10日)
closed-loop technology could benefit people with type 2 diabetes (英国糖尿病学会 2023年1月19日)
New "artificial pancreas" technology set to change the lives of people having difficulty managing their type 1 diabetes (国立医療技術評価機構 2023年1月10日)
Type 1 diabetes: NICE recommends new "artificial pancreas" technology (ブリティッシュ メディカル ジャーナル 2023年1月10日)
[ Terahata ]
日本医療・健康情報研究所
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