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2020年01月14日

糖尿病の運動療法 心臓や脳の血管と神経を修復 インスリン抵抗性も改善

 自宅にいるときはソファーに寝そべりテレビを見ながら長時間を過ごし、体を動かさない。そんな生活を続けていると、心臓や脳の血管がいたみやくなり、心筋梗塞や脳卒中、認知症などの合併症のリスクが高まる。
 ウォーキングなどの運動を習慣として続けることで、糖尿病合併症のリスクが抑えられるメカニズムが明らかになった。運動は軽いものでも、続けていれば大きな効果を得られる。
なぜ運動は心臓や脳の健康に良いのか
 糖尿病の人は心血管疾患と認知症の発症リスクが高いが、ウォーキングなどの運動を習慣として続けると、これらの合併症を予防できることはよく知られている。

 運動を行うことで心臓や脳の血管と神経の損傷を修復する物質が増えることが、糖尿病合併症を防ぐメカニズムであることが、新たな研究で明らかになった。

 その物質とは、「インスリン様成長因子1(IGF-1)」「脳由来神経栄養因子(BDNF)」。運動を増やすことで、血液中でこれらの循環が増え、心臓や脳の血管や神経を保護する働きをする。研究は医学誌「Journal of Diabetes Research」に発表された。

 「糖尿病の人が運動をすることは、心血管疾患と認知症のリスクを低下させるために必要です。今回の研究により、糖尿病患者が加齢に応じて運動をするべきである理由がまたひとつ解明されました」と、ボストン大学公衆衛生学部の研究者であるケンドラ デイビス プルード氏は言う。

関連情報
運動が血管や神経を保護する物質を増やす
 「IGF-1」や「BDNF」、「血管内皮増殖因子(VEGF)」という物質は、血液細胞と脳神経を生成し、血管と神経の損傷を修復する働きをする。糖尿病の人の血液中では、これらの物質のレベルが低下している傾向がある。これまでの研究により、これが糖尿病が心血管疾患と認知症のリスクを高める理由のひとつだと考えられていた。

 糖尿病患者を対象とした今回の運動介入研究で、運動や身体活動を習慣として行うことで、IGF-1、BDNFの循環が増えることが、米国のボストン大学などの研究で実際に確かめられた。

 研究チームは、米国で1970年代から行われている心血管系疾患リスクに関する研究である「フラミンガム子孫研究」に参加した、心血管疾患や脳卒中、認知症のない179人の糖尿病患者と1,551人の糖尿病でない人を対象に調査をした。
60歳を超えたら運動はますます必要
 保存された血液サンプルから、IGF-1、BDNF、VEGFのレベルを、2010年と2011年に測定した。同時に、運動や身体活動の習慣についてアンケート調査を行い、参加者を60歳未満と60歳以上に分け、血液サンプルの測定値と比較した。

 その結果、糖尿病ではない人では、運動習慣とそれらのレベルとの間に関連はみられなかったが、糖尿病の人では、運動をするとBDNFのレベルが上昇することが明らかになった。

 さらに、糖尿病の人がウォーキングなどの運動をより多く行うと、IGF-1のレベルも高くなり、その関連性は60歳以上の人にのみ当てはまることも分かった。なお、VEGFについては関連がみられなかった。
運動はインスリン抵抗性も改善
 研究を主導したボストン大学医学部の助教授であるニコル スパルタノ氏は、運動がインスリン抵抗性を改善するメカニズムを解明を、2017年にも発表している。

 「インスリン抵抗性」とは、インスリンが体で効きにくくなった状態。膵臓で産生されるホルモンであるインスリンは、グルコース、脂肪、タンパク質などのエネルギー分子を調節する働きをする。

 インスリン抵抗性があると、インスリンシグナル伝達が正常に行われにくくなり、血糖値が上昇しやすくなる。そのため糖尿病の発症リスクが上昇し、糖尿病のある人では心血管などの合併症のリスクが高くなる。

 インスリン抵抗性が改善することが、糖尿病の治療では重要となる。ウォーキングなどの適度な運動を続けることで、インスリン抵抗性を解消できることが、この研究で明らかになった。研究成果は医学誌「Clinical Obesity」に発表された。
運動不足はホルモンの調整を悪くする
 研究チームは、「フラミンガム心臓研究」の参加者に、活動量計を装着してもらい、運動や身体活動、座ったままの時間を測定した。血液検査も行い、インスリン抵抗性、炎症、代謝などのマーカーを調べた。

 その結果、ウォーキングなどの運動を続けると、それが体重を減らすほどでなくとも、炎症に関連するバイオマーカーが改善し、インスリン抵抗性が低下することが明らかになった。

 逆に、座りがちな時間が長く、運動不足であると、脂肪組織で生成される「レプチン」というホルモンが低下していた。レプチンは満腹感を引き起こし、食べ過ぎを防ぐと考えられる。また、脂肪分子の輸送の働きをする「脂肪酸結合タンパク質4(FABP4)」というタンパク質が増えていた。

 「ウォーキングなどの運動は、インスリン抵抗性の改善など、さまざまな経路によって、糖尿病合併症のリスクを抑えることが示されました。一方、運動不足の習慣が続くと、有用な働きをするホルモンやタンパク質の調整が悪くなります」と、スパルタノ氏は述べている。
運動を続けることで認知症のリスクも抑えられる
 老化にともない増えるアルツハイマー病や認知症は避けられない病気と考えがちだが、若い頃から生活スタイルを改善すれば予防が可能であることが分かってきた。

 少しの運動であっても、習慣化し毎日続けて、次第に量を増やしていけば、たとえ運動の強度はそれほど高くなくとも、脳の容量を大きくし、健康に年齢を重ねられるようになる。

 スパルタノ氏が2019年に発表した研究によると、ウォーキングなどの運動を1時間行うだけでも効果があるという。「フラミンガム心臓研究」の参加者を対象とした研究で、1日の歩数が多い人ほど、あるいは身体活動量が多い人ほど脳容積は大きいことが分かった。

 1日に平均1万歩以上歩く人では、平均5,000歩未満の人と比べて脳年齢が1.75歳若く、また、中強度の身体活動が1時間増えるごとに脳年齢は1.1歳若返るという。

 「脳の老化を抑えるために、軽い運動でも良いので、とにかく体を動かすことを習慣にするべきです。軽い運動であれば続けやすく、目標を達成しやすくなります。多くの人にとって希望をもたらす結果です」と、スパルタノ氏は述べている。

Physical Activity Improves Cognitive and Vascular Health in Older People with Diabetes(ボストン大学公衆衛生学部 2019年2月26日)
Self-Reported Physical Activity and Relations to Growth and Neurotrophic Factors in Diabetes Mellitus: The Framingham Offspring Study(Journal of Diabetes Research 2019年1月9日)
Data Suggests Modest Physical Activity Linked to Improved Markers of Insulin Sensitivity, Inflammation(ボストン大学医学部 2017年1月26日)
Associations of objective physical activity with insulin sensitivity and circulating adipokine profile: the Framingham Heart Study(Clinical Obesity 2017年1月23日)
Light, Physical Activity Reduces Brain Aging(ボストン大学医科大学院 2019年4月19日)
Association of Accelerometer-Measured Light-Intensity Physical Activity With Brain Volume: The Framingham Heart Study(JAMA Network Open 2019年4月19日)
[ Terahata ]
日本医療・健康情報研究所

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