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2014年08月22日

細胞のビックデータからインスリンの血糖調節メカニズムを解明

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医療の進歩
 東京大学の柚木克之助教らによる研究グループは、細胞内のビッグデータから大規模な多階層ネットワークを自動的に再構築する方法を世界に先駆けて解明した。これにより、インスリンが作用する分子ネットワークの全貌がはじめて明らかになった。

 細胞は、DNA、RNA、タンパク質、代謝物質などからできており、物性がよく似た分子同士のグループをオミクス階層という。これまで、異なるオミクス階層間を繋ぐネットワークは明らかになっていなかった。

 複雑で巨大なデータを高精度に解析する「ビッグデータ」の活用が、医学や生物学の分野でも活用されはじめたことを宣言する画期的な研究成果だ。

インスリン作用の細胞内ビッグデータから血糖値の調節メカニズムを解明
 ヒトの体の細胞は“小さな宇宙”といえるほど複雑に構成されている。そこにはDNA、RNA、タンパク質、代謝物質など多くの種類の生体物質が混在している。

 その細胞内の2つのオミクス階層(生体内の物性がよく似た分子同士を集めたグループ)にまたがるネットワークを再構築する手法を開発し、インスリンが作用する分子のネットワークを解明するのに、東京大学大学院理学系研究科の柚木克之助教と久保田浩行特任准教授(現・九州大学生体防御医学研究所教授)、黒田真也教授らが世界に先駆けて成功した。

 この手法を、インスリンの投与によって生じる経時的な変化(ビッグデータ)に適用することで、インスリンが作用する分子のネットワークの全貌がはじめて明らかになった。

 今回の研究では、細胞内のビッグデータから大規模な多階層ネットワークを自動的に再構築する手法「トランスオミクス解析」を開発し、インスリンの投与によって生じる経時的な変化に適用した。

 トランスオミクス解析の最大の特色は、濃度が変動する代謝物の根本的な原因である刺激因子へさかのぼることで、複数のオミクス階層にまたがるネットワークを再構築できることだ。

インスリン代謝に大規模なネットワークが関与
 研究グループはまず、タンパク質リン酸化と代謝物の2つのオミクス階層にまたがるネットワークを網羅的に再構築した。そして、複数のオミクス階層にまたがるネットワークを7段階で再構築する方法を開発した。この手法を内外で特許出願した。

 血糖値を下げるホルモンであるインスリンをラットの肝細胞に1時間投与して、細胞内の経時変化のビッグデータを取得し、インスリンが作用する分子のネットワークを初めて再構築した。

 トランスオミクス解析の結果明らかになった多階層にまたがるインスリン代謝制御ネットワークに、変動した代謝物44個と、これらを生成・分解する責任代謝酵素198個、これらの代謝酵素の活性をリン酸化によって制御している責任キナーゼ(リン酸化酵素)13個が関わっていることが分かった。

 こうしてインスリン代謝には、タンパク質の機能が他の化合物によって調節される「アロステリック調節」が226個で作られる大規模なネットワークが関与していることが明らかになった。

多階層にまたがる分子ネットワークの解明に応用
 この方法で新たな発見も相次いだ。「従来は部分的に推測するしかなかったインスリン代謝の理解が深まり、肝臓のみで機能する血糖値調節の重要な経路を発見した。インスリンによる新たな調節経路がみつかった」という。

 インスリン代謝制御ネットワークを細かく解析することで、血糖値の調節メカニズムを新たに解明できる可能性がある。

 「トランスオミクス解析」はインスリン以外にも、幅広い生命機能の背後にある多階層にまたがる分子ネットワークの解明に応用でき、生命機能や疾患のメカニズム解明やコントロールにつながることが期待される。

 研究グループを率いる黒田真也東大教授は「細胞のビッグデータを集積して実現した方法だ。オミクス階層を網羅的につなぐ解析ははじめての試みで、病気の解明に欠かせない方法になるだろう。この方法は、インスリンだけでなく、どんな刺激にも対応でき、組織や臓器、個体レベルにも適用できる」と話している

 研究は、慶應義塾大学の曽我朋義教授、池田和貴特任助教、九州大学の中山敬一教授、松本雅記准教授、大阪大学の三木裕明教授、船戸洋佑助教らと共同で行われ、詳細は科学誌「セルリポーツ」オンライン版に発表された。

東京大学大学院理学系研究科

[ Terahata ]
日本医療・健康情報研究所

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