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2020年10月16日

糖尿病治療薬「メトホルミン」の多面的な作用が分かってきた 【第63回日本糖尿病学会】

第63回日本糖尿病学会年次学術集会
 糖尿病治療薬の「メトホルミン」についての最新の知見が、日本糖尿病学会で公開されました。
 メトホルミンを利用するときの注意点も指摘されています。
 10月にWeb開催された「第63回日本糖尿病学会年次学術集会」よりご紹介します。

第63回日本糖尿病学会年次学術集会
シンポジウム14「古くて新しい薬『メトホルミン』~基礎研究から見えてきた多面的作用~」

2020年10月5日(月)~16日(金) Web開催
第63回日本糖尿病学会年次学術集会
メトホルミンに多面的な作用が
 広く使われている糖尿病治療薬であるメトホルミンに、多面的な作用があることが分かってきた。

 メトホルミンは、ビグアナイド薬に分類される経口糖尿病治療薬のひとつで、肝臓からのブドウ糖放出の抑制や、筋肉を中心とした末梢組織でのインスリン感受性を高める作用などがある。

 メトホルミンは、インスリン分泌の増加をともなわないので、単剤では低血糖を起こしにくく、また体重も増えにくいという利点があり、広く利用されている。

 有効性、安全性、費用対効果の面から、欧米では2型糖尿病の薬物療法を、メトホルミンを第一選択薬として開始することが推奨されている。

 糖尿病の薬物療法で大切なのは、薬の作用や副作用について知って、医師の指示通りに薬をきちんと飲み続けることだ。
糖尿病合併症を抑制
 メトホルミンはかつて、後述する「乳酸アシドーシス」などの副作用に対する懸念から、ほとんど使用されなかった時期があった。

 しかし、英国の大規模疫学研究である「UKPDS」などで、2型糖尿病患者がメトホルミンを利用して血糖コントロールの改善を目指すと、心筋梗塞などの合併症のリスクが減少することが分かり、メトホルミンの有用性と安全性は再評価された。

 日本人でも、メトホルミンによる血糖改善の効果が認められ、心血管イベントが抑制される可能性が示されている。

 メトホルミンとDPP-4阻害薬の併用により、HbA1cがより低下した例も報告されている。DPP-4阻害薬とメトホルミンの配合剤も出ており、利便性は向上している。

 安価なメトホルミンと、DPP-4阻害薬やSGLT2阻害薬の併用は、「良い組合せ」になる可能性がある。
AMPKを活性化 がんリスクを低減
 メトホルミンが、がんの発症リスクを低減している可能性がある。2型糖尿病患者でのがんの発症率は、メトホルミン使用者で低かったという報告がある。

 「AMPK」(AMP活性化プロテインキナーゼ)は、細胞の中で生命を維持するために必要な働きを担っている重要な酵素のひとつ。メトホルミンはインスリン産生量を増大させず、肝臓などでAMPKを活性化することで、がんの発症を抑えていると考えられている。

 AMPKの活性化により代謝が良くなり、インスリン抵抗性の改善にもつながる。糖尿病の人はがんの発生率が高いとされており、メトホルミンにがんを抑制する作用あるという情報は希望をもたらすものだ。
がん細胞を除去するT細胞を活性化
 メトホルミンを長期服用することで、がんの発症率が低下することが報告されているが、そのメカニズムはAMPKを活性化以外にもありそうだ。

 ウイルス感染した細胞やがん化した細胞など、生体に危害を与える細胞の殺傷・除去に関わっているキラーT細胞である「CD8」が、メトホルミンによって活性化・増殖するという研究を岡山大学が発表している。

 また、細胞が生存し活動するためのエネルギーとして「アデノシン3リン酸」(ATP)という体内物質が使われる。ATPは体が必要とする活動エネルギーを保存し、細胞では主にミトコンドリアという細胞内小器官で生成される。

 糖尿病はさまざとまな代謝異常を引き起こすが、これにはミトコンドリアによる活性酸素が関わっている。高血糖により過剰に産生された活性酸素は、細胞を傷害し、がんや心血管疾患などさまざまな疾患をもたらす原因となる。

 メトホルミンにはミトコンドリア由来の活性酸素を抑制する作用もあると考えられている。
便の中にブドウ糖を排泄 GLP-1の分泌も促進
 メトホルミンにはインスリン分泌を刺激する消化管ホルモン(インクレチン)であるGLP-1の分泌促進作用もあると報告されている。

 メトホルミンによる体重減少には、GLP-1による胃排出の抑制効果や食欲の抑制作用も関与している可能性がある。

 さらに神戸大学は、糖尿病治療薬のメトホルミンに「便の中にブドウ糖を排泄させる」という作用があることを、ヒトを対象とした研究で明らかにした。

 研究グループは「PET-MRI」という新しい放射線診断装置を用いた生体イメージングにより、メトホルミンを飲んだ患者で血液中のブドウ糖が大腸から便の中に排泄されることを明らかにした。

 これは今まで全く想定されていなかった発見で、この作用が血糖降下効果と関係している可能性がある。
腸内細菌叢にも影響
 シンポジウムでは、メトホルミンが腸内細菌叢にも影響していることが報告された。

 腸内に棲んでいる細菌は、菌種ごとにかたまりになっており、それが品種ごとに並んで咲くお花畑に見えることから「腸内フローラ」と呼ばれている。

 メトホルミンの血糖降下作用に腸内フローラの変化が関与している可能性があるという研究が報告されている。

 メトホルミンを服用することで、腸内細菌叢に好ましい影響があらわれ、それが血糖コントールに影響しているという報告がある。

 一方で、下痢や腹部膨満などの消化器症状を引き起こすこともある。こうした胃腸障害の多くは少量から開始して少しずつ増量することで避けることができるものの、その副作用のメカニズムはよく分かっていない。
乳酸アシドーシスに注意
 ただし注意しなければならないのは、メトホルミンには、まれに重篤な乳酸アシドーシスなどの副作用を起こすリスクもあることだ。

 乳酸アシドーシスは、血中乳酸値が上昇し、著しい代謝性アシドーシスをきたし、血液が酸性になった状態で、症状としては腹痛、嘔吐、早い呼吸、全身倦怠、意識障害などがある。

 メトホルミンは、乳酸アシドーシスを起こしやすい患者には投与しないことになっている。日本糖尿病学会は「メトホルミンの適正使用に関する Recommendation」を公表し、メトホルミンを使用する際には注意が必要と呼びかけている。

 メトホルミンを服用している患者は、以下のことに注意して、異常があらわれているときは速やかに医師に相談することが重要だ。
▼過度のアルコール摂取を避ける。
▼発熱、下痢、嘔吐、食事摂取の不良などにより脱水状態になっているおそれがある場合には、いったん服用を中止し、医師に相談する。
▼乳酸アシドーシスの初期症状があらわれた場合には、すぐに受診する。

 腎機能障害のある高齢者では、腎臓での薬剤の排泄が減少し、血中濃度が上昇するおそれがあるので、とりわけ注意が必要となる。

第63回日本糖尿病学会年次学術集会
シンポジウム14「古くて新しい薬『メトホルミン』~基礎研究から見えてきた多面的作用~」

座長:
金崎啓造(島根大学医学部内科学講座内科学第一)
戸邉一之(富山大学医学部内科学講座1)

S14-1 Metformin, Gut microbiota composition, and glucose metabolism
Fernández-Real Lemos José Manuel (Department of Endocrinology, Hospital of Girona Dr Josep Trueta CIBERobn Obesity, Spain)

S14-2 Metformin:a new target for cancer care?
Perry Rachel J. (Internal Medicine-Endocrinology and Cellular&Molecular Physiology, Yale University School of Medicine, USA)

S14-3 メトホルミン誘導性ミトコンドリア活性酸素によるがん免疫再起動
鵜殿平一郎(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科)

S14-4 細胞競合によるがん制御の分子機構
井垣達吏(京都大学大学院生命科学研究科)

S14-5 DPP-4阻害薬およびSGLT2阻害薬の併用パートナーとしてのメトホルミン
永井義夫(聖マリアンナ医科大学代謝・内分泌内科)

S14-6 メトホルミンの多様な作用機構―消化管への新規薬理作用も踏まえて―
小川 渉(神戸大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌内科)
[ Terahata ]
日本医療・健康情報研究所

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