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2012年10月18日
iPS細胞からインスリン分泌組織 糖尿病の再生医療に期待

iPS細胞
一方、もうひとつの幹細胞であるES細胞は胚から作られる。ES細胞には胚の滅失に関わる倫理問題があるが、iPS細胞にはそのような倫理問題がない。患者の細胞から作ることができるので、拒絶反応も起こらないと考えられている。
幹細胞の再生医療への応用は、糖尿病の治療でも大きく期待されている。幹細胞の「他の細胞に変化する」という特性を利用すれば、インスリンを作るβ細胞や膵臓を人工的に作りだせ、1型糖尿病の根本的な治療となる可能性がある。
現在、幹細胞を効率よく作る技術や他の細胞に分化させる研究が発展している。実験室内で膵臓を作ることはすでに実現しており、多くの研究者が治療に使うことを目指して技術や安全性での改良を重ねている。
2009年にハーバード大学の研究グループが、1型糖尿病の患者の皮膚細胞からiPS細胞を樹立し、培養皿の上でインスリン産生細胞に分化誘導することに成功した。この細胞を使い、1型糖尿病の発症メカニズムの解明を行い、新たな治療法の開発研究へ進展できると期待されている。
東京大医科学研究所の中内啓光教授らの研究チームは、2010年にiPS細胞を用いてマウスの体内でラットの膵臓を作製することに成功したと発表した。膵臓ができないよう遺伝子操作したマウスの受精卵に、ラットのiPS細胞を入れると、生まれたマウスの体内にはラットの膵臓ができた。iPS細胞由来の膵臓は生体内で正常に機能し、インスリンを分泌し、高血糖などの症状がなくなった。
東京大学の宮島篤教授らの研究チームは、2011年にマウス胎児のiPS細胞から膵島を作ることに成功したと発表した。研究チームはマウスで膵臓ができあがるメカニズムを調べ、マウスiPS細胞から膵島を作るための培養方法の開発を行い、生体内で機能する膵島を作ることに成功した。
現在は膵島を大量に作るシステムの開発を進め、移植による安全性を確保し、膵島に分化しなかった細胞を取り除く方法や血清など動物成分を含まない培養方法などの培養技術の開発・改良に取り組んでいる。
熊本大学の粂昭苑教授らの研究グループも、iPS細胞からβ細胞を作りだす研究に取り組んでいる。粂教授らは2002年からES細胞を使って、膵臓に関する研究を進めていた。08年にはβ細胞の前段階の細胞である前駆細胞を、ES細胞から効率的に作る方法を開発した。現在は、この成果を応用し、iPS細胞から前駆細胞、そしてβ細胞へと効率よく分化させる方法を開発している。
山中伸弥教授が所長を務めるiPS細胞研究所は、iPS細胞の作成方法として、がん化する恐れを低減した方法の開発にも取り組んでいる。安全性に関する問題を乗り越えて治療に利用できるようになれば、糖尿病をはじめとする多くの病気の治療ができるようになると期待されている。
山中教授らが2006年に発表した論文でマウスiPS細胞を作製するときに用いた初期化因子の一つ「c-Myc」は、がん化しやすい遺伝子として知られている。この遺伝子が細胞内で活性化し、がんが引き起こされる可能性が指摘されていた。そこで研究チームは2010年7月に、c-Mycの代わりにがん化の恐れの低い「L-Myc」に置き換えてiPS細胞を作製する方法を開発した。
では、現在進んでいる再生医療にかかわる研究は、いつ頃治療として実現するのだろうか。現在、多くの幹細胞治療の研究は技術的にも安全面においても実現に向けた長いステップの初期段階にあり、すぐに治療に使用することはできない。新たな薬や病気の治療法を開発するのに成功したとしても、患者の治療に使用するまでには安全性や副作用のテストを含む多くのステップを必要とし、順調に進んだとしても10年以上の歳月がかかるという。
京都大学iPS細胞研究所
文部科学省 再生医療の実現化プロジェクト
JST戦略的創造推進事業iPS細胞等の細胞リプログラミングによる幹細胞研究戦略事業プログラム
内閣府 最先端研究開発支援プログラム
JST戦略的イノベーション創出推進事業
厚生労労働科学研究費補助金構成科学基盤研究分野 再生医療実用化研究
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