がんばりすぎない糖尿病ライフ

2026年07月15日

血糖値はいいのに薬が増える?その理由
~時代は「アディショナルベネフィット」~

「血糖はいいですね、と言われたのに、薬が一つ増えました。糖尿病が悪くなったのでしょうか?」
診察室や薬局で、ときどき聞かれる質問です。

HbA1cは6%台。医師からも「血糖は落ち着いています」と言われた。それなのに、新しい糖尿病の薬が追加されたら、少し不安になりますよね。

  • ・血糖が悪くないのに、どうして薬を増やすの?
  • ・薬が増えたということは、やっぱり糖尿病が進んでいるの?

そう感じるのは、とても自然なことだと思います。

しかし、現代の糖尿病治療では、「薬が増えた=必ずしも血糖が悪くなった」というわけではありません。最近では、心臓や腎臓などを守るために、先に糖尿病の薬を追加することがあるのです。

昔は「HbA1cを下げること」が治療の中心だった

今では少し考えにくいのですが、以前の糖尿病診療には、「血糖値は低ければ低いほどよい」という雰囲気がありました。HbA1cの値によって、血糖コントロールが「優・良・可・不可」と分類されていました。たとえばHbA1c 6.2%未満なら「優」。6.2~6.9%未満が「良」、それ以上は「可」や「不可」という感じです。

学校の成績表のようにわかりやすい一方で、患者さん側からすると、毎回の採血で自分が採点されているようにも感じます。
「HbA1cが高ければ薬を増やす。下がれば治療は成功。もっと低くなれば、もっとよい」というように、単純に血糖が高ければ薬を増やしていく、という考え方でした。

ただ、その後の研究で、血糖を強く下げるだけでは心筋梗塞や脳卒中を減らしたり、ひいては寿命を延ばせるわけではないことがわかってきました。ここから、糖尿病治療の考え方は少しずつ変わっていきました。

糖尿病治療で本当に守りたいのは「血管」

ほとんどの糖尿病合併症には、血管のダメージが関係しています。たとえば神経障害、網膜症、腎症は、細い血管の障害によって起こります。足の壊疽、脳卒中、狭心症などは、太い血管の動脈硬化と関係しています。

HbA1cを下げることで、前者の細い血管を守ることができる一方で、それだけでは心筋梗塞や脳卒中の危険は残ることがわかっています。

そのため現在では、HbA1cだけではなく、血圧やコレステロール、体重、たばこの有無、腎臓の機能、心臓の状態などをまとめて見ながら治療を考えます。糖尿病治療は、単に「血糖を下げる医療」から、血管や臓器を守る医療へと変わってきたのです。

アディショナルベネフィットって何?

さて、ここで登場するのが、「アディショナルベネフィット」という考え方です。
少し難しそうな言葉ですが、日本語にすれば「追加の利益」という意味です。

糖尿病の薬は、本来は血糖を下げることが基本の働きですよね。しかし、最近の糖尿病の薬の中には、それに加えて、以下のような効果をもつものがあります。

  • ・心臓を守る。心不全による入院を減らす。
  • ・腎臓の機能低下を抑える。血液透析が必要になるリスクを減らす。
  • ・体重を減らす。結果として、血圧や悪玉コレステロールが下がる。
  • ・心筋梗塞や脳卒中を減らす。

これらが、血糖を下げる効果に加わる「アディショナルベネフィット」です。

つまり、現在の薬選びでは、「どの薬がいちばんHbA1cを下げるか」だけではなく、その患者さん一人ひとりの心臓や腎臓、血管を守るには、どの薬が合っているかという視点で考えるようになっています。

血糖がよくても薬が追加される理由

話を冒頭に戻します。たとえば、2型糖尿病と長く付き合っている70代の男性患者さんがいたとします。HbA1cは6.8%。良好です。しかし、最近になって心不全が見つかりました。そこで、心臓を守る効果のある糖尿病の薬が一つ追加されました。本人からすれば、「血糖はいいと言われたのに、なぜ薬が増えたのだろう?」と感じるでしょう。

けれども、この場合、薬は血糖が悪化したから追加されたわけではありません。「将来の心臓や腎臓を守ること」が目的です。

薬が増えた=糖尿病が悪化した、とは限らない

さて、ここが今回一番お伝えしたいポイントです。糖尿病の薬が増えると、「自分の努力が足りなかったのではないか」と感じることがあります。

  • ・食べすぎたから?
  • ・運動できなかったから?
  • ・糖尿病が進んでしまったから?

しかし、アディショナルベネフィットを考えて薬を追加する場合、それはあなたの失敗を意味しません。
むしろ、心臓病や腎症が起こってから対応するのではなく、少しでも早い段階から将来のリスクを減らそう、という治療です。

これまでの糖尿病治療が、目の前のHbA1cを下げることを重視していたとすれば、現在は、5年後、10年後の心臓や腎臓まで見据えるようになった、といえるかもしれません。
目的がわかれば、薬に対する印象も少し変わってくるのではないでしょうか?

プロフィール

田中慧プロフィール画像

田中 慧
たなか さとし
東京女子医科大学糖尿病代謝内科学分野 嘱託医師
糖尿病専門医/医学博士

10歳で糖尿病を発症。2型糖尿病と診断されていたが、28歳時に遺伝学的検査を受検し、遺伝性糖尿病のMODY3と診断された。ペン型インスリン、CGM使用中。インスリンポンプを使用していた時期もあり。患者としての25年以上の経験と、医師としての専門性を生かし、医療者・患者・家族をつなぐ活動を展開中。X(旧Twitter)では「おだQ」というハンドルネームで約15,000人のフォロワーに向けて糖尿病ライフのヒントを発信している

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