がんばりすぎない糖尿病ライフ

2025年12月24日

糖尿病のせいで眠れない夜、それもまた人生

 あなたは「糖尿病ではなかった人生」を考えることがありますか?
特に、診断を受けて間もない方や、若くして糖尿病を発症された方は、夜に色々と考え込んでしまい、なかなか眠れないこともあるかもしれません。

 筆者は10歳のときに糖尿病を発症し、気づけばもう25年ほどが経ちました。今では、そんな夜もずいぶん減りましたが、それでもふと考えることがあります。
もし自分が糖尿病ではなかったら、どんな人生だっただろう?と。

 糖尿病と診断されたとき、多くの人は「なぜ自分が」と戸惑います。ときには怒りを覚えたり、悲しみに沈むこともあるでしょう。けれど、少しずつ生活を合わせながら歩いていくうちに、意外にもその世界にも色とりどりの花が咲いていることに気づくことがあります。

 たとえば食事や運動、糖尿病以外にも早期発見・早期治療を心がけるうちに、以前より逆に健康的な暮らしになっていたり。友の会の活動やインターネットを通じて、同じ立場の仲間と出会い、支え合えるつながりが生まれたり、それに関係する仕事に就いたりすることもあります。

 職場で管理職の立場にある人なら、病気をもつ人の立場や気持ちをより深く理解できるようになったりもするでしょう。

 かつての私は、医療者に「前向きに」と言われても、「糖尿病じゃないあなたに何がわかる」と心の中で反発していたときもありました。
でも今では、SNSやYouTubeなどで、自分の糖尿病の経験を発信し、多くの人に希望を届けている方々がたくさんいます。
時代は変わりつつあります。糖尿病をもつことは確かにマイナスの側面をもつかもしれませんが、それをどう活かすかは自分次第・・・そんな時代に、私たちは生きているのだと思います。

 糖尿病とともに歩む毎日も、工夫と少しの勇気があれば、思っていたよりずっと豊かで、エンジョイできる旅になるのかもしれません。

 最後にひとつ、詩をご紹介します。
「オランダへようこそ」というエッセイをご存じでしょうか。これは、ダウン症のお子さんを育てたアメリカの作家、エミリー・パール・キングスレイさんのエッセイです。障がいや病気に関する場面で紹介されることが多く、糖尿病の現場で語られることは少ないかもしれませんが、「思い描いた人生と違う道を歩む」という意味では、きっと心に響くものがあるでしょう。

以下、「オランダへようこそ」
引用 https://jdss.or.jp/plus-happy/wp-content/uploads/pdf/jp/book/JDS2019-tane_page28_29_protected.pdf

私はよく「障がいのある子を育てるのってどんな感じ?」と、聞かれることがあります。
そんな時私は、障がい児を育てるというユニークな経験をしたことがない人でも、それがどんな感じかわかるようにこんな話をします。

赤ちゃんの誕生を待つまでの間は、まるで、素敵な旅行の計画を立てるみたい。例えば、旅先はイタリア。山ほどガイドブックを買いこみ、楽しい計画を立てる。コロシアム、ミケランジェロのダビデ像、ベニスのゴンドラ。簡単なイタリア語も覚えるかもしれない。とてもワクワクします。

そして、何カ月も待ち望んだその日がついにやってきます。荷物を詰め込んで、いよいよ出発。数時間後、あなたを乗せた飛行機が着陸。そして、客室乗務員がやってきて、こう言うのです。

「オランダへようこそ!」

「オランダ⁉︎」「オランダってどういうこと??私は、イタリア行の手続きをし、イタリアにいるはずなのに。ずっと、イタリアに行くことが夢だったのに」

でも、飛行計画は変更になり、飛行機はオランダに着陸したのです。あなたは、ここにいなくてはなりません。

ここで大切なことは、飢えや病気だらけの、こわくてよごれた嫌な場所に連れてこられたわけではないということ。ただ、ちょっと「違う場所」だっただけ。

だから、あなたは新しいガイドブックを買いに行かなくちゃ。それから、今まで知らなかった新しいことばを覚えないとね。そうすればきっと、これまで会ったことのない人たちとの新しい出会いがあるはず。ただ、ちょっと「違う場所」だっただけ。

イタリアよりもゆったりとした時間が流れ、イタリアのような華やかさはないかもしれない。

でも、しばらくそこにいて、呼吸をととのえて、まわりを見渡してみると、オランダには風車があり、チューリップが咲き、レンブラントの絵画だってあることに気付くはず。

でも、まわりの人たちは、イタリアに行ったり来たりしています。そして、そこで過ごす時間がどれだけ素晴らしいかを自慢するかもしれないのです。

きっと、あなたはこの先ずっと「私も、イタリアへ行くはずだった。そのつもりだったのに。」と、いうのでしょう。

心の痛みは決して、決して、消えることはありません。だって、失った夢はあまりに大きすぎるから。でも、イタリアに行けなかったことをいつまでも嘆いていたら、オランダならではの素晴らしさ、オランダにこそある愛しいものを、心から楽しむことはないでしょう。

 誰もが「イタリア」・・・つまり、糖尿病をもたない人生を夢見て旅立ちます。
けれど、思いがけず「オランダ」に降り立ってしまうこともある。そこには当初の夢とは違う風景が広がっているけれど、風車があり、チューリップが咲き、また違った彩りがあるかもしれません。

あなたは「糖尿病ではなかった人生」を考えることがありますか?

プロフィール

田中慧プロフィール画像

田中 慧
たなか さとし
東京女子医科大学糖尿病代謝内科学分野 嘱託医師
糖尿病専門医/医学博士

10歳で糖尿病を発症。2型糖尿病と診断されていたが、28歳時に遺伝学的検査を受験し、遺伝性糖尿病のMODY3と診断された。ペン型インスリン、CGM使用中。インスリンポンプを使用していた時期もあり。患者としての25年以上の経験と、医師としての専門性を生かし、医療者・患者・家族をつなぐ活動を展開中。X(旧Twitter)では「おだQ」というハンドルネームで約15,000人のフォロワーに向けて糖尿病ライフのヒントを発信している

※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。

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