がんばりすぎない糖尿病ライフ
糖尿病であること、周りに言う?言わない?
〜「カミングアウト」と「アウティング」の話〜
先日、1型糖尿病をもつ方と話す機会がありました。その方は「自分から伝えるのは抵抗ないけれど、知らないうちに他の人に話されるのはイヤ」と話していました。
この気持ち、私自身もとてもよくわかります。医療者として、また患者としての立場からも同じように感じることがあるからです。たとえばスタッフが善意で「先生も糖尿病なんですよ」と患者さんに話してしまったとき。あとで知ると、胸の奥がざわつきます(笑)。
カミングアウトとアウティング
本人が自分の状態を伝えることを「カミングアウト」と言います。一方で、本人の同意なく第三者がその情報を広めてしまうことを「アウティング」と言い、これは避けるべき行為です。
カミングアウトには良い影響もあります。たとえば、堂々とインスリンを打てる、低血糖やシックデイのときに助けを得やすい、正しい知識が広まって偏見が減っていく、などです。
私が強く感じるのは、協力者が一人でもいると日々の自己管理がぐっと楽になること。しかし、意図しないアウティングによる公表では嫌な思いをすることもあるのが現実です。
伝え方のコツ
カミングアウトの第一のコツは「具体的かつ最小限に伝える」ことです。
「私は糖尿病です。配慮してください。」だけでは、相手はどう対応したらいいか迷ってしまいます。むしろ面倒な人と思われるかもしれません。役立つのは、一言、病気のために自分に必要な「行動」と「理由」を短く添えることです。例えば会議前に主催者へ「まれに飴や飲料を口にします。医療的事情なので静かに行います」と伝える。これだけで十分です。
人事面談なら「長時間の絶食が続かないよう、休憩調整をお願いしたいです」と具体的に伝える。医学的な詳細は必要な範囲に留めることが大切です。
第二は「誰に、どこまで伝えるか」を選ぶこと。上司、近い同僚、人事など、相手によって伝える細かさを変えましょう。一度にすべてを開示する必要はありません。
そして最後に、「どの場面で伝えるか」。場面の設計はとても大切です。口頭で話すときは、周囲に人がいないタイミングを選ぶ。そして一番大事なことは、紙やメモを使って伝達するとき、「本人の許可なく他者に共有しないでください」と明記することです。こうした小さな設計の積み重ねが、アウティングの起こりにくさにつながります。
お守りとして「JADEC(日本糖尿病協会)の緊急時IDカード」も
JADECが発行する緊急時IDカード
JADECが発行する緊急時IDカードを使用するのもよいかもしれません。表側には『低血糖が疑われる時の対応』が記載されており、裏側には治療状況や緊急連絡先などを記入できます。カードは自分の意思で見せる前提にしておけば、持っているだけでも心強いものです(無料で申し込めます:JADECグッズ一覧)。
アウティングを避けるために
「それでもやっぱり、誰かに変に広められたらどうしよう」という不安が残る方もいるかもしれません。だからこそ「境界線』を言葉にしておくのが重要です。自分で伝える際、「他の方には共有しないでくださいね。」と添える。もしも「他の人にも伝えていい?」と聞かれたら「必要な場面では私から伝えます。ありがとう」と返す。これだけで十分です。
言わなくてもいい
もちろん、開示しない選択も正しい選択です。目的は「安心して働き暮らすこと」。言わない方がよい時期もあります。たとえば入社直後は補食などいつもより入念に用意し、慣れてから信頼できる人に少しずつ伝えていく。カミングアウトは取り消せないからこそ、自分でタイミングを選ぶことが重要です。
それでもアウティングが起きることはあります。私も食堂で患者さんから「先生、糖尿病なんですよね?」と声をかけられて驚いたことがありました。きっかけはスタッフの善意の一言。心がざわつきましたが、そこで学んだのは上記の通り「本人の同意がない限り共有しない」と意思を明確にしておくことです。
カミングアウトは、よりよい糖尿病ライフを送るための道具です。ですが、予想外のアウティングにより、逆に不利益を被ることもあります。だから「言ってもいいし、言わなくてもいい」。そう思えるだけで、明日が少し軽くなるはずです。
プロフィール
田中 慧
たなか さとし
東京女子医科大学糖尿病代謝内科学分野 嘱託医師
糖尿病専門医/医学博士
10歳で糖尿病を発症。2型糖尿病と診断されていたが、28歳時に遺伝学的検査を受験し、遺伝性糖尿病のMODY3と診断された。ペン型インスリン、CGM使用中。インスリンポンプを使用していた時期もあり。患者としての25年以上の経験と、医師としての専門性を生かし、医療者・患者・家族をつなぐ活動を展開中。X(旧Twitter)では「おだQ」というハンドルネームで約15,000人のフォロワーに向けて糖尿病ライフのヒントを発信している
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※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。
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