がんばりすぎない糖尿病ライフ
HbA1cが上がったらどうする?
数字はあなたを責めるためではなく、次の作戦を立てるためにある
糖尿病の外来では、診察室に入ってくるなり「すみません」と言われることがあります。
- 「血糖が上がってしまいました」
- 「体重が増えてしまいました」
- 「今回、あまり頑張れませんでした」
そう言われるたびに、私は少し複雑な気持ちになります。もちろん、血糖管理は大切です。HbA1cが高い状態が長く続けば、合併症のリスクにつながることがあります。そのため、数値を確認し、必要に応じて治療を見直すことはとても重要です。
しかし、HbA1cが上がったことは、その人の人格が否定されたという意味ではありません。HbA1cの数字は反省会のための材料ではなく、どちらかといえば、作戦会議の材料だからです。
HbA1cは「先月の点数」ではない
HbA1cが上がっていたとき、まず思い出したいのは、HbA1cが採血したその日の血糖値だけを反映しているわけではない、ということです。
HbA1cは、おおよそ過去1〜2か月の血糖の状態を反映する指標です。そのため、検査前日に少し食べすぎたからといって、それだけで大きく変わるものではありません。大切なのは、「昨日なにを食べたか」だけではなく、「この1〜2か月で生活にどんな変化があったか」を振り返ることです。
たとえば、薬の飲み忘れや注射忘れはなかったでしょうか?
- 忙しい時期が続いて、いつもより内服が不規則になっていた。
- 外出先でインスリンを打つタイミングがずれていた。
- 疲れていて、つい後回しになっていた。
こうしたことは、誰にでも起こり得ます。特に薬の種類が多い人ほど、飲み忘れのリスクは高くなります。もし思い当たる場合は、服薬カレンダーや、スマートフォンの服薬アプリを使うだけでも、かなり助けになることがあります。
大事なのは、忘れた自分はだめだ、と責めることではなく「忘れやすい状況があった」と気づいて、次にどうするかを考えることです。
去年の同じ時期はどうだったか
HbA1cが上がったときには、去年や一昨年の同じ時期を見返すことも役に立ちます。
血糖値には季節性があります。一般に、夏は活動量が増えやすく、血糖が改善しやすい一方で、冬は寒さで運動量が減り、年末年始の食事の影響もあるため、血糖が悪化しやすい傾向があり、これは過去の研究でも明らかになっています。
たとえば、
- 「毎年1月にHbA1cが上がりやすい」
- 「冬になると体重が増えやすい」
- 「誕生月のあとに少し悪くなる」
こうしたパターンがわかると、対策はかなり立てやすくなります。
- たとえば、12月には少し意識して歩く。
- 年末年始の期間は、普段より多く体重を測定する。
- 誕生日や旅行の前後は、数日だけ食事を厳格に整えたり、運動を増やす。
ここで重要なのは、大きな改革でなくてもよいということです。
「自分の血糖が上がりやすい時期」を知っておくだけでも、糖尿病との付き合い方は少し楽になります。
新しく始めた習慣はありませんか
HbA1cが上がったときに、意外と見落とされやすいのが「新しく始めた習慣」です。
- たとえば、仕事中に飲むものが変わった。
- 毎朝カフェラテを飲むようになった。
- 健康のためにスムージーや野菜ジュースを始めた。
- 小腹が空いたときの間食が、いつの間にか毎日になっていた。
こうしたものは、本人の中では「食事を増やした」という感覚があまりないことがあります。
しかし、体はわりと正直です。
特に飲み物は、噛まないため満足感が少なく、習慣になっていても気づきにくいものです。ノンシュガーと書かれていても、カロリーや糖質がまったくないとは限りません。少量でも毎日続けば、影響は積み重なります。
さて、ここで大事なのは、「飲んではいけない」と考えることではありません。
それが血糖や体重に影響している可能性を知ったうえで、頻度や量を調整することです。
- 毎日を週に数回にする。
- サイズを小さくする。
- 無糖のものに置き換える。
- 食事と一緒に楽しむ。
糖尿病ライフは、禁止事項を増やすよりも、気づけることを増やすほうが長続きします。
運動量と体重の変化も見てみる
血糖が上がったとき、運動量や体重の変化も大切な手がかりになります。
運動量が減ったり、体重が増えたりすると、インスリンの効きが悪くなり、血糖値が上がりやすくなります。これは2型糖尿病の人だけでなく、1型糖尿病やインスリン治療中の人でも意識したい点です。
- 通勤手段が変わった。
- 在宅勤務が増えた。
- 外回りからデスクワーク中心になった。
- 寒くて外に出る時間が減った。
- 腰や膝が痛くて歩かなくなった。
こうした変化は、血糖に影響します。
ただし、ここでも目標は「急に毎日ジムに行くこと」ではありません。
- まずは歩数を見る。
- 前の月と比べる。
- 通勤や買い物の中で少し歩く。
- エレベーターではなく階段を使える日だけ使う。
糖尿病の対策は、気合いよりも継続です。
体調不良や薬の影響も考える
生活習慣に大きな変化がないのに、急に血糖が上がることもあります。
その場合は、体調不良や他の病気、薬の影響も考える必要があります。たとえば、他の病院で始まった薬などはありますか?風邪などの感染症は、血糖を上げるよくある原因です。また、貧血、肝機能や腎機能の変化、他の病気の影響でHbA1cの見え方が変わることもあります。ステロイドなど、一部の薬が血糖を上げることもあります。また、頻度は低いですが、がんが原因で血糖値が悪化することもあります。
このような場合、自分だけで判断するのは危険です。
- 「なぜか急に悪くなった」
- 「生活は変わっていないのに血糖が高い」
- 「体調がいつもと違う」
そういうときは、主治医や医療スタッフに相談することが大切です。
HbA1cは、生活の通知表というより、体の状態を知らせてくれるバロメーターでもあります。
HbA1cは「高さ」だけでなく「揺れ幅」も大切
もうひとつ、意識しておきたいことがあります。
それは、HbA1cを下げることだけでなく、なるべく大きく揺らさないことです。
HbA1cが目標範囲内に入っていても、毎回大きく上下している場合には注意が必要です。2型糖尿病をもつ人を対象にした研究では、HbA1cの変動が大きいことが、網膜症、腎症、神経障害などの細小血管障害のリスクと関連する可能性が報告されています。
もちろん、HbA1cは一度も変動してはいけない、という意味ではありません。人生には、仕事の繁忙期もあります。旅行もあります。年末年始もあります。体調を崩すこともあります。糖尿病と生活していれば、血糖が揺れること自体は自然です。ただ、極端に頑張って大きく下げ、その反動でまた大きく上がる、という状態は、身体にとってもつらいということです。
数字は責めるためではなく、作戦を立てるためにある
繰り返しになりますが、HbA1cが上がったとき、まず必要なのは反省ではありません。
- この1〜2か月で何が変わったか。
- 薬の飲み忘れはなかったか。
- 季節やイベントの影響はなかったか。
- 新しく始めた習慣はなかったか。
- 運動量や体重は変わっていないか。
- 体調を崩していなかったか。
こうしたことを、ひとつずつ確認していくことです。
糖尿病の外来は懺悔室ではないし、模範解答を言う場所でもありません。現実の生活を一緒に見ながら、次に続けられる方法を探す場所です。
血糖値も、体重も、HbA1cも、あなたを責めるための数字ではありません。次の作戦を立てるための情報です。
プロフィール
田中 慧
たなか さとし
東京女子医科大学糖尿病代謝内科学分野 嘱託医師
糖尿病専門医/医学博士
10歳で糖尿病を発症。2型糖尿病と診断されていたが、28歳時に遺伝学的検査を受験し、遺伝性糖尿病のMODY3と診断された。ペン型インスリン、CGM使用中。インスリンポンプを使用していた時期もあり。患者としての25年以上の経験と、医師としての専門性を生かし、医療者・患者・家族をつなぐ活動を展開中。X(旧Twitter)では「おだQ」というハンドルネームで約15,000人のフォロワーに向けて糖尿病ライフのヒントを発信している
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