ニュース
2013年05月09日
糖尿病がアルツハイマー病の危険因子となるメカニズムを解明 九州大
中別府雄作教授(脳ゲノム機能学)は「糖尿病はアルツハイマー病の発症リスクを高めるだけでなく、症状を悪化させることが裏付けられた。脳内での糖代謝やエネルギー代謝を改善させる新薬を開発できれば、アルツハイマー病の進行を抑えられる」と述べている。
中別府教授ら研究チームは、アルツハイマー病をはじめとする認知症患者の脳における遺伝子発現プロファイルの変化を明らかにすることで、認知症発症の危険因子とその分子メカニズムを遺伝子レベルで解明できるのではないかと考察。九大が福岡県久山町で50年間にわたって継続されている疫学調査「久山町研究」で、糖尿病患者にアルツハイマー病の発症率が高い点に注目した。
2008年12月から2011年2月までに久山町研究に献体された人たちの死後脳88例についてRNAを抽出し、「マイクロアレイ解析」を実施。その結果、前頭葉(非認知症18例、アルツハイマー病15例)、側頭葉(非認知症19例、アルツハイマー病10例)、海馬(非認知症10例、アルツハイマー病7例)について全遺伝子の発現プロファイルを得ることに成功した。
研究チームは脳のRNAを抽出し、マイクロアレイ解析を行った結果、前頭葉、側頭葉、海馬について全遺伝子の発現プロファイルを得るのに成功した。性別、脳血管性認知症、アルツハイマー病の3要因についての分散分析も行われ、その結果、アルツハイマー病による発現プロファイルの変化がもっとも大きく、前頭葉<側頭葉<海馬の順に顕著な変化が認められた。
そして、アルツハイマー病患者の脳における発現プロファイルを14ヵ月齢のアルツハイマー病のモデルマウス「3xTg-ADマウス」(変異型マウスPs1遺伝子、変異型ヒトAPP/TAUトランスジーンを持つ)の海馬における発現プロファイルと比較したところ、精神疾患やアルツハイマー病に関連する既知の遺伝子群の発現変化に加えて、両者ともにインスリン不応答性を示す遺伝子発現プロファイルが判明した。
特に、インスリンレセプターと協調的に作用してインスリン・シグナリング、さらに糖代謝の制御を司る肝細胞増殖因子の受容体「MET」と「プロインスリン」が切断されていることや、インスリン産生に必須な「PCSK1」という遺伝子の働きが弱いことがわかった。

インスリン・シグナリング系は神経細胞の生存やその機能維持に不可欠で、インスリン・シグナリング系が破綻したアルツハイマー病患者の脳は代謝障害や炎症反応に起因するさまざまなストレスに対して著しく脆弱であると考えられるという。
血糖値を調整するインスリンの低下で脳内のエネルギー代謝が悪化した結果、神経細胞が死滅してアルツハイマー病が進行するとみられるという。今回の研究では、糖尿病はアルツハイマー病の発症リスクを高めるだけでなく、症状を悪化させることも裏付けられた。
これらの知見は、アルツハイマー病発症の病理学に新たな分子機構を提案するもので、アルツハイマー病の予防と治療のための新たな戦略を開発するのに役立つ新規の分子標的を提供している。
最近、アルツハイマー病の治療にインスリンの点鼻療法が欧米で試みられており、認知機能の低下を遅延させる効果が報告されている。しかし、アルツハイマー病患者の脳がインスリン・シグナリング系の異常を示すことから、この伝達経路を改善する薬物の併用で、よりインスリンの脳保護効果を高めることが期待されるという。
また、インスリンと肝細胞増殖因子(HFG)の併用が肝臓における糖代謝を相乗的に改善することが報告されており、アルツハイマー病においてもインスリンとHGFの併用が効果的な神経保護効果をもたらす可能性がある。
研究の詳細な内容は、現地時間4月17日付けで英国科学雑誌「Cerebral Cortex」オンライン版に掲載され、印刷版にも掲載される予定だ。
おすすめニュースの関連記事
- 糖尿病患者さんと医療スタッフのための情報サイト「糖尿病ネットワーク」がトップページをリニューアル!
- インスリン注射の「飲み薬化」を目指すプロジェクトが進行中!ファルストマと慶応大学の共同研究による挑戦[PR]
- 小倉智昭さんが当事者として腎臓病のことを医師に質問!
- 世界の8億人以上が糖尿病 糖尿病人口は30年で4倍以上に増加 半分が十分な治療を受けていない
- 【世界糖尿病デー】糖尿病の人の8割近くが不安やうつを経験 解決策は? 国際糖尿病連合
- 【インフルエンザ流行に備えて】糖尿病の人は予防のために「ワクチン接種」を受けることを推奨
- 【11月14日は世界糖尿病デー】世界の5億人超が糖尿病 「糖尿病とウェルビーイング」をテーマに参加を呼びかけ
- 特集コーナー『腎臓の健康道~つながって知る、人生100年のKidney Journey~』を公開
- 【座談会】先生たちのSAP体験談2 インスリンポンプの新機能を使って
- 糖尿病のインスリン療法(BOT)で注射量の調整を自分で行うことに不安を感じている人は半数 ネットワークアンケートより