私の糖尿病50年-糖尿病医療の歩み
29.神経障害に驚く
1. Charcot関節症をはじめて診療
仙台の大学病院で20年間も糖尿病を診療していたが、関節が変形するような神経障害をみることはなかった。弘前大学で診療をはじめて間もなく、足趾が重なった女性(図1、2)、足関節が破壊して足の曲がった男性(図3、4、5)が来院し糖尿病神経障害によるCharcot関節症を診療することができた。足趾が重なった方はインスリンと抗生物質で足趾がもとの位置にもどって感謝された。足関節の破壊した方は関節が感染し、腎症も増悪した(詳細は、成田祥耕ほか:内科30巻5号、958-963、1972年参照)。
図1 | ■ |
図2 |
1. 53歳 女性 2年前より第一中足指関節筋の変形出現、足底の違和感あり、足底に潰瘍瘢痕あり。ATR(−)、尺骨神経MCV39m/秒、眼底異常なし。 |
図3 | |
図4 |
図5 |
2. 55歳 男性 3年前より口渇、多尿出現、放置、5カ月前に高血糖と肝硬変を指摘されインスリン治療を行い、大学病院に紹介、Scott III MCVでM波描出されず、ATR(−)。 |
仙台であんなに多数の糖尿病を診療したのに、このような症例に遭遇しなかったのはどうしてだったのだろうと思い、経験不足を自覚させられた。合併症の発症・進展には血糖ばかりでなく日照時間も含めた自然環境、食住など各種因子が複合して影響するのであろうと思われた。
2. 合併症の第一人者Lundbaek教授が弘前に
デンマークのAarhus大学のLundbaek教授は羅病期間15〜25年間の234症例を分析し1953年にLong-Term Diabetesとして出版した。当時は慢性合併症への関心も少なく、この著書は非常に注目された。私は本シリーズ No.20 にあるように早期糖尿病の国際シンポジウムに招かれて地中海の太陽海岸マルベラの会議で発表したが、その帰途、AarhusにLundbaek教授を訪ねた。ちょうど日本の昔の版画展が開かれていて歓迎された。それから4年後の1972年12月に京都の正月を見に行くので弘前にも寄りたいと手紙をもらった。当時、単身赴任で正月は仙台の自宅で過ごしていたので1月4日に来るように京都からの交通手段などを報せてやった。教授は予定通り弘前に着いた。1月の弘前は雪である。夜は料亭中三で教授を囲み青森市の渡辺欽也先生、平井一郎先生らとともに歓談した。教授は日本文化への関心も強く、色紙にみんなで絵を描いて楽しんだ。かたつむり、そろそろ登る富士の山、なども描いた。教授は昼に見た雪の弘前城の詩を書いた(図6)。翌日は正月休みも終わったので、教授とともに病棟回診を行った(図7)。
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3. アルコールと動脈硬化
わが国では血清コレステロールの疫学調査(班長 沖中重雄)が1960年に報告されたが、1970年に「日本人の高脂血症の疫学的研究」と題する文部省総合研究班が結成され、大島研三代表(日大)のもと、後藤由夫(弘前大学)、小林太刀夫(東京大)、五島雄一郎(慶応大)、鈴木愼次郎(国立栄研)、重松逸造(公衆衛生院)、山田弘三(名大)、村上元孝(金沢大)、三瀬淳一(山口大)、木村 登(久留米大)が班員に指名された。調査は2年間行われ筆者らは青森県の農村住民の調査を行い、血清コレステロールは全国平均とあまり違わないが、男性のトリグリセリッド値が他の地区に較べて高いことがわかった。大平誠一助手(当時)はこれに興味をもって3年目の調査では飲酒量も問診し、血清脂質との関連について分析し表1のような結果を得た。
表1 常習飲酒量と血清脂質(mg/dL)
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この結果から飲酒量が多いほと血清トリグリセリッドが高くなることがわかった。これはアルコール摂取によりトリグリセリッドが上昇することを指摘した最初の報告となった。 この調査と並行してウサギに0.5%コレステロール、5%ラード含有オリエンタル飼料を与え、飲水に水道水、5%エタノール水、10%エタノール水で13週間飼育して動脈硬化をみる実験を行った。その結果は水道水の対照群では大動脈にアテロームが形成されているのに対し、10%エタノール群ではほとんどアテロームがなく、5%はその中間であった(図8)。(Tohoku J. exp. Med. 114、35-43、1974)。理由は明らかでないが、エタノールは動脈硬化を抑制することがわかった。第71回日本内科学会で発表した。当時は一般演題も教授が
図8 高脂肪食飼育家兎の大動脈アテローム A:水道水群 B:5%エタノール水群 C:10%エタノール水群 |
※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。
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