私の糖尿病50年-糖尿病医療の歩み
21.栄養素のベストの割合
1. どの食餌式がよいのか
糖尿病の治療の歴史は食事療法の歴史であった。現在でも納得できる根拠を示して栄養素のベストな割合を示した決定版はない。筆者は糖尿病をはじめた頃からこの問題に関心をもっていた。どんな食餌式でも結果は余り変わらないようでもあり、長年にわたって合併症まで比較したものは見当たらない。1963年4月3日、4日の2日間第60回日本内科学会年次講演会(会頭吉田常雄教授)が大阪大学講堂で開かれることが米国から帰った翌年の春に決まった。それから間もなく「栄養素と臨床」というパネルディスカッションを開くので参加しないか、という招請状をいただいた。学会のシンポジウムに呼ばれるのははじめてだったので喜んで引き受けた。
発表するデータは何もなかったが、2年近くの期間があったので、「糖質と脂質の割合」という題で担当することにして研究をはじめた。
丸浜
2. 高糖質食、高脂肪食、高リノール酸食を比較
当時、糖尿病患者さんは2カ月位入院していたので、食事の組成を変えて血清脂質反応をみることにした。入院糖尿病患者さんに表1のような栄養素組成の食事を2週間ずつ摂っていただき糖尿病状態の変化と血清脂質の変化を調べた。
表1 糖尿病試験食の組成 (g)
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食事試験中はインスリン、経口糖尿病薬の用量はなるべく変更しないようにした。つぎの3症例は食事療法だけで経過をみた症例である。
図1 症例1 57才女
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図2 症例2 50才男
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図3 症例3 55才男
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十数例の成績をまとめてみると、(1)尿糖排泄量は高脂肪食や高脂肪リノール酸豊富食で減少し、高糖質食で増加した。(2)血清コレステロールは高糖質食で低下し高脂肪食、高脂・リノール酸食で上昇した。(3)トリグリセリッドは高糖質食で上昇し、高リノール酸食でも上昇する例が多く、高脂肪食では下降する例が多かった。(4)血中アセトンは高脂肪食で上昇するものが多く、高リノール酸食で下降する例が多かった。(5)FFAは高糖質食で上昇した。これは糖尿病状態が悪化することを示すものと思われた。
3. アロキサン糖尿病ラットでも実験
丸浜学士は180g前後のWistarラットを表2の6種類の試験食で飼育して経過を観察した。ストレプトゾトシンの催糖尿病作用(1963年Rakietinら)の発見以前のことで、アロキサンを静注して糖尿病にしていた。ラットのアロキサン糖尿病が安定してから実験に用いたが、試験食で飼育すると死亡するものが多く、特に高糖質食では32匹中21匹(65%)が30日以内に死亡し40日以上生存したものはなかった。高脂肪食では26匹中12匹(46%)が30日以内に死亡、40日以上生存は5匹(19%)であった。標準食では30日以上生存は8匹中6匹(75%)であった。このことから標準食がもっとも生存率がよく、ついで高脂肪食で、高糖質食がもっとも糖尿病に悪いことがわかった。
表2 ラットの食餌実験の結果
( )匹数
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高脂肪食のラードの70%をリノール酸にした食餌では正常ラットでは血漿コレステロールは増加し、トリグリセリッドが減少したが、糖尿病ラットではコレステロール、血中アセトンが低下しトリグリセリッドが増加した。またStadieのslicerで肝切片を作りメヂウム中で37℃でincubationしケトン体生成をみることも試みたが、リノール酸食で著明に抑制されることがわかった。丸浜学士の論文はひとつの修正もなくMetabolismに掲載された(vol.14,78~87,1965)。
この研究の結論は当然のことながら血清脂質の高値の人と正常の人とでは高脂肪食の影響が異なり、脂質高値例では高脂肪食でその傾向が増強され、リノール酸豊富食で是正される。高コレステロール血症でない例ではリノール酸豊富食でコレステロール値が上昇することが多い。当時リノール酸は動脈硬化の予防になると考えられたが、人によって反応が異なることなどがわかった。 (2004年09月03日更新)
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