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2020年10月30日
iPS細胞で膵臓細胞を増殖 1型糖尿病の根治に向け前進 京都大iPS細胞研究所

ヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)から、インスリンを分泌する膵臓の「β細胞」の前段階にあたる細胞を効率的に作製する新たな方法を開発したと、京都大iPS細胞研究所が発表した。
膵β細胞をiPS細胞から作製する再生医療
ヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)から、インスリンを分泌する膵臓の「β細胞」の前段階にあたる「膵前駆細胞」を増殖培養する新たな方法を開発したと、京都大iPS細胞研究所(CiRA)が発表した。
1型糖尿病患者は、膵β細胞が何らかの原因により破壊されたため、血中のインスリンが不足することで発症する。1型糖尿病の患者数は日本では10万人以上と推計されている。
膵β細胞はインスリンを分泌する細胞。膵臓や膵島の移植によって膵β細胞を補充する方法が、糖尿病を根治する治療法のひとつだが、移植用の膵臓が不足していることが大きな課題になっている。
そのため、インスリンを分泌する膵β細胞を「ヒト多能性幹細胞」(ES細胞およびiPS細胞)から作製し、皮下などに移植する再生医療が期待されている。
しかし、この再生医療では、ヒト多能性幹細胞から膵β細胞を作るまでのステップが多く、コストが高くなることが課題になっている。
臨床応用し、より多くの患者に再生した膵β細胞を届けられるようにするため、膵β細胞の前段階である「膵前駆細胞」を大量に安定して作製する技術を確立する必要がある。
「膵前駆細胞」を増殖させる化合物を解明
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の研究グループは、これまでの研究で、ヒトiPS細胞から作製した「膵前駆細胞」を増殖させる活性のある「AT7867」という化合物を見付けていた。
しかし、「AT7867」が膵臓を発生・増殖させるメカニズムについては、よく分かっていなかった。
今回の研究で、「siRNA」を使った実験により、「WNT7B」という遺伝子が、「AT7867」によって作られる「膵前駆細胞」の増殖因子であることを解明した。
「AT7867」を加えた「膵前駆細胞」に遺伝子の機能を抑制する「RNA干渉」を用いて実験を行った。
590の候補遺伝子について、「膵前駆細胞」の増殖を調べたところ、「WNT7B」が有力であることを突き止めた。
「siRNA」は、21~23塩基対からなる低分子二本鎖RNAで、細胞内に入れることで、二本鎖だったsiRNAは酵素の働きを受けて一本鎖に解離し、mRNAの破壊によって遺伝子の発現を抑制する。
ヒト膵臓細胞の増殖メカニズムを解明

出典:京都大学iPS細胞研究所(CiRA)、2020年
ヒトiPS細胞から「膵前駆細胞」を大量作製
さらに、「WNT7B」を用いることで、ヒトiPS細胞から「膵前駆細胞」を大量に作製することに成功した。
「AT7867」が「WNT7B」を活性化する具体的な経路について調べるため、「AT7867」を与えた細胞と、「AT7867」と構造が類似しているものの「膵前駆細胞」の増殖活性のない化合物を与えた細胞の違いを、質量分析装置を用いて解析した。
すると、YY1という転写因子が「WNT7B」の生成に関わっていることが分かった。「AT7867」がYY1を抑えることで、WNT7Bの生成を上昇させることとが明らかになった。
「WNT7B」が「膵前駆細胞」を増殖させる過程は、細胞の増殖や発生に関わる遺伝子の転写を活性化する「β-カテニン」を介さないことも突き止めた。
膵β細胞を安定供給する技術へ発展
これらにより、「WNT7B」を用いて、ヒトiPS細胞由来の「膵前駆細胞」を大量に増殖培養するメカニズムが解明された。
「WNT7B」を安定化または活性化することが、高効率に膵前駆細胞を増殖させ大量生成するためのカギになるという。
今回の研究は、将来に1型糖尿病に対する再生医療で、膵β細胞を安定供給するための技術に発展することが期待されている。
研究は、木村東研究員(CiRA増殖分化機構研究部門)および長船健二教授(CiRA同部門)らの研究グループによるもの。研究成果は米国科学誌「Cell Chemical Biology」でオンライン公開された。
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)Combined Omics Approaches Reveal the Roles of Non-canonical WNT7B Signaling and YY1 in the Proliferation of Human Pancreatic Progenitor Cell(Cell Chemical Biology 2020年10月30日)
[ Terahata ]
日本医療・健康情報研究所
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