糖尿病と妊娠
2014年03月23日
第47回DM VOXに参加して
糖尿病妊娠時の治療の実際―分食、自己測定など―
DM VOX
3月半ば、未だ肌寒い週末に、30年も前に妊娠,分娩の診察で知り合った知的で優しい京都在住の患者さんに声をかけられ、大阪市で活発な糖尿病活動を続けている患者主体のDM VOX(ディーエム・ボックス)という会合で講演を行った。
此の団体は、情報も少なく医療現場でも孤立しがちなヤング糖尿病患者が一人でも気軽に参加出来る空間作りをしようという趣旨で、小児科、内科の1型糖尿病専門医が中心になって作られたと聞いている。
意見,情報交換の場として、皆が気軽に立ち寄れる箱=BOX、そして此の集まりから社会に様々な声=VOICEを発信して行こうという意味を込めて、参加者によってVOXと名付けられた由である。
1型の方々ヘのメッセージ
1型糖尿病の若い患者さんが多いので、糖尿病の歴史、糖尿病と妊娠の歴史、糖尿病妊婦の治療法等をお話し、糖尿病があっても人生の過程は糖尿病の無い人と同じであるから、皆様を勇気づけるために結論として三つの名言と私の所信をご披露した。
- サミュエル・ウルマンの言葉「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う。年を重ねただけでヒトは老いない。理想を失う時初めて老いる」。
- ジョスリンクリニックの壁に書かれているイシドールス(セルヴィア大司教、560-636)の言葉「永久に生きると思って学びなさい。明日死ぬと思って毎日を生きなさい」。 この言葉はよくマハトマ・ガンディーの名言と書かれているが、引用であってイシドールス原典が正しいようである。
- この考えは、松尾芭蕉が病んで臥せっている時、弟子が「辞世の句を」と望んだら「一句、一句はすべて辞世と思って作ってきたのでことさら必要ではない」と答えたと言う逸話に共通するように思われる。この芭蕉の話は詩人高橋睦郎氏から教えて頂いたものである。高椅氏は此れを平生則辞世と呼んでいる。
私のメッセージ「糖尿病とともに歩む人生は、病気をもとに多くの人と出会い、多くの事を学び、力強く生き抜く事ができる。糖尿病を持つ人生を苦にしない事である」。
講演後話者と聴衆が心を一つにするため、兎追いしかの山の「故郷」を、皆で歌って盛り上がった。
ディスカッションから
妊娠出産の基本知識はバラバラ
それから更に参加者は妊娠出産、慢性合併症、発症2年未満の初参加者、発症2年以上の初参加者、当事者以外、フリーテーマなど、など、七つのグループに分かれて討論、質疑応答の意見交換会を行った。
妊娠出産グループでは、大阪市立総合医療センターの福本まり子先生とヴェテラン患者さん飯田智恵さんが司会役になって、患者さんの抱えている悩みを引きだしたり,親切に質問に応えていた。私も一緒にこのグループに参加させて頂き患者さんの抱える問題や不安を知ることが出来た。
そして患者さんは個々違う歴史を持っているとはいえ、受診している医師によって実にバラバラの基本的知識を持っている事に吃驚くりさせられた。ここに血糖自己測定の問題、コントロール目標の問題、低血糖の問題について私なりのお答えを書いてみようと思う。
血糖自己測定
妊娠を希望している方が主治医から、血糖自己測定を1日7回毎日やるべきだといわれて困惑している方がいた。また別の方は毎日毎食前測定しなさいと言われていますとも言っていた。
血糖自己測定は、コントロールの悪い時、また妊娠前,妊娠して血糖正常化を目指す時に大変役立つ手段である。しかし仕事を持っている方や、持っていなくても毎日血糖を追っかける必要は無いと思う。
私は休日に1日7回、つまり朝食前、朝食後2時間、昼食前、昼食後2時間、夕食前、夕食後2時間,寝る前に測定して頂く。その結果を見ると、どの部分のインスリンが過、不足か解るので,大変良い情報提供になる。
妊婦といえども1週間に1日だけでよろしい。随時に測るのはご自分の低血糖や高血糖が気になるときで、それによって自分自身の自己管理ができる。
此の方法は私が考えている基本的な最良の方法であって、応用は幾通りあってもいいわけではあるが、毎日7回測定は酷で、食前だけ毎回測ってもコントロールを良くする情報にはならない。
血糖コントロール目標
妊娠前の血糖コントロール目標をHbA1c 7.5%にするようにと教えられている方がいた。奇形児予防のための理想は6.5%以下である。
妊娠前の血糖コントロール目標は許容域は7%以下とするのが良いと思う。
低血糖、分食
低血糖や分食が議論されていたが、超速効型,超持効型、持効型インスリンがこれほど進歩,開発されている昨今、分食の必要は無いであろう。
標準体重から計算されたエネルギー量をきちんと三等分して頂けば、高血糖も低血糖も予防しうるのではないかと思う。
また、私は東京女子医科大学病院で糖尿病妊婦治療を始めてから定年まで約500症例の治療,管理を手がけてきたが、低血糖に悩まされた患者さんはたった二人であった。
それは血糖正常化をあまりにも気にしすぎた問題が有った。妊娠は経過が進むに連れてインスリン抵抗性になって行くので、低血糖にはならないものである。
食べなさすぎる、インスリン量を間違えていないか、食事がまばらであるなど、何か信じられないような間違った行動をとっていないか、今一度考え直してみては如何かとつくづく心配させられた次第である。
妊娠出産に対する努力が人生の幸せばかりでなく、イーライリリーの「インスリン50年賞」に向けて頑張る材料になれば嬉しい。※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。
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