糖尿病と妊娠

2013年11月30日

糖尿病妊婦さんにまつわる私の思い出
―妊娠前のチェックをうけよう―

妊娠出産を経た方が目立ったリリー50年賞

 今年もまた11月5日、50年間インスリン治療を続け通してきた患者さんに与えられるリリーインスリン50年賞の授賞式が東京ホテルニューオータニで厳かに、かつ晴れやかに開催された。受賞者は例年のように女性が多く、本年度は特に、15名のうち11名が女性で、妊娠を経過した方が目立っていた。

 妊娠は人類の根源であり、すべからく女性はより良いお子を生もうと努力するから、糖尿病でもさらにコントロールが良好化する。そのため分娩後も、妊娠で得た動機付けを基盤に良いコントロールを持続し続けるので、皆様糖尿病合併症も無く、溌溂とお若い。

前向きに取り組めば健常女性と変わらない

 現在は、糖尿病のコントロールが良く、妊娠前に高血圧、糖尿病網膜症や腎症などの合併症が無ければ、糖尿病を持たない健常女性と同じ妊娠、出産が可能になっている。

 今から約50年前、私が“糖尿病があっても妊娠、出産は可能である”と広く社会に向けて提唱し始めた頃は、糖尿病をもつ妊婦さんは、死産か人工流産といった悲しい病歴を持っている方が多かった。

 それはコントロールが悪いために起きる子宮内胎児死亡であり、その危険を避けるための人工流産であったと思われる。

思い出深い43年前の症例

 出会った症例はすべて何らかの形で思い出があるが、昭和46年3月に出産したSさんのことは昨日の出来事のように鮮明に蘇ってくる。Sさんは昭和43年11月、千葉市の大きな病院で、妊娠7ヵ月になって糖尿病昏睡に陥り死産となった。勿論妊娠中、糖尿病の治療はなされていない。妊娠4ヵ月で著しくのどが渇き、水を大量に飲むようになったが“それは悪阻のため”と言われたそうである。

 恐らく妊娠前から有った糖尿病が妊娠によって急激に悪化し血糖が異常に高くなって口喝、多飲といった糖尿病の典型的な症状が出たものと推定される。しかし、まだ若年発症糖尿病の少なかった時代であるから、悪阻と誤認されたのであろう。

 その後、千葉医大の医師によって糖尿病昏睡は治療され2年後、第2回目の妊娠判明の際、東京女子医科大学病院に紹介されてこられた。

糖尿病はとても良く管理されていたが

 31歳の彼女は聡明で美しく、レンテインスリンで完璧にコントロールされていた。妊娠経過は順調であったが、前置胎盤であることが判明し妊娠26週から入院し安静を保って頂いた。

 昭和46年3月妊娠34週、突然前置胎盤による大出血がおき病室は血の海と化した。

 昼間ですぐ帝王切開の段取りは出来たが、胎児心音が聴取出来ないというナースの報告で生児を得ることは難しいかもしれないというム−ドが漂っていたように思う。

 既に死産の既往歴のある方に、何が起きようと再び死産の悲しみを味わわせるわけにはいかない。私は「神様、お助け下さい!赤ちゃんに命をお与え下さい」と祈りながら必死で手術場に走った。シーツのかかった患者さんの手術台の中に潜り込み、自ら患者さんのお腹に聴診器を当ててみた。ととととととと心音が聞こえるではないか。

 “先生赤ちゃんは生きています、早く、早く”と諦め顔の産科教授に大声で呼び掛け、手術は成功裡に終了した。

このお子さんがある日

 患者さんの妊娠中の全空腹時血糖値の平均値は112mg/dl、 34週でその赤ちゃんの生下時体重は2230gであった。やや小さかったがそのお子さんは元気に成長し立派な社会人となり、もう既に2児の母となっている。

 つい最近「“あと4年であたしもインスリン50年賞が受けられるのよ”と楽しみにしながら、また大森先生にとても感謝しながら母は副腎癌で黄泉の世界に旅立ちました」という報告を持って、お母様似の美しいご婦人が診察室に会いに来て下さった。

 人生有限に私は涙を誘われてしまった。

健康なお子さんを産むために

 糖尿病と妊娠の知識が社会に普及し、死産や不合理な人工流産といった悲しい病歴を持つ妊婦さんはいなくなった。そして、インスリン製剤の治療、進歩を含め、糖尿病学の治療、発展はめざましい。

 にもかかわらず妊娠して初めて糖尿病を発見される方、しかも糖尿病網膜症や腎症を合併している患者さんが後を絶たない。

 未だ糖尿病にはなってないが、家族に糖尿病のある方は必ず検診を受けて糖尿病がないかどうかチェックを受けよう。

 既に糖尿病がある方は、HbA1c 7%以下を保って、生涯網膜症や腎症に取り付かれない努力をしようではありませんか。

※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。

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