DMオピニオン

インスリンとの歩き方
著/遠藤 伸司

2016年05月10日

特別寄稿「被災した糖尿病患者さんへ」

特別寄稿「被災した糖尿病患者さんへ」

 熊本県、大分県の地震で被災した方へ、心よりお見舞い申し上げます。

 いまだ、余震が続いているなか、いろいろなご不安があることと思います。
 インスリンや飲み薬はありますか。
 血糖測定器やチップ、センサーはありますか。
 そもそも、水や食料はありますか。

 健康で体力のある方でも、被災して家にも帰れないというのは、とても大変なお辛い状況だと思います。しかし、高齢でお体が不自由だったり、持病をお持ちの方は、薬が手に入らなかったりして、さらに不安がつのるのではないかと心配しています。

 僕は、被災した経験も、体が不自由だということもないのですが、ただ30年近く1型糖尿病と付き合ってきたので、その経験が少しでもお役に立てばと願い、この一文を書いています。

 まずは周囲の人へ、ご自分の状況をきちんと伝えることが大切です。こういうときは、隠したいとか遠慮するという気持ちは、一旦、横に置きましょう。

 「自分は糖尿病で、インスリンや薬が必要であること」などと、率直に伝えたほうがいいと思います。できるだけ、多くの方から、早く援助を受けられるように……です。

 インスリンや飲み薬、血糖測定器のチップやセンサーがない場合には、病院や医療機関へ相談することがもちろんベストです。また、飲んでいる薬やインスリンの名前がわかれば、「お薬の手帳」が手元になくても、医師の方に素早く対処していただく助けになるかもしれません。

 ただ、インスリンや飲み薬が充分に手に入らないとき、また、いままでのような生活が出来ない場合、なにか出来ることがないか……それを糖尿病患者という立場で考えてみました。

血糖値への感覚

 僕は、かつて海外で、食事のときに打っていたインスリンと血糖測定器を財布と一緒に盗まれたことがありました(第4回第5回を参照)。たった4日間の出来事でしたが、1型糖尿病の僕にとっては前代未聞の緊急事態でした。

 そのときは、必死で自分が低血糖になったときの感覚を思い出し、血糖測定器の代わりにしました。

 今まで、低血糖になったときは、どんな感覚になりましたか?

 インスリン治療をしている方なら、いままでにご経験された、あの低血糖の感覚はとても役にたつと思います。

 僕は空腹になったり、冷や汗をかいたり、ときには、目がチカチカすることがありました。もっと、ひどい時は挙動不審になってしまうことさえあります。

 そんな感覚が起こったときには、出来るだけブドウ糖を摂ります。

 薬局では10gのブドウ糖のゼリーやキャンディーなどを販売しています。しかし、それらがない場合には、コーラとか甘味のあるソフトドリンクでも代用になります。ただし、無糖の人工甘味料入りのもの(××ゼロとかシュガーフリーとかダイエット用の飲料)は、ダメです。僕は低血糖になったとき、誤って無糖のドリンクを飲んで、そのまま低血糖昏睡になって救急車で運ばれたことがありました。低血糖だと感じたときに、清涼飲料水を飲む場合は、くれぐれも無糖を選ばないでください。

血糖値と食事

 毎日きちんと3食を食べることは、糖尿病の治療ではとても大切です。

 しかし、避難所暮らしや車上での生活では、規則正しく1日3回の食事を摂ることや、バランス良く食べることは、不可能だと思います。たとえば、おにぎりやカップ麺のような配給に頼らなければならない場合、むしろ高血糖に傾きがちかもしれません。

 過去に、血糖値が上がったときは、どんな感覚でしたか?

 僕は、脂汗が出たり、喉が渇いたり、ときには、体がだるくなったりしました。手の指先が痺れるような感覚になったこともありました。血糖測定器を盗られたときは、血糖値を測ることが出来なかったので、自分の体の中で起こる微妙な変化を一生懸命、観察しました。

 そして、次に、何をしたらいいのか、必死で考えました。

 食事をすれば、血糖値は上がります。血糖値を急激に上げないためには、野菜から食べ始めて、タンパク質を摂取して……というのが正しいのです。でも、おにぎりやカップ麺のような炭水化物しか食べる物がなかったら、それを食べるしかありません。僕の場合は、最初は少量を口に含み、ゆっくり噛むようにしました。そして、「食事は必要なカロリーだけ食べることが大切」と、 医師から受けたアドバイスを思い出し、なるべく量は抑えるようにしました。

インスリン

 たとえ食事のときのインスリンがなくなっても、1型糖尿病の僕はインスリンを打つ必要がありました。なぜなら、人の体は、たとえ食事を食べていなくても、インスリンは分泌されているからです。

 それを補っているのが、1日にだいたい1回打つ、効き目の長い「持効型」と呼ばれるインスリン製剤です。

 持効型インスリン製剤は、たとえ僕が食事をしなくとも、1日に1回、毎回、必ず、打つ必要があります。ですから、まずは持効型だけでも、入手できることが重要です。

運 動

 僕は、海外で生活していたころ、かつてないプレッシャーやストレスを感じた時期がありました。プレッシャーを感じれば感じるほど、僕は逆に息抜きなどすることなく、外に出ることもなく、机にしがみついていました。しかし、気づけば、僕の運動量は圧倒的に減りました。

 減った運動量は、ストレスのかかっている僕をさらに追い詰めました。どうなったと思いますか。そうです、いろいろな不安が増していきました。うなされて、夜起きたこともしばしばありました。僕は、意識の力で強引にその不安を抑えようとしましたが、それは無理でした。

 少しは体を動かさなければまずいと思い当たり、僕は30分のウォーキングを始めました。少しずつですが、それを積み重ねていくうちに、だいぶ不安も解消されたように思います。

 運動療法が必要な2型糖尿病であれば、運動の効果は言うまでもありません。1型糖尿病の僕の血糖値については、関係がありそうでなさそうなのが運動です。しかし、運動は、単に血糖値だけでなく、血液の流れを良くしてくれるので、脳の血流にも影響するのか、精神的に前向きになれたような気がします。

 血糖値を下げる唯一のホルモンは、インスリンだけです。そして、血糖値を安定させよう、と思えば、とかく食事とインスリンだけに固執してしまいがちです。ところが、血糖値を上げにくくするためには、食事だけでなく、運動も関係しているように思います。僕の経験からですが、1型糖尿病であっても、ストレスやプレッシャーがかかっているときほど、運動と気持ちをリラックスさせることが必要だと思います。

何かが足りないときには……

 震災や相次ぐ余震の影響で、色々なことに不安を感じていらっしゃると思います。また、将来への不安を思えば、さらにストレスがかかっていらっしゃると思います。

 僕の場合、一番、将来への不安を強く感じたのは、中学1年で、1型糖尿病と診断されたときでした。入院していましたが、自分では何もやることがなく、やる気も起きず、ただ、ただ、時間が早く流れてほしいと思っていました。

 けれど、いつも見ている僕の腕時計は、ちっとも進んでくれないように感じました。時間をやり過ごすために、僕は、「晴れた日の青い空」とでもネーミングできそうな1000ピースのジグソーパズルをやっていました。一面、青に染まったジグソーパズルで、手にするピースは、ほとんど全てが青一色でした。だから、僕はピースの凸凹だけを頼りにパズルを進めました。気が遠くなる作業でした。

 僕は、崖っぷちに立っているような気がしました。ただ、よく目を凝らしていると、真っ暗な闇の足元には道みたいなものが見えました。ただ、その道は僕が選んだ道ではなく、誰かが勝手に僕に与えた道でした。

 先もよく見えない道の上で、僕は、孤独に、ひっそりと、悩んでいました。家族や医師や友人の温かい言葉も耳には入りませんでした。

 しかし、ときがゆっくりと流れていくなかで、僕は自分の足を使って、道をまさぐりながら、前に進む以外に方法はなさそうだと、気がつきました。ふたつの目と手も使って、少しでも道が進んでいる方向を確かめながら、歩くしかなさそうでした。そして僕は、ようやく歩き始めました。1型糖尿病を抱えている僕でも、できることを探して、健康な人が何気なくやっている普通の生活を取り戻していく、それしかないと気がつきました。そして、その道を僕は今でも歩み続けています。

 被災されて、当たり前に思っていた日常生活を一瞬にして奪われてしまった方、どうぞ、小さなことから積み重ねて、少しずつ普通の生活を取り戻して行ってください。暗く長く見える道にも、光が差してくることは、必ずあります。信じて、祈っています。

(遠藤 伸司)

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