DMオピニオン

インスリンとの歩き方
著/遠藤 伸司

2018年07月03日

第24回 1型糖尿病と自律神経と運動

第24回 1型糖尿病と自律神経と運動

 僕は、また中目黒のあの串焼き屋にいた。
 苦しかったシックデイ(糖尿病の人が糖尿病以外の風邪や下痢、その他の病気にかかったときのこと:糖尿病ネットワーク:糖尿病用語辞典より)が過ぎ去ってから、2週間くらいが経ったころだった。

朝起きられない

「最近、朝が起きられないんだ。その上、朝、すごく落ち込む。」

 僕は、素直に今の症状と感情を、医者になった女友達へ伝えた。

「起きられないの?」

「そう、起きられない。起きるのが嫌だなあ、とか、眠いなあ、というレベルじゃない。体が朝から言うことを聞いてくれないんだ。だから、起き上がることもできない。今日も朝起きれなくて、会社を休んじゃった」

「えっ、会社を休んだの?」

「うん」
「だけど、今は元気そうじゃない?」
「そう夕方くらいからは、元気になってくる。だから、飲みに行こうと君を誘ったんだ。でも、また明日の朝、きっと起きれない……」
「熱はあるの?」
「ない」
「喉が痛いとか、咳が出るとかはある?」
「まったくない。夕方くらいからは、いたって元気になる」

 そう……彼女は、笑顔で話してはいたが、頭の中では知識やら、経験やら、なにやらいろいろなものを引っ張り出しているようだった。

「そういえば、この前、シックデイだったよね。そのシックデイが治ったのはいつ頃?」
「うん、治ってから、もう2週間以上は経ってると思う……」

シックデイ後の体調

 そう、2週間以上……。
 その女友達は考えてから、こう言った。

「遠藤くんの場合、シックデイが終ってから2週間くらいすると、今度は自律神経に何らかの問題が出てくるんじゃないかしら」

「自律神経?」

「たぶんね。主治医じゃないから正確なところはわからない。けれど、風邪の症状もないのに、朝起きられなくて「抑うつ」、つまり鬱っぽいってことね、たぶん自律神経から来ていると思うわ」

「うーん、なるほど」

 と僕は、わかったようなフリをして言う。

「この症状も1型の糖尿病性のものなのかな?」

「うーん、どうだろう、わからないわ」

 当時の僕は、糖尿病の三大合併症のひとつに神経障害があるのは知っていた。糖尿病の管理が悪い(つまりHbA1cが高い)と、神経障害が合併して、足の感覚などは鈍くなる。そのため、靴を新調して、痛い靴擦れができたしても、足に痛みはなく、靴擦れすら気がつかないこともあるらしい。もっとひどいケースになると、冬場、長時間こたつに入って、自分の足がやけどしていることさえ気づかないケースもあるらしい。

 そして、それを放っておくと、最悪、壊疽(えそ)などの足病変に進行するというものだ。

 ここまでは、知識としてあった。

知らない知識

 けれど、女友達が言っている自律神経とは、この神経障害と関係があるのかどうか、当時の僕にはよくわからなかった。

 ただ、この神経障害には自律神経も含まれていることは、後から知ったことだった。

 彼女はこう言った。

「私と一緒にジムでも通わない? 体調が良くなったときに、運動して体力をつけておけば、きっと少し良い方向に行くと思うから」

 運動か…….確かに今の自分の仕事(自動車のセールス)は、あまりにも運動不足の職業だった。自宅からは車に乗って会社に出社したし、お客さんの家にも車で行くし、会社からは車に乗って帰宅していた。

 運動することといえば、会社に出社して、数台の車を30分ほど洗車することぐらいだった。

 彼女とジムに行って、運動を始めてみるか……。

夢の金バッチ

 朝起きられない状況とは裏腹に、現在の僕は、会社を安穏と休んでいられるような状況にはいなかった。なぜなら、あと少しで、入社以来の夢だったトップセールスという栄誉をつかめるかもしれないからだ。

 1型糖尿病でもきちんと社会で働くことができるし、1型糖尿病でもスペースシャトルのパイロットにはなれないけれど、自動車のトップセールスになることぐらいはできる。1型糖尿病があっても、まんざら不幸な人生でもない。

 そういったことを自分に証明するために、何としても獲得しなければいけない栄誉だった。

 ただ、僕が会社を休んでいるあいだに、僕のライバルたちは、どんどん車を売り続けていた。だから、僕は焦りに焦った……。緊迫した状況にあったせいか、仕事の夢もよくみた。

 踏切で立ち往生したお客さんから電話がかかってきて、受話器から漏れるほどの大声で怒鳴られている夢やら、僕だけずーっと車が売れずに、会社をクビになる夢やら、自分の病気(1型糖尿病)を売りにして、車を売り続けているセールスマン、と言われている夢やら、とにかくネガティブな夢ばかりだった。

 まさに、そんな天下分け目の戦いの中、僕はまたしても、次の日の朝、起きることができなかった……。最悪……穴があったら地中深くまで入ってしまいたかった……。

 僕は朦朧としながら、会社へ連絡して、上司のKへ休みの連絡をした。

 それでも上司のKは、

「体は大丈夫? 仕事はこちらで処理しておくから、ゆっくり休んでください」

 と言うばかりだった。本当に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。この上司が赴任して以来、僕の営業成績は伸びに伸びて、とうとうトップセールスまであと一息のところまで来たと言うのに……。

 いったい、この先、どうなるのだろう……。漠然とした不安が僕を襲っていた。

参考資料

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