目と健康シリーズ Eye & Health
2015年06月01日
No.21. 眼の神経の病気
編集
若葉眼科病院院長
大平 明彦 先生
眼の病気について知ろうとするとき、カメラに置き換えて考えると、とても容易に理解できます。例えば白内障はレンズ(水晶体〈すいしょうたい〉)の濁り、網膜症はフィルムや撮像素子(網膜〈もうまく〉)の品質低下、といった具合です。
とはいっても、カメラはあくまで写真を撮る(フィルムに光を露光させる)ための道具に過ぎません。フィルムを現像しないことには写真になりません。また、どんな被写体をどんなアングルで撮るかなどもカメラが勝手に決めるのではなくて、撮影する人が決めてカメラを操作します。
眼についてもこれと全く同じことがいえます。網膜で光を受け取っても、その時点では単に電気的な刺激(信号)を生じたに過ぎず、未現像のフィルムのようなものです。電気信号が神経を伝って脳へ送られ、脳がその信号を形や色として認識し、左右の眼からの像を重ね合わせて初めて立体感のある映像が描き出されます。また、何に視線を合わせ、左右の眼球をどう協調させて動かすかもすべて脳が決めて、神経を経由して筋肉を刺激し制御しています。
つまり、眼は物を見るための感覚器ではありますが、眼だけでは物を見る仕組みは成り立たないということです。網膜と脳を結ぶ「視神経」や、脳から眼球を動かす筋肉につながっている「眼運動神経」に障害が起きた場合、眼球自体には問題がないのに、見え方に異常が現れたり、ときに視力を失うこともあります。
網膜で感知した情報を伝達する神経は、眼底の中央やや鼻側にある「視神経乳頭〈にゅうとう〉」に集まります。この視神経乳頭が「視神経」の始点です。視神経はここから眼球後方に伸びていって脳へ入り、後頭葉〈こうとうよう〉に至ります。この経路のどこかが障害されてしまうと、情報がそこから先へ進まずに、正常な視覚が成立しません。
また、視神経は脳に直接つながっている中枢〈ちゅうすう〉神経の一部で、末梢〈まっしょう〉神経に比べて再生力が弱く、完全に障害されてしまうと回復が難しくなります。ですから視神経の病気では、早期治療がとても大切です。
ここでは視神経の障害によって起きるおもな病気を取り上げて解説します。
視神経炎
原因
視神経の炎症が視神経炎です。原因はさまざまです。視神経脊髄〈せきずい〉炎や多発性硬化症による視神経炎など、自己免疫疾患(本来は体外から侵入した異物を排除する免疫機能が自分の正常な組織に働いてしまう病気)や、ウイルスや細菌感染による視神経炎などがあります。発病した直後には原因を特定できないことが多く、経過を追って診断します。原因がわからないケース(特発性視神経炎)もあります。
症状
比較的急速に(数日程度で)視力が低下したり視野の異常が現れたりします。また、眼を動かすときに痛みを感じることがあります。視神経脊髄炎や多発性硬化症で脳・脊髄が障害されると、しゃっくりや吐き気が続いたり、運動麻痺や手足のしびれ、排尿障害が現れることもあります。
視力低下の程度は失明に至るものから患者さん本人も気付かない程度の軽いものまで幅があります。ただし、視神経脊髄炎を引き起こす「アクアポリン4抗体」という抗体が陽性の場合、重症になりやすことがわかっています。
発病時には片方の眼だけに症状が現れることが多いのですが、検査をすると両眼に視力や視野の異常がみつかることもあります。とくに子どもの場合は両眼に発症しやすいと言われています。眼の症状より先に、風邪に似た症状が現れることもあります。
発病しやすい人
比較的若い人に多く、60歳以上の人にはあまり起こりません。また、男性よりも女性に多い傾向があります。
治療
急性期には炎症を抑えるステロイド薬の点滴を行うと、症状の回復が早くなります。アクアポイン4抗体が陽性の場合は血液浄化療法(血液透析でアクアポイン4抗体を除去したりする)を追加することがあります。
経過
特発性視神経の炎症は自然に治まり、それとともに視力や視野の大部分が回復しますが、炎症が重度の場合(おもにアクアポイン4抗体が陽性のとき)は、回復が難しいことがあります。また、視神経脊髄炎や多発性硬化症による視神経炎は再発しやすい病気です。再発を繰り返すうちに視力や視野が戻りにくくなるので、再発予防のための治療を継続することが多くなります。
虚血〈きょけつ〉性視神経症
原因
'虚血〈きょけつ〉'とは、ある部分に血液が流れなくなって、その部分が正常に機能しなくなることです。虚血性視神経症は、視神経に酸素や栄養を届けている血管が詰まったり炎症が起きて、視神経の機能が妨げられる病気です。"視神経に起きた脳卒中"ともいえます。
症状
視力低下や視野異常が突然のように自覚されます。脳卒中と同じで、午前中に発病しやすい病気です。発病時は片方の眼だけに起こりますが、時期をずらして反対側の眼に発病することがあります。
発病しやすい人
血流障害が関係しているので、血流障害を起こしやすい高齢者や、高血圧・脂質異常症(高脂血症)・糖尿病などがある人に起きやすい病気です。また、視神経乳頭の径が小さい人に発病しやすいことがわかっています。
治療
虚血の治療に血管拡張薬を使用したり、ビタミン薬で視神経の修復を促したり、ステロイド薬で血管の炎症や浮腫〈ふしゅ〉(むくみ)を抑えたりします。
経過
視力や視野は、時間の経過とともに少し改善しますが、完全に元に戻ることはあまりありません。もう一方の眼への発病を防ぐために、高血圧などがあればきちんと治療しましょう。
脳梗塞や脳出血、脳腫瘍〈しゅよう〉の影響
視覚を司る神経は眼球から出て頭蓋内の後方、大脳後頭葉にまで広がっています(これを視覚路〈しかくろ〉といいます)。脳内の視神経やそのすぐ近くで、手足の麻痺などの症状が現れない程度のごく小さな脳梗塞や脳出血が起きたり脳腫瘍〈しゅよう〉ができた場合に、視機能だけが障害されることがあります。
視野の左右どちらか半分(または4分の1)だけが見えなくなるなどの症状が現れ、それを検査することによって、視神経が頭の中のどの部分で障害されたのか推測できます。症状は、梗塞や出血が原因の場合は急速に完成し、腫瘍によるものの場合はゆっくりと進行します。
治療はおもに神経内科や脳外科で行われます。
そのほかには
眼の周辺や頭に物があたったときに、骨折や衝撃で直接視神経が傷つけられたり、浮腫を生じて視神経が障害されたりして、視力が下がることがあります。
また、副鼻腔炎の影響で視覚路が圧迫されたり炎症が波及して視力が低下する場合があります。これは速やかに耳鼻科で手術をしないと、副鼻腔炎が治ったあとも視力が回復しないことがあります。
短時間脳血流が止まる「一過性脳虚血発作」によって目の前が見えなくなったり、脳の血管の血流異常によって起こるという説がある「閃輝暗点〈せんきあんてん〉」(視野の中にチカチカした光が見える)なども、視覚路が障害されて現れる症状です。
このほか、薬物やシンナーなどによる中毒、不規則な食生活による栄養欠乏などの環境因子による視神経障害や、遺伝子異常による病気もあります。
眼運動神経には、眼を内側下方に向ける「滑車〈かっしゃ〉神経」、眼を外側(耳側)に向ける「外転神経」、眼を上や下、内側(鼻側)に向けたり、まぶたを開けたり、瞳孔〈どうこう〉の大きさ※1や水晶体の厚さ※2を加減する「動眼神経」の三つがあります。これらの神経に障害が起きると、次のような症状が現れます。
なお、眼運動神経は末梢神経なので、中枢神経の一部である視神経に比べると再生力があり、視神経の病気よりは回復しやすいといえます。
物が二つに見える
片方の眼の運動神経が麻痺すると、両眼の視線が一致しなくなり、物が二つに見える「複視〈ふくし〉」が起こります。麻痺を起こした直後は右眼と左眼の視野がずれたまま重なってしまうので、なにがどう見えているのかわからなくなる「混乱視」の状態になりますが、そのあとすぐ、物が二つ見えていることに気付くようになるのです。
まぶたが開かない
動眼神経が麻痺すると、まぶたが下がったままで開けられなくなる「眼瞼下垂〈がんけんかすい〉」が起こることがあります(瞼は訓読みでは、まぶたと読みます)。
そのほかには
動眼神経麻痺によって、瞳孔が大きく開いたり、水晶体の厚さを加減できずにピントを調節しにくくなることがあります(瞳孔の異常は自律神経障害でも起こります)。いずれも自覚症状は軽く、多少見え方がおかしいと感じる程度です。
血流障害
高血圧や糖尿病の人に多いもので、神経を養っている血管に梗塞や出血などが起きるものです。血流障害としては小規模なものですから、別の血管が太くなって補ったり、新たな血管ができたりして神経が再生されやすく、3〜6カ月たてば約7〜9割は回復します。
炎症
神経に炎症が起きて生じた眼の動きの異常は、程度にもよりますが、ほとんどは後遺症もなく治ります。治療にはステロイド薬などが使用されます。
腫瘍
脳内にできた腫瘍が神経を圧迫したりすることにより、眼球の動きを障害します。眼を外側に向かせる外転神経の麻痺は、腫瘍によるものがやや多い傾向にあります。治療はおもに脳外科で行われます。
外傷
頭に衝撃を受けたときに神経が傷つけられ、眼を動かせなくなることがあります。とくに滑車神経が障害されやすく、その場合、物が上下方向にずれて少し傾いて見えます。腫瘍や外傷による神経の障害は、ほかの原因の場合に比べて回復がややよくありません。
動脈瘤〈りゅう〉
動眼神経麻痺の原因で注意が必要なのは、脳内の動脈瘤〈りゅう〉です。動脈瘤が大きくなって神経を圧迫するために起きるもので、瞳孔の拡大や眼瞼下垂などが現れます。破裂すると生命にかかわりますから、脳外科での早急な診断・治療が必要です。
また、動かそうとしていないのに勝手に眼球がふるえてしまう「眼球振盪〈しんとう〉(眼振)」という病気もあります。これは、中枢神経に原因がある場合と、からだのバランスをとるための平衡神経に原因がある場合があります。
このほか、もともと左右の眼の視線がずれている状態を中枢神経の働きで補正し視線を合わせていた人が、加齢などによって十分な補正をできなくなり、斜視が表面化してくるケースなどがあります。
プリズム眼鏡
プリズムで光を屈折させて、視線のずれを補正する方法です。
眼帯や遮蔽レンズ眼鏡
異常があるほうの眼に眼帯をして、物が二つ見える状態を改善し、病気の回復を待つ方法もあります。遮蔽レンズ(一方の眼をわざと見えにくくするための、すりガラスのようなレンズやピントをぼかしたレンズ)を使った眼鏡もあります。
斜視手術
後遺症として複視が残った場合の治療法としては、斜視手術があります。眼を動かす筋肉の位置や強さを調整し、両眼の視線のずれを解消する手術です。
シリーズ監修:堀 貞夫 先生(東京女子医科大学名誉教授、済安堂井上眼科病院顧問、西新井病院眼科外来部長)
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2015年7月発行
若葉眼科病院院長
大平 明彦 先生
も く じ |
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今日のテーマは「眼の病気」じゃなくて、「眼の神経の病気」だからね。 似ているけど、ちょっと違うんだよな〜これが。 エヘン。 |
物を見る仕組み〜眼と神経と脳の役割〜
眼はわるくないのに、よく見えない
とはいっても、カメラはあくまで写真を撮る(フィルムに光を露光させる)ための道具に過ぎません。フィルムを現像しないことには写真になりません。また、どんな被写体をどんなアングルで撮るかなどもカメラが勝手に決めるのではなくて、撮影する人が決めてカメラを操作します。
眼についてもこれと全く同じことがいえます。網膜で光を受け取っても、その時点では単に電気的な刺激(信号)を生じたに過ぎず、未現像のフィルムのようなものです。電気信号が神経を伝って脳へ送られ、脳がその信号を形や色として認識し、左右の眼からの像を重ね合わせて初めて立体感のある映像が描き出されます。また、何に視線を合わせ、左右の眼球をどう協調させて動かすかもすべて脳が決めて、神経を経由して筋肉を刺激し制御しています。
つまり、眼は物を見るための感覚器ではありますが、眼だけでは物を見る仕組みは成り立たないということです。網膜と脳を結ぶ「視神経」や、脳から眼球を動かす筋肉につながっている「眼運動神経」に障害が起きた場合、眼球自体には問題がないのに、見え方に異常が現れたり、ときに視力を失うこともあります。
視神経の障害によって起こる病気
網膜から脳へ情報がきちんと伝わらない
網膜で感知した情報を伝達する神経は、眼底の中央やや鼻側にある「視神経乳頭〈にゅうとう〉」に集まります。この視神経乳頭が「視神経」の始点です。視神経はここから眼球後方に伸びていって脳へ入り、後頭葉〈こうとうよう〉に至ります。この経路のどこかが障害されてしまうと、情報がそこから先へ進まずに、正常な視覚が成立しません。
また、視神経は脳に直接つながっている中枢〈ちゅうすう〉神経の一部で、末梢〈まっしょう〉神経に比べて再生力が弱く、完全に障害されてしまうと回復が難しくなります。ですから視神経の病気では、早期治療がとても大切です。
ここでは視神経の障害によって起きるおもな病気を取り上げて解説します。
物が見えるまでの視覚情報の流れ
左右両眼から出た視神経は頭蓋骨の中に入ってすぐに視交叉〈しこうさ〉という所で一緒になり、再び左右に別れます。このとき、右眼の右半分の視野(左半分の網膜が担当)と左眼の右半分の視野の情報が一緒になり左側へ、また、左眼の左半分と右眼の左半分の視野の情報が一緒になり右側に別れていきます。
視交叉を通過した情報は、外側膝状体〈がいそくしつじょうたい〉、視放線〈しほうせん〉を経由して、最終的に大脳後頭葉の視覚野で映像となり、さらに大脳の他部位で記憶などと照らし合わせ、意味をもった情報として処理されます。
また、重なった左右の眼の視野のわずかなずれを利用して、奥行きや立体感を感じとると考えられています。
視神経の障害箇所を見つける検査 視神経の病気では、視力や視野の測定はもちろん、色覚検査、MRI検査、瞳孔に光を当ててその反応を診る対光反応検査、点滅する光をどの周波数まで識別できるかを調べる中心フリッカー検査など、やや専門的な検査も行われます。これらの検査を用いて、いかに的確に診断するかが、治療において重要なポイントです。 |
視神経炎
原因
視神経の炎症が視神経炎です。原因はさまざまです。視神経脊髄〈せきずい〉炎や多発性硬化症による視神経炎など、自己免疫疾患(本来は体外から侵入した異物を排除する免疫機能が自分の正常な組織に働いてしまう病気)や、ウイルスや細菌感染による視神経炎などがあります。発病した直後には原因を特定できないことが多く、経過を追って診断します。原因がわからないケース(特発性視神経炎)もあります。
症状
比較的急速に(数日程度で)視力が低下したり視野の異常が現れたりします。また、眼を動かすときに痛みを感じることがあります。視神経脊髄炎や多発性硬化症で脳・脊髄が障害されると、しゃっくりや吐き気が続いたり、運動麻痺や手足のしびれ、排尿障害が現れることもあります。
視力低下の程度は失明に至るものから患者さん本人も気付かない程度の軽いものまで幅があります。ただし、視神経脊髄炎を引き起こす「アクアポリン4抗体」という抗体が陽性の場合、重症になりやすことがわかっています。
発病時には片方の眼だけに症状が現れることが多いのですが、検査をすると両眼に視力や視野の異常がみつかることもあります。とくに子どもの場合は両眼に発症しやすいと言われています。眼の症状より先に、風邪に似た症状が現れることもあります。
発病しやすい人
比較的若い人に多く、60歳以上の人にはあまり起こりません。また、男性よりも女性に多い傾向があります。
治療
急性期には炎症を抑えるステロイド薬の点滴を行うと、症状の回復が早くなります。アクアポイン4抗体が陽性の場合は血液浄化療法(血液透析でアクアポイン4抗体を除去したりする)を追加することがあります。
経過
特発性視神経の炎症は自然に治まり、それとともに視力や視野の大部分が回復しますが、炎症が重度の場合(おもにアクアポイン4抗体が陽性のとき)は、回復が難しいことがあります。また、視神経脊髄炎や多発性硬化症による視神経炎は再発しやすい病気です。再発を繰り返すうちに視力や視野が戻りにくくなるので、再発予防のための治療を継続することが多くなります。
虚血〈きょけつ〉性視神経症
原因
'虚血〈きょけつ〉'とは、ある部分に血液が流れなくなって、その部分が正常に機能しなくなることです。虚血性視神経症は、視神経に酸素や栄養を届けている血管が詰まったり炎症が起きて、視神経の機能が妨げられる病気です。"視神経に起きた脳卒中"ともいえます。
症状
視力低下や視野異常が突然のように自覚されます。脳卒中と同じで、午前中に発病しやすい病気です。発病時は片方の眼だけに起こりますが、時期をずらして反対側の眼に発病することがあります。
発病しやすい人
血流障害が関係しているので、血流障害を起こしやすい高齢者や、高血圧・脂質異常症(高脂血症)・糖尿病などがある人に起きやすい病気です。また、視神経乳頭の径が小さい人に発病しやすいことがわかっています。
治療
虚血の治療に血管拡張薬を使用したり、ビタミン薬で視神経の修復を促したり、ステロイド薬で血管の炎症や浮腫〈ふしゅ〉(むくみ)を抑えたりします。
経過
視力や視野は、時間の経過とともに少し改善しますが、完全に元に戻ることはあまりありません。もう一方の眼への発病を防ぐために、高血圧などがあればきちんと治療しましょう。
脳梗塞や脳出血、脳腫瘍〈しゅよう〉の影響
視覚を司る神経は眼球から出て頭蓋内の後方、大脳後頭葉にまで広がっています(これを視覚路〈しかくろ〉といいます)。脳内の視神経やそのすぐ近くで、手足の麻痺などの症状が現れない程度のごく小さな脳梗塞や脳出血が起きたり脳腫瘍〈しゅよう〉ができた場合に、視機能だけが障害されることがあります。
視野の左右どちらか半分(または4分の1)だけが見えなくなるなどの症状が現れ、それを検査することによって、視神経が頭の中のどの部分で障害されたのか推測できます。症状は、梗塞や出血が原因の場合は急速に完成し、腫瘍によるものの場合はゆっくりと進行します。
治療はおもに神経内科や脳外科で行われます。
そのほかには
眼の周辺や頭に物があたったときに、骨折や衝撃で直接視神経が傷つけられたり、浮腫を生じて視神経が障害されたりして、視力が下がることがあります。
また、副鼻腔炎の影響で視覚路が圧迫されたり炎症が波及して視力が低下する場合があります。これは速やかに耳鼻科で手術をしないと、副鼻腔炎が治ったあとも視力が回復しないことがあります。
短時間脳血流が止まる「一過性脳虚血発作」によって目の前が見えなくなったり、脳の血管の血流異常によって起こるという説がある「閃輝暗点〈せんきあんてん〉」(視野の中にチカチカした光が見える)なども、視覚路が障害されて現れる症状です。
このほか、薬物やシンナーなどによる中毒、不規則な食生活による栄養欠乏などの環境因子による視神経障害や、遺伝子異常による病気もあります。
正常な眼底
右端にある、やや白味を帯びた丸い部分が視神経乳頭ですうっ血乳頭
乳頭に浮腫が起きて拡大し、丸かった境界も不明瞭になり、軽く充血しています
乳頭浮腫・うっ血乳頭
視神経乳頭のむくみのことを「乳頭浮腫」といいます。視神経乳頭のすぐ近くで病気が起きた場合などに生じ、眼底検査ですぐに異常が発見できます。乳頭から離れた場所の視神経の病気では、すぐには乳頭に変化は現れませんが、しばらくたつと乳頭の色が白っぽく変化して、病気が起きたことがわかることがあります。
乳頭浮腫のなかでも、脳腫瘍などで脳の内部の圧力(脳圧)が高くなったときに生じる浮腫を、とくに「うっ血乳頭」と呼びます。無症状の脳腫瘍もあるので、乳頭浮腫がある場合、精密検査が必要です。
眼運動神経の障害によって現れる症状
眼の筋肉に脳の指令が正しく伝わらない
正常な視機能の成立には、脳の判断にそって眼球を的確に動かすことが必要です。例えば、両眼を連動させつねに同じ視野をとらえていなければ、物が二つに見えてしまいますし、正確な立体感も得られません。これらは脳が出す指令が「眼運動神経」を介して眼球に付着している筋肉に伝わることで可能になります。眼運動神経には、眼を内側下方に向ける「滑車〈かっしゃ〉神経」、眼を外側(耳側)に向ける「外転神経」、眼を上や下、内側(鼻側)に向けたり、まぶたを開けたり、瞳孔〈どうこう〉の大きさ※1や水晶体の厚さ※2を加減する「動眼神経」の三つがあります。これらの神経に障害が起きると、次のような症状が現れます。
なお、眼運動神経は末梢神経なので、中枢神経の一部である視神経に比べると再生力があり、視神経の病気よりは回復しやすいといえます。
※1 黒目の中央にある瞳孔(ひとみ)は茶色の虹彩〈こうさい〉により囲まれた空間(穴)です(前出イラスト参照)。カメラの絞りのように、明るい所では小さくなり、暗い所では大きくなって、眼球の内部に適量の光を採り入れるように変化しています。 ※2 水晶体はカメラのレンズに相当する組織で、近くを見るときは厚く、遠くを見るときは薄くなって、網膜にピントを結ぶように調節しています。
片方の眼の運動神経が麻痺すると、両眼の視線が一致しなくなり、物が二つに見える「複視〈ふくし〉」が起こります。麻痺を起こした直後は右眼と左眼の視野がずれたまま重なってしまうので、なにがどう見えているのかわからなくなる「混乱視」の状態になりますが、そのあとすぐ、物が二つ見えていることに気付くようになるのです。
動眼神経が麻痺すると、まぶたが下がったままで開けられなくなる「眼瞼下垂〈がんけんかすい〉」が起こることがあります(瞼は訓読みでは、まぶたと読みます)。
動眼神経麻痺によって、瞳孔が大きく開いたり、水晶体の厚さを加減できずにピントを調節しにくくなることがあります(瞳孔の異常は自律神経障害でも起こります)。いずれも自覚症状は軽く、多少見え方がおかしいと感じる程度です。
眼運動神経が障害されるおもな原因
眼運動神経障害は以上のような症状を引き起こしますが、その原因としては、おもに次のようなものがあげられます。血流障害
高血圧や糖尿病の人に多いもので、神経を養っている血管に梗塞や出血などが起きるものです。血流障害としては小規模なものですから、別の血管が太くなって補ったり、新たな血管ができたりして神経が再生されやすく、3〜6カ月たてば約7〜9割は回復します。
炎症
神経に炎症が起きて生じた眼の動きの異常は、程度にもよりますが、ほとんどは後遺症もなく治ります。治療にはステロイド薬などが使用されます。
腫瘍
脳内にできた腫瘍が神経を圧迫したりすることにより、眼球の動きを障害します。眼を外側に向かせる外転神経の麻痺は、腫瘍によるものがやや多い傾向にあります。治療はおもに脳外科で行われます。
頭に衝撃を受けたときに神経が傷つけられ、眼を動かせなくなることがあります。とくに滑車神経が障害されやすく、その場合、物が上下方向にずれて少し傾いて見えます。腫瘍や外傷による神経の障害は、ほかの原因の場合に比べて回復がややよくありません。
動眼神経麻痺の原因で注意が必要なのは、脳内の動脈瘤〈りゅう〉です。動脈瘤が大きくなって神経を圧迫するために起きるもので、瞳孔の拡大や眼瞼下垂などが現れます。破裂すると生命にかかわりますから、脳外科での早急な診断・治療が必要です。
眼運動神経のほかに原因があることも
ここまでは末梢神経である眼運動神経が障害された場合についてお話ししましたが、中枢神経の障害(脳梗塞や脳出血、脳腫瘍などによる)のために、眼の動きに異常が起きることもあります。両眼ともに、正面から左右または上下のどちらか半分だけにしか動かせなくなる「注視麻痺〈ちゅうしまひ〉」が代表的な症状です。障害の程度に左右差があると複視も現れます。また、動かそうとしていないのに勝手に眼球がふるえてしまう「眼球振盪〈しんとう〉(眼振)」という病気もあります。これは、中枢神経に原因がある場合と、からだのバランスをとるための平衡神経に原因がある場合があります。
このほか、もともと左右の眼の視線がずれている状態を中枢神経の働きで補正し視線を合わせていた人が、加齢などによって十分な補正をできなくなり、斜視が表面化してくるケースなどがあります。
眼科での治療は対症療法が中心
病気の原因が末梢神経であっても中枢神経であっても、まず原因療法(例えば脳腫瘍ならその摘出など)を行います。ときにはそれと並行し、対症的な治療を行います。プリズム眼鏡
プリズムで光を屈折させて、視線のずれを補正する方法です。
眼帯や遮蔽レンズ眼鏡
異常があるほうの眼に眼帯をして、物が二つ見える状態を改善し、病気の回復を待つ方法もあります。遮蔽レンズ(一方の眼をわざと見えにくくするための、すりガラスのようなレンズやピントをぼかしたレンズ)を使った眼鏡もあります。
斜視手術
後遺症として複視が残った場合の治療法としては、斜視手術があります。眼を動かす筋肉の位置や強さを調整し、両眼の視線のずれを解消する手術です。
"目は心の窓"っていうでしょ。目には頭の中で考えていることがよく現れるってことだよね。今日のお話で、医学的にも、頭の中の変化は目に現れやすいってことがわかったよネ。
ところで、アイが宿題さぼってると、ママの目付きが変わるのはなんでだろう?
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2015年7月発行