目と健康シリーズ Eye & Health
2015年06月01日
No.9. 網膜色素変性症
編集
山梨大学医学部眼科教授
飯島 裕幸 先生
そうした思い込みによる必要以上の不安や、人生の充実感を得られないなどの不幸を招かないためには、なによりもまず病気を正しく理解することが大切です。そのことが過剰な心配をせずに、人生をエンジョイすることにつながるはずです。
それでは早速、病気の説明に入りましょう。
眼の中に入った光は、眼底の網膜(カメラにたとえるとフィルムまたは撮像素子に相当する組織)で焦点を結び、その情報が脳へ送られて視覚が成立します。網膜は1億個以上もの「視細胞〈しさいぼう〉」という、光を感知する細胞が集まって構成されています。
網膜色素変性症はこの視細胞が、年齢よりも早く老化し機能しなくなってしまう、両眼性の病気です。視細胞が働かなくなった部分は光を感じとれず、映像になりません。
ふつう最初に現れる症状は、夜や薄暗い屋内でものが見えにくくなる「夜盲〈やもう〉(鳥目〈とりめ〉)」です。その後、「視野狭窄〈しやきょうさく〉」が少しずつ進行し、見える範囲が周辺部分から中心に向かい狭くなっていきます。
最近は夜でも明るい所が多いので、夜盲ではなく視野狭窄によって発病に気づく人も増えています。例えば足元が視界に入らないためつまずきやすい、球技をしているときに球を見失いやすい、落としたものを探すのに苦労する、人込みで人にぶつかる、というようなことです。
視野が中心部10度ぐらいまでに狭くなったあとの視野狭窄の進行は、さらにゆっくりしています。しかし、この10度以内の視野も何十年かの経過で障害されてくると、視力が低下してきて、ついには光を失うこともあります。
人によって進行には差があり、幼少時にすでに発病している重症の場合は30代、40代のうちに光を失ってしまうこともありますが、80歳になっても実用的な視力を保っている人もいます。
原因となる遺伝子はいくつか知られていて、優性遺伝、劣性遺伝、伴性遺伝などのパターンで遺伝します。近親者にこの病気の人がなく、一見遺伝ではなく突然発病したように思われることもあります。また、それとは逆に親がこの病気だからといって、その子どもが必ず発病するわけでもありません。ただ、いとこ同士など近親者間の結婚では、発病の確率が高くなります。
視細胞は強い光を長時間受けると、寿命が短くなることが、動物実験で確認されています。視細胞をいたわるため、普段からサングラスをかけるようにしましょう。また、この病気では光をまぶしく感じることが多いので、それを防ぐ意味もあります。眼科医に、良いサングラスを選んでもらってください。
なお、屋内でサングラスをする必要はありません。屋外と屋内の光の強さは千倍前後もの差があり、屋内ぐらいの明るさで視細胞が影響されることはありませんし、もともと暗い所では見づらいのですから、サングラスによって余計見にくくなってしまいます。
治療の経済的な負担については、網膜色素変性症が特定疾患に指定されていることから、病状により医療費が軽減される場合があります*。もしも視覚障害が進行してしまったら、障害認定により各種公的サービスを利用できます。また近年はロービジョンケア※の充実や社会のバリアフリー化が進み、患者さんの自立した生活を多方面からバックアップする体制が整備されつつあります。
シリーズ監修:堀 貞夫 先生 (東京女子医科大学名誉教授、済安堂井上眼科病院顧問、西新井病院眼科外来部長)
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2012年2月改訂
山梨大学医学部眼科教授
飯島 裕幸 先生
も く じ |
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網膜色素変性症ってどんな病気かな? どんな症状が出て、どんな人がなるんだろう? 治療法はどんなのがあるのかな?? |
まず、病気を正しく知ることから...
発病したからといって必ず光を失うわけではない
家庭医学書などでは、網膜色素変性症〈もうまくしきそへんせいしょう〉のことを「徐々に視野が狭くなり、視力を失うこともある遺伝性の病気で、治療法は確立されていない」と解説されることが多いようです。確かにそれで間違いないのですが、実際に網膜色素変性症と診断された患者さんにとって、この説明を正しく理解することはなかなか大変なことです。「視力を失うこともある」という言葉は、しばしば「失明宣告」のように受けとられ、発病した以上、光を失うことは免れないと思い込んでしまう人も少なくないようです。そうした思い込みによる必要以上の不安や、人生の充実感を得られないなどの不幸を招かないためには、なによりもまず病気を正しく理解することが大切です。そのことが過剰な心配をせずに、人生をエンジョイすることにつながるはずです。
それでは早速、病気の説明に入りましょう。
夜盲で始まり、少しずつ視野が狭くなる
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網膜色素変性症はこの視細胞が、年齢よりも早く老化し機能しなくなってしまう、両眼性の病気です。視細胞が働かなくなった部分は光を感じとれず、映像になりません。
ふつう最初に現れる症状は、夜や薄暗い屋内でものが見えにくくなる「夜盲〈やもう〉(鳥目〈とりめ〉)」です。その後、「視野狭窄〈しやきょうさく〉」が少しずつ進行し、見える範囲が周辺部分から中心に向かい狭くなっていきます。
最近は夜でも明るい所が多いので、夜盲ではなく視野狭窄によって発病に気づく人も増えています。例えば足元が視界に入らないためつまずきやすい、球技をしているときに球を見失いやすい、落としたものを探すのに苦労する、人込みで人にぶつかる、というようなことです。
病気は非常にゆっくり進んでいく
症状の進行はとても遅く、検査をしても1年単位の間隔ではふつう、症状の悪化を確かめることはできません。5年ぐらい経過して、ようやく視野狭窄の進行が少し確認されるくらいです。視野が中心部10度ぐらいまでに狭くなったあとの視野狭窄の進行は、さらにゆっくりしています。しかし、この10度以内の視野も何十年かの経過で障害されてくると、視力が低下してきて、ついには光を失うこともあります。
人によって進行には差があり、幼少時にすでに発病している重症の場合は30代、40代のうちに光を失ってしまうこともありますが、80歳になっても実用的な視力を保っている人もいます。
遺伝的な視細胞の変化が原因
この病気の発病頻度は、人口3,000〜8,000人に1人の割合で、ほとんどが遺伝による発病です。原因となる遺伝子はいくつか知られていて、優性遺伝、劣性遺伝、伴性遺伝などのパターンで遺伝します。近親者にこの病気の人がなく、一見遺伝ではなく突然発病したように思われることもあります。また、それとは逆に親がこの病気だからといって、その子どもが必ず発病するわけでもありません。ただ、いとこ同士など近親者間の結婚では、発病の確率が高くなります。
視野とは、一点を見つめているときに同時に見える範囲および、その範囲内の感度のことです。視力は、どのくらい細かいものを見分けることができるかという基準で、眼底の中央「中心窩〈ちゅうしんか〉」*の能力によります。色覚は、色を見分ける力です。 網膜の視細胞には、杆体〈かんたい〉細胞と錐体〈すいたい〉細胞の二種類があり、このうち、暗い所でのものの見え方を担っているのは杆体細胞です。ひとつの眼に1億個以上もあり、中心窩を除く眼底全体に広がっていて、暗い所でもわずかな光に反応しよく働きます。 一方の錐体細胞はというと、「黄斑部〈おうはんぶ〉」*に高密度に存在していて、その数は600万個ほど。明るい所で細かいものを見分けたり、色を識別する能力に優れていて、おもに視力を司っています。 網膜色素変性症ではまず、杆体細胞の機能が失われるため、夜盲や視野狭窄が最初の症状になり、病気の末期になって錐体細胞が機能しなくなると、視力が低下してきます。 *黄斑部・中心窩とは
●眼底検査 網膜色素変性症では、典型的な場合、眼底に黒い色素〈しきそ〉が沈着していることが多く、網膜動脈が細くなっていたり、視神経〈ししんけい〉の萎縮〈いしゅく〉などもみられます。 ●暗順応検査 夜盲の程度を調べる検査です。病気の診断の際に行われます。 ●網膜電図 網膜が光を受けたときに発生する電位〈でんい〉を調べる検査で、網膜色素変性症では、発病後早くから電位が低下・消失しています。 ●視野検査 視野狭窄の程度を調べる検査です。病気の進行レベルを把握するうえで重要な検査で、だいたい1年に1〜2回程度の頻度で行われます。一点を見つめ、周囲の視標を動かして視野の限界を調べる方法(動的視野計)と、視標の明るさを変えて認識できた最小の明るさから網膜各部の感度を計測する方法(静的視野計)があります。静的視野計は、より正確な進行状態の把握に役立ちます。 ●OCT検査 OCT(光干渉断層計)という器械で眼底の断面像を詳しく調べる方法です。短時間で行え、患者さんに負担がかからないことから近年普及してきました。視力に重要な黄斑の変化をみるのに適しています。 |
治療目的は病気の進行を遅らせること
強い光を避ける
この病気は遺伝子が関係しているので、今のところ根本的な治療法はありません。ただし、強い光を避けることで、病気の進行を遅らせることが期待できます。視細胞は強い光を長時間受けると、寿命が短くなることが、動物実験で確認されています。視細胞をいたわるため、普段からサングラスをかけるようにしましょう。また、この病気では光をまぶしく感じることが多いので、それを防ぐ意味もあります。眼科医に、良いサングラスを選んでもらってください。
なお、屋内でサングラスをする必要はありません。屋外と屋内の光の強さは千倍前後もの差があり、屋内ぐらいの明るさで視細胞が影響されることはありませんし、もともと暗い所では見づらいのですから、サングラスによって余計見にくくなってしまいます。
処方される薬
暗順応〈あんじゅんのう〉改善薬や、ビタミン剤、網膜循環〈もうまくじゅんかん〉改善薬などが、対症療法〈たいしょうりょうほう〉的に処方されます。ただ、これらの薬が病気の進行を確実に遅らせているという証拠は、今のところ得られていません。併発しやすい白内障・緑内障は治療可能
網膜色素変性症の患者さんは、白内障〈はくないしょう〉や緑内障〈りょくないしょう〉を併発しやすいことが知られています。いずれの病気も有力な治療手段がありますので、もしこれらの病気が視力低下や視野狭窄に影響している場合、その治療により症状の改善・進行防止を期待できます。 | |
生活面の工夫について
長時間の屋外活動は、網膜に強い光が当たり、病気の進行を早める可能性があります。眼を守るためには、可能ならば屋内労働中心の職業を選択したり、学齢期であれば部活動は屋内でできるものを選ぶなどの工夫をしてください。ただし、症状の軽い若いうちから進路選択の幅を狭める必要は、全くありません。なぜなら、たとえ将来重度の視覚障害に至るとしても、それまでの長い年月は、ほとんど他の人と変わらない生活を送れるからです。治療の経済的な負担については、網膜色素変性症が特定疾患に指定されていることから、病状により医療費が軽減される場合があります*。もしも視覚障害が進行してしまったら、障害認定により各種公的サービスを利用できます。また近年はロービジョンケア※の充実や社会のバリアフリー化が進み、患者さんの自立した生活を多方面からバックアップする体制が整備されつつあります。
* 網膜色素変性症は、特定疾患治療研究の対象疾患で、医療費自己負担額の給付制度があります。給付の認定などは自治体によって異なる場合もありますので、詳細はお近くの保健所にお問合わせください。 ※ ロービジョンケア 低視力の人に対し、残っている視力を効率的に利用して日常生活をできるだけ快適に過ごせるよう、援助・指導すること。
Q
&
A
コ
ー
ナ
ー
Q 発症年齢が高ければ、若年期に発病するよりも視力を失う確率は低いのでしょうか?
A 網膜色素変性症は、非常にゆっくりとではありますが、病状は進行し止まりません。罹病〈りびょう〉期間が長ければ、確率的には重度の視覚障害に至りやすいといえます。ですから発症年齢が高ければ、相対的にその確率は低くなります。ただ、進行スピード自体にも個人差があると考えられるので、高齢発症だから大丈夫、若年発症だから視力を失うとは、いちがいに言い切れません。
Q いつごろまで視力を保つことができるのか、今の病状から推測することはできますか?
A 発病後すぐにはわかりません。しかし、数年経過した時点で静的視野計による検査の結果から、病気の進行スピードを判断することは可能です。それにより、ある程度の予測は立てられます。
Q 近い将来、新しい治療法ができる可能性はありませんか?
A 現在、網膜の移植・再生やサイトカイン(生理活性物質)による治療の研究、人工網膜の開発が進められています。また、生命に関わる重い病気では、遺伝子治療の試みが始まっていることはご存じのとおりで、眼科疾患への応用も期待されます。いずれも今後10年ぐらいの間には、なんらかのかたちで実際の治療に用いられるのではないかと思われます。
Q 親が網膜色素変性症なら、子どもも必ず発病するのでしょうか?
A この病気の遺伝形式には、常染色体優性、常染色体劣性、X染色体劣性などいくつかあり、その形式によって遺伝子が引き継がれる確率、発病する確率は異なります。また、遺伝子が引き継がれることと発病することは、同じではありません。
いずれにしても、この質問の答えを得るには、専門家に家系的な調査をしてもらう必要があります。主治医に相談してください。
子どもをもうけるか否か、結局はご夫婦の考え方次第ですが、間違いなくいえることは、この病気は致死性の病気ではないということです。たとえ子どもが将来光を失ったとしても、生を受けなかった場合と比べれば、それほど不幸なこととはいえないのではないでしょうか。
この病気になったからといって、みんなが視力をなくすわけじゃないってことだね。 それに病気の進行はとてもゆっくりみたいだし、そんなに深刻にならなくていいのかな? でも早くいい治療法ができるといいよネ! |
日本網膜色素変性症協会のご案内 患者さん同士の情報交換や医師と患者さんの交流、治療方法の研究を支援する全国組織として、日本網膜色素変性症協会があります。会報やテキストの発行、医療相談、講演会の開催などを行っています。また、国際的な組織、Retina International の日本支部として活動しています。
ご入会方法等のお問い合わせは...
〒140−0013 東京都品川区南大井2-7-9 アミューズKビル4階 一般社団法人 日本網膜色素変性症協会(JRPS) TEL:03-5753-5156 FAX:03-5753-5176 ホームページ:http://www.jrps.org/ E-mail:info@jrps.org
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2012年2月改訂
もくじ
特集
- No.1. 目で見る眼の仕組みと病気
- No.2. 糖尿病網膜症
- No.3. 糖尿病黄斑症
- No.4. 高血圧網膜症
- No.5. 網膜静脈閉塞症
- No.6. 網膜動脈閉塞症
- No,7. 加齢黄斑変性
- No.8. 中心性漿液性脈絡網膜症
- No.9. 網膜色素変性症
- No.10. 緑内障
- No.11. 白内障
- No.12. 網膜裂孔・網膜剥離
- No.13. 色覚の異常
- No.14. ドライアイ
- No,15. 屈折異常・調節異常─近視・遠視・乱視・老眼─
- No.16. 子どもの目の病気
- No.17. 結膜炎
- No.18. 角膜の病気
- No.19. ぶどう膜炎
- No.20. 黄斑円孔・黄斑前膜
- No.21. 眼の神経の病気
- No.22. 涙道や涙腺やまぶたの病気
- No.23. 目の外傷
- No.24. 目の病気の手術治療
- No.25. 目の病気の薬物治療
- No.26. バセドウ病と目の病気
- No.27. まぶたの病気とQOL
- No.28. 眼精疲労
- No.29. アレルギーによる目の病気
- No.30. コンタクトレンズ
- No.31. 飛蚊症
- No.32. ロービジョンケア
- 別冊:視神経乳頭の"異常"と"正常"
リラックス アイ
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