私の糖尿病50年-糖尿病医療の歩み
63.糖尿病の性比
糖尿病が男性、女性のいずれに多いかについては定説がない。動物の自然発症糖尿病は雄だけに起こるもの、雌に多いものなど多様である。19世紀のヨーロッパの糖尿病の統計をみると、男性が多く女性が少ない。1861〜1870年のイングランドとウェールズの糖尿病死亡数は男性4273人、女性2223人で1.9:1.0となっている。20世紀初頭のドイツの9つのクリニックにおける糖尿病患者の性比の平均を求めてみると2.4:1.0である。しかしながら1920年以後になると糖尿病は男性よりも女性に多くなる。つまり糖尿病は1920年頃までは男性に高頻度であったが、1930年頃から逆転し女性に多くなっている。この理由については誰も述べていない。筆者は当時の社会情勢の変化をもとに女性の社会的地位向上運動に伴う日常生活の変化が原因ではなかろうかと考えている。
ヨーロッパでは1910年代に婦人たちが地位向上を求めて婦人参政運動を起こし、フィンランド(1906年)、ノルウェー(1913年)、ソ連(1918年)、英国(1918年)、米国(1920年)で参政権が認められた。この運動は家事労働の軽減や余暇時間の増加、軽食摂取の増加を招いたと思われる。

日本臨床内科医会では2000年に糖尿病の合併症の調査を行った。集計された12,821例の年齢・性分布をみると20歳から50代までは女性に糖尿病が少なく、60代、70代になると逆に女性に糖尿病が多くなっている。中年以後に糖尿病が女性に多くなる現象は旧東ベルリンで観察されたことと同様である。中年以後に女性に多くなるのは妊娠に伴う性ホルモンの分泌が誘因であるとすると、わが国でも40代から増加するはずであるが、それがみられない。女性の50歳以後の肥満の増加と関連するのではないかと思われる(表1)。
年齢 | 男性 | 女性 | 性比(男/女) |
≦9 | 6 | 3 | 2.00 |
10代 | 22 | 51 | 0.43 |
20代 | 74 | 71 | 1.04 |
30代 | 289 | 140 | 2.06 |
40代 | 416 | 264 | 1.57 |
50代 | 456 | 364 | 1.25 |
60代 | 261 | 239 | 1.09 |
70代 | 60 | 51 | 1.17 |
80代 | 3 | 1 | 3.0 |
計 | 1587 | 1184 | 1.34 |
この様式の図を最初に発表したのは1981年であるが、その後折に触れてその後の数字を加えて作図してきた。今回の図には2005年までの数字まで入れることができた。この図は、10代ごとの身長・体重の平均値から求めたBMI値を示してあるが、最下段の曲線だけは20代のものではなく20歳の男子と女子のBMIを示してある。20歳では体型が1950年代の「ずんぐり丸ぽちゃ型」から「八頭身のやせ形面長の体型」に変わったのをみるために、この年齢のBMIの図の最下段に示した。これをみると20歳の男性のBMIは全体としては上昇しているのに対し、20歳の女性のBMIは急カーブで低下して、我々の印象がそのまま数字として現れているのがわかる。近年は横ばいである。
次に30代以上の男性のBMIについてみると、どの年代でも時代とともに上昇しているのがみられる。つまり男性は肥満傾向にあり、なおそれが続いているということができる。他方、女性についてみると、30代、40代では1970年〜1980年代頃を頂値としてそれから低下しているのがみられる。つまり中年女性が肥満を避けている状況をうかがうことができる。50代女性でもBMIの低下傾向がみられるが、60代、70代になると上昇傾向が続いている。

さて、1950年代より糖尿病診療を行っての印象としては、以前は60歳以後の女性の糖尿病はまれであったが、近年は70歳以降の女性の糖尿病が目立ち、しかもインスリン治療を必要とする重症例が多くなっている。
このようにBMIの上昇、つまり肥満傾向が糖尿病を増やしていると考えられる。

後藤由夫(2003)日本臨床内科医会会誌 18:386より引用
別の年報には受検者の年齢性別の検査値の平均値が示されてあったので、それから年次別推移を求め新宿第一検査センターの成績とをつないだのが図3である。女性は男性に比べて5mg/dL以上低いが、両方とも空腹時血糖の平均値は年々上昇していくのがみられた。
ところがこの上昇は1990年をピークに下降に転じた。筆者はこれは経済のバブル崩壊と関係するのではないかと菊地和聖教授(経済学、当時)に相談し景気動向指数として米国で開発されたcomposite indexを重ね合わせてみた。その結果は図3にみるように驚くほどよく一致した。このことは経済状態が糖尿病の発症にも関係することを間接的に示したもので、それまでこのような経済と病気との関係を明確に示した調査はなかった。
(2009年07月13日更新)
※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。
Copyright ©1996-2025 soshinsha. 掲載記事・図表の無断転用を禁じます。
治療や療養についてかかりつけの医師や医療スタッフにご相談ください。