私の糖尿病50年-糖尿病医療の歩み

10.糖尿病の病態を探る

 戦争の鎖国状態から開放され、徐々に新しい学問が流れてきた。物がない、試薬の純度が悪い、という状況ではあったが、その中で苦心しながらの研究が行われていた。TCA回路は1937年 H. A. Krebs により提唱され1953年にノーベル賞を受賞したこともあって、1955年頃には臨床医学雑誌にもその解説が載るようになり、筆者も総説を書かされた。実験的糖尿病動物ではTCAサイクルにも異常がみられるという知見も報告された。
 われわれ5人のグループも解糖系やTCA回路に関心を持ち血液のATPの動きをみることを試みた。血液中の高エネルギーリン酸結合しているリンを測定したわけで、隔靴掻痒、大樹の葉を眺めて根の状態をみているようなことではあった。グルコース50g、バター25gを摂った場合やアドレナリン 0.5mg 皮下注射などによって血中ATPと無機リンにはつぎの図1〜6のように健常者と糖尿病とには明らかな変動の差がみられた。
 当時スルホニル尿素剤のBZ55(カルブタマイド)、ビグアナイド剤のDB1(フエンホルミン)が臨床に導入されたので、インスリンとともにそれらの負荷による変化も検討した。

図1〜6 
血液のATPと無機リンの変動
図1
図2
図3
図4
図5
図6
Tohoku J.exp.Med.67,65-72,1957より

 また、アロキサン糖尿病ウサギについては肝のATPの測定も行った。さらにピルビン酸ソーダ10gを静注して尿中のピルビン酸、α−ケトグルタル酸、クエン酸などの経時的排泄量の測定も行った。有意の差は部分的にしか得られなかった。
 また、アセチルCoAの状態を間接的にうかがう目的でPABAを0.5gあるいはスルファニルアマイド1gを服用しそれらがアセチル化されて尿中に排泄されるのを測定した。アセチル化には健常者と糖尿病とに差はみられなかったが、図7のように加齢とともに低下するのが認められた。

図7 
PABAのアセチル化率
図8 PABA0.5g服用し24時間尿中に排泄されたPABAのアセチル化率を測定。糖尿病と健常者には差はなく加齢により低下する傾向が見られた。
New Engl.J.Med.261,440-442,1959より
血糖のCV較差
 毛細血管血のグルコース濃度は動脈血のそれとほぼ同じといわれているので、グルコース負荷後の耳朶血と静脈血との血糖の差(CV較差)から末梢組織におけるグルコースの利用を間接的にみることを試みた。その結果は図8のようで、2時間の較差の和には糖尿病と健常者に有意の差はなく、ほぼ同じように代謝が行われているものと思われた。

図8 
グルコース50g服用時の毛細血管血と静脈血との血糖の差の時間的推移
Tohoku J.exp.Med.69,113-136,1959より

 これらの研究から、アロキサン糖尿病動物のような重症糖尿病でなければTCAサイクルなどには変化は起こらない、すなわちグルコースをはじめ代謝は代償されているものと思われた。

(2003年10月03日更新)

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