糖尿病の大規模臨床研究
2008年10月17日
UKPDS
さらにインスリン治療によって動脈硬化が進行しうるという可能性が提出され、このため、UKPDSでは厳格な血糖コントロールによる合併症抑制効果に加えて、血糖コントロールに用いる薬剤による違いなども検討するように計画されたために、研究デザインはかなり複雑なものとなっています。
研究デザインの概略は以下の通りです(図1、参考図1)。
1977年から1991年までの間に英国の23施設(15施設で開始、後に8施設追加)の診療圏内で新規に糖尿病と診断された25〜65歳の者を候補者としました(各施設は診療圏内の一般医(general practitioner)にすべての該当者を紹介してくれるよう依頼しました)。これらの該当者のうち2回の空腹時血糖値がいずれも6mmol/L (108mg/dL)より高かった者を適格としました。
7616名の紹介患者中、除外基準(尿中ケトン>3mmol/L、血清クレアチニン>175μmol/L(2mg/dL)、心筋梗塞後1年以内、狭心症、心不全、2回以上の大血管イベント、レーザー治療が必要な網膜症、悪性高血圧、コントロール不能な内分泌疾患、インスリン治療が好ましくない職業、重篤な疾患、理解力不
対象者のうち非肥満者(体重が理想体重〈メトロポリタン生命保険会社の体重表による〉の120%以下)をインスリンによる強化療法群、スルホニル尿素薬(以下、SU薬と略)による強化療法群、従来治療群にそれぞれ30%、40%、30%の割合でランダムに割り付けました。SU群は、はじめの15施設ではクロルプロパミドとグリベンクラミドに、追加の8施設ではクロルプロパミドとグリピザイドに半分ずつで割り付けました。肥満者(体重が理想体重の120%を超える)にはさらにメトホルミンによる強化療法が加わり、最終的にインスリンによる強化療法群、SU薬による強化療法群(クロルプロパミドとグリベンクラミドに半分ずつ)、メトホルミンによる強化療法群、従来治療群にそれぞれ24%、32%、20%、24%の割合でランダムに割り付けました。
従来治療群は食事療法を中心とし、高血糖による症状を起こさないこと、空腹時血糖値15mmol/L(270mg/dL)未満、3カ月ごとの食事指導で体重を維持すること、を目標としました。
従来治療群の対象者は3カ月ごとに受診し、栄養士から標準体重に近い体重を維持することを目的とした食事指導を受けました。
強化療法群は、空腹時血糖値6mmol/L未満を目標とし、インスリン群ではさらに食前血糖値4〜7mmol/L(72〜126 mg/dL)を目標としました。食事療法は継続しました。当初の研究計画では著明な高血糖(空腹時血糖値>15mmol/Lまたは高血糖症状)が起こるまでは割り付けられた治療を続けることになっていましたが、高血糖が頻発するようになってきたためプロトコルを改訂し、SU薬極量でも空腹時血糖値>6mmol/Lの場合にはメトホルミンを追加できるようにしました。さらに1988年に追加の8施設が参加したときには、SU薬極量でも空腹時血糖値>6mmol/Lの場合にはメトホルミンでなくインスリンを追加することとしました。
登録期間は1977年から1991年、追跡期間は1997年までで追跡期間の中央値は10.0年でした。
図1 研究の概略 |
参考図1 割付の概要 |
エンドポイント
21の単独エンドポイント(図4参照)に加えて、さらに複合エンドポイントを以下のように定義しました。
- 糖尿病関連エンドポイント(突然死、高血糖あるいは低血糖による死亡、心筋梗塞、狭心症、心不全、脳卒中、腎不全、足切断(1指以上)、硝子体出血、網膜光凝固、失明、白内障手術)
- 糖尿病関連死(心筋梗塞・脳卒中・末梢血管疾患・腎疾患・高血糖・低血糖による死亡、突然死)
- 総死亡
- 細小血管合併症(光凝固が必要な網膜症、硝子体出血、腎不全)
統計解析
1970年代後半にUKPDSが開始されたときには、血糖コントロール改善により糖尿病関連エンドポイントは40%減少すると想定されていました。これは正常耐糖能の場合と比べて糖尿病患者の心血管イベントのリスクが最低でも2倍であること、血糖値が正常なら細小血管合併症は起こらないこと、などから合理的な仮定と考えられました。死亡と心血管イベントについて40%の差を見いだすのに必要なサンプルサイズは有意水準1%、検出力81%で3600と計算されました。
しかし1987年の時点ではこれらの複合エンドポイントのいずれにおいても差は認められず40%のリスク低下は期待できないことが明らかになりました。そして、1980年代中頃の他の研究によって、現実的なリスク減少は15%であると考えられました。これによってUKPDSは3867人を対象に1997年の研究終了時点までの追跡期間の中央値が11年となるように変更されました。1992年の時点では1%の有意水準での検出力は糖尿病関連エンドポイントで81%、糖尿病関連死で23%と計算されました。
強化療法群と従来治療群との比較には全23施設の3867名のデータが用いられました(参考図1での濃い水色の部分と濃い赤色の部分との比較)。
各強化療法(クロルプロパミド、グリベンクラミド、インスリン)についての解析には、はじめの15施設(これらの施設では著明な高血糖が起こるまで割り付けられた治療を継続しました)の3041名のデータが用いられました(参考図1での薄い水色の部分と薄い赤色の部分との比較)。
血糖値などのデータの推移は、各年での横断の値と10年間追跡コホート(従来治療群461名、強化療法群1180名)の値で見ました。
強化療法群と従来治療群との比較の3867名の対象者と、各強化療法についての比較の3041名の対象者のベースラインでの背景を示したものが表1と表2です。
(本研究でのHbA1C値とDCCTにおけるそれとの間にはHbA1C(UKPDS) = 1.104×HbA1C(DCCT)−0.7336の関係があります。)
強化療法群と従来治療群との比較では追跡期間の中央値は10.0年(IQR 7.7〜12.4)であり、各強化療法についての解析では追跡期間の中央値は11.1年(同 9.0〜13.0)でした。
(注:IQR はinterquartile range の略でデータを大きさ順に並べたときの下から1/4と3/4の値)
割り付けられた治療と実際の治療での追跡人年を示したものが表3です(参考図2も参照)。従来治療群で食事療法だけで血糖値を維持できた人は多くはありませんでした。
参考図2 強化療法群と従来治療群での実際の治療の推移 |
空腹時血糖値、HbA1C、体重、血中インスリン値の推移
従来治療群では空腹時血糖値、HbA1Cともに徐々に上昇しました。
強化療法群では空腹時血糖値、HbA1Cともに最初の1年間は低下しましたが、その後は従来治療群と同様に上昇しました。両群間でのHbA1Cの差は研究期間中を通じて保たれており、従来治療群と比べて強化療法群で有意に低くなっていました(10年間を通じての中央値はそれぞれ7.9%、7.0%、p<0.0001)。
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各強化療法での10年間を通じてのHbA1Cの中央値はクロルプロパミド群 6.7%、グリベンクラミド群 7.2%、インスリン群 7.1%でいずれの群でも従来治療群の 7.9%より有意に低下していました(p<0.0001)。
HbA1Cはクロルプロパミド群でグリベンクラミド群より有意に低下していましたが(p=0.008)、どちらの群もインスリン群とは有意な差はありませんでした。
体重は従来治療群に比べ強化療法群で有意に大きく増加しました(上述した10年間追跡コホートの10年目で従来治療群と比べて+3.1kg、p<0.0001)。クロルプロパミド群でグリベンクラミド群でも従来治療群に比べ体重が有意に増加していましたが、インスリン群ではSU群よりもさらに体重が増加していました。すなわち、10年間追跡コホートの10年目で、クロルプロパミド群で2.6kg (p<0.001)、グリベンクラミド群で1.7kg (p<0.001)、インスリン群で4.0kg (p<0.0001)、従来治療群と比較して体重増加が認められました。
空腹時の血中インスリン値は強化療法群で上昇し、10年間を通じての中央値では従来治療群より17.9pmol/L(p<0.0001)上昇していました。SU群でのインスリン値ははじめの3年間は従来治療群より大きく上昇しました。インスリン群では使用量が増加してきた6年目からさらなる上昇が認められました。
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合併症リスク
強化療法群と従来治療群との合併症の発現についての比較が図4です。
合併症の相対リスクは、糖尿病関連エンドポイントで0.88(95%信頼区間 0.79〜0.99)、糖尿病関連死で0.90(同 0.73〜1.11)、総死亡で0.94(同 0.80-1.10)、細小血管合併症で0.75(同 0.60〜0.93)となりました。10年間でのどの単独エンドポイントも起こさないことについてのNNT(number needed to treat)は19.6人(同 10〜500)、無合併症期間(半数の人が最低一つの合併症を起こすまでの期間)は強化療法群で14.0年、従来治療群で12.7年となりました(p=0.029)。
従来治療群に比べ強化療法群は細小血管合併症が25%抑制されており(p=0.0099)、その大部分は光凝固術施行の差によるものでした。
強化療法群間では細小血管合併症および光凝固術の施行についての有意な差は認められませんでした。
図6 強化療法群と従来治療群での複合エンドポイントに関するカプラン・マイヤー曲線 |
年に1回以上の低血糖発作を起こした者は、重篤な低血糖、すべての低血糖ともに強化療法群で有意に多くなっていました(図7)。
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強化療法群の中で実際の治療で比較すると、重篤な低血糖、すべての低血糖ともインスリン治療で多くなっていました(図8)。
はじめの10年間割り付けられた治療を行っている間に年に1回以上の重篤な低血糖を起こした者の割合は平均で、クロルプロパミド 0.4%、グリベンクラミド 0.6%、インスリン 2.3%、従来治療 0.1%であり、すべての低血糖ではクロルプロパミド 11.0%、グリベンクラミド 17.7%、インスリン 36.5%、従来治療 1.2%でした。
ITT(intention-to-treat)解析では、重篤な低血糖では、クロルプロパミド 1.0%、グリベンクラミド 1.4%、インスリン 1.8%、従来治療 0.7%であり、すべての低血糖ではクロルプロパミド 16%、グリベンクラミド 21%、インスリン 28%、従来治療 10%でした。従来治療群での低血糖は反応性低血糖でした。
※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。
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