糖尿病の大規模臨床研究
2008年01月10日
Kumamoto study
研究目的
2型糖尿病患者において、血糖値を正常に近付けることで糖尿病による血管合併症の発症・進展を抑制できるかどうかを調べる。研究の対象
インスリン治療中の2型糖尿病の患者さん110人を対象として、DCCTと同様の研究デザインで行なわれました。対象者のうち網膜症、腎症をともに有さない(24時間の尿中アルブミン排泄量が30mg未満)患者さん55人が「一次予防群」の、また単純網膜症があり、24時間の尿中アルブミン排泄量が300mg未満の患者さん55人が「二次介入群」の対象となりました。研究の方法
一次予防群、二次介入群それぞれで、患者さんを「従来インスリン療法」群(CIT群)と「強化インスリン療法」群(MIT群)にランダムに割り振りました。CIT群は2型糖尿病に対する当時の標準的なインスリン治療(中間型インスリンを1日に1ないし2回注射)を続け、MIT群は1日3回以上のインスリン注射(各食前に速効型インスリンを、就寝時に中間型インスリンを注射)を行ないました。CIT群は高血糖、低血糖による症状を起こさないこと、空腹時血糖値が140mg/dL未満になることを目標とし、MIT群は、空腹時血糖値が140mg/dL未満、食後2時間値が200mg/dL未満、HbA1Cが7.0%未満、血糖値の変動を表わす指標であるMAGE (mean amplitude of glycemic excursions)が100mg/dL未満を目標としました。研究期間
登録期間は1987年から1988年、追跡期間は6年でした。結果の概要
一次予防群、二次介入群のいずれにおいても強化療法群(MIT群)で血糖コントロールが良好に保たれ、合併症も抑制されました。研究結果をもう少し細かくみてみましょう。
研究開始時点での対象者の背景を示したものが表1です。一次予防群、二次介入群のいずれにおいてもCIT群とMIT群の間で有意な差のある項目はありませんでした。
血糖コントロール:
図1 研究期間中の血糖コントロールの状況 |
網膜症:
図2 網膜症の累積悪化率 |
発症予防(一次
進展予防(二次介入)の効果;網膜症の6年間累積悪化率はMIT群19.2%に対してCIT群44.0%(P=0.049)とMIT群で有意に低下していました。網膜症が増悪したのはMIT群では5人、CIT群では11人でした。MIT群で2人、CIT群で3人が光凝固が必要になりました(図2下)。
両群をまとめると、網膜症の6年間累積悪化率はMIT群13.4%に対してCIT群38.0%(P=0.007)とMIT群で有意に低下し、強化インスリン療法による厳格な血糖コントロールにより網膜症悪化のリスクは69%(95%信頼区間 24-87%)低下しました。光凝固が必要になったのはどちらの群でも血糖コントロールの不良(9.6±1.0%)な人たちでした。
腎症:
図3 腎症の累積悪化率 |
発症予防(一次
進展予防(二次介入)の効果;腎症の6年間累積悪化率はMIT群11.5%に対してCIT群32.0%(P=0.044)とMIT群で有意に低下していました。6年間でCIT群では6人、MIT群では3人が微量アルブミン尿に進展し、CIT群で2人がアルブミン尿へ進展しました(図3下)。
両群をまとめると、腎症の6年間累積悪化率はMIT群9.64%に対してCIT群30.0%(P=0.005)とMIT群で有意に低下し、強化インスリン療法による厳格な血糖コントロールにより腎症悪化のリスクは70%(95%信頼区間 14-89%)低下しました。
また研究開始時と6年後の24時間尿中NAG排泄量を比較すると、CIT群で7.3±2.5Uから7.7±4.2Uへ増加していたのに対して、MIT群では7.2±2.4Uから6.2±2.1Uへと減少しており、両群間で有意な差が認められました(P<0.05)。
神経障害:
研究開始時と比べた6年後の正中神経伝導速度は、MIT群では運動、感覚神経とも有意に増加(改善)していたのに対して、CIT群では感覚神経は研究開始時に比べて有意に低下(悪化)しており、CIT群とMIT群の間で有意な差が認められました(P<0.05)。振動覚の閾値を研究開始時と6年後で比較すると、MIT群ではわずかに上昇(悪化)しましたが有意ではなかったのに対して、CIT群では有意に上昇(悪化)しており(P<0.05)、CIT群とMIT群の間で有意な差が認められました(P<0.05)。
6年後の起立性低血圧と心電図R-R間隔は、MIT群ではわずかに改善していたのに対して、CIT群ではわずかに悪化していました(表2)。
網膜症、腎症の悪化と血糖コントロールとの関連:
一次予防群、二次介入群をまとめて、網膜症、腎症の悪化率とHbA1C、空腹時血糖値、食後2時間血糖値との関連をみたものが図4です。HbA1C、空腹時血糖値、食後2時間血糖値が上昇するに従って、網膜症、腎症の悪化率も上昇していますが、HbA1Cが6.5%未満、空腹時血糖値が110mg/dL未満、食後2時間血糖値が180mg/dL未満では網膜症、腎症の悪化は認められませんでした。
図4 網膜症、腎症の悪化率とHbA1C、空腹時血糖値、食後2時間血糖値との関連 |
低血糖:
研究期間中に、MIT群では6人、CIT群で4人が軽度の低血糖を起こしましたが、昏睡や痙攣や他人の助けを必要とする重篤な低血糖を起こした人はいませんでした。
その他(大血管合併症など):
研究期間中にMIT群では1名が突然死(おそらく心筋梗塞による)し、もう1名が間欠性跛行を発症しました。CIT群では1名が脳梗塞で死亡し、1名が狭心症を、2名が間欠性跛行を発症しました。心血管、脳血管、末梢血管イベントの総数はCIT群でMIT群の2倍でした(100人年あたり1.3と0.6)。イベント総数が少ないのではっきりしたことはいえませんが、強力な血糖コントロールは大血管合併症の進展も抑制した可能性があります。
MIT群、CIT群ともに6年間でBMIの軽度上昇が認められましたが、有意ではありませんでした(MIT群で20.5±2.1から21.2±2.1、CIT群で20.3±2.8から21.9±2.8)。
まとめ
Kumamoto studyの結果、2型糖尿病においても厳格な血糖コントロールにより細小血管合併症の発症、進展を抑えることができることが明らかになりました。1型と2型の違い、人種の違いがありますが、厳格な血糖コントロールによる合併症抑制効果を別項で解説しているDCCTと比較すると網膜症についてはDCCTと同程度の抑制効果であり、腎症はKumamoto studyのほうが大きな抑制効果がありました(この差は日本人が腎症になりやすいところからきているのかもしれません)。また本研究ではHbA1Cが6.5%未満、空腹時血糖値が110mg/dL未満、食後2時間血糖値が180mg/dL未満という細小血管合併症に対する閾値が得られました。DCCTでは明確な閾値は得られておらず(血糖コントロールのパラメーターと合併症進展との関係が連続的であったため)、Kumamoto studyにおけるこの結果は症例数が少なかったことによるのかもしれませんが、一つの目安となる数値であり、我が国の血糖コントロールの指標の根拠ともなっています。本研究は大規模臨床研究というには対象者の数が少ない(110人という対象者数の根拠は示されておりません)のですが、日本人を対象とした非常に貴重な研究であることには間違いありません。
Ohkubo Y, Kishikawa H, Araki E, Miyata T, Isami S, Motoyoshi S, Kojima Y, Furuyoshi N, Shichiri M. Intensive insulin therapy prevents the progression of diabetic microvascular complications in Japanese patients with non-insulin-dependent diabetes mellitus: a randomized prospective 6-year study. Diabetes Res Clin Pract. 1995;28: 103-117
(PubMedのAbstract http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=7587918)
(PubMedのAbstract http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=7587918)
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