糖尿病の大規模臨床研究

2006年03月16日

DCCT

研究目的
 血糖値を正常に近付けることで、糖尿病による血管合併症の発症・進行を予防できるかどうかを調べる。

研究の対象
 アメリカとカナダの13歳〜39歳の1型糖尿病の患者さん1,441人。このうち、網膜症、腎症ともになく(1日の尿中アルブミン排泄量が40mg未満)、罹病期間が1〜5年の患者さん726人が網膜症の発症を抑制できるかどうかを調べる「一次予防群」の、また単純網膜症があり、1日の尿中アルブミン排泄量が200mg未満で、罹病期間1〜15年の患者さん715人がすでに発症している網膜症の進行を抑制できるかどうかを調べる「二次介入群」の対象となりました。

研究開始時点での患者さんの背景
検査値など
一次予防群
二次介入群
従来療法群
強化療法群
従来療法群
強化療法群
対象数(人)
378
348
352
363
年齢(歳)
26±8
27±7
27±7
27±7
青年層(13〜18歳)の割合(%)
19
16
9
10
男性の割合(%)
54
49
54
53
白人の割合(%)
96
96
97
97
罹病期間(年)
2.6±1.4
2.6±1.4
8.6±3.7
8.9±3.8
インスリン使用量(U/kg/日)
0.62±0.26
0.62±0.25
0.71±0.24
0.72±0.23
HbA1C(%)
8.8±1.7
8.8±1.6
8.9±1.5
9.0±1.5
平均血糖値(mg/dL)
229±80
234±86
232±78
234±81
血圧(mmHg)
 
 
 収縮期
114±12
112±11
116±12
114±12
 拡張期
72±9
72±9
73±9
73±9
体重(標準体重比〈%〉)
103±14
103±13
105±13
104±12
喫煙者率(%)
17
19
19
18
総コレステロール(mg/dL)
173±35
176±33
179±32
178±33
中性脂肪(mg/dL)
77±57
75±41
87±44
87±45
HDL-コレステロール(mg/dL)
51±13
52±13
49±11
49±12
LDL-コレステロール(mg/dL)
106±30
109±29
112±28
112±29
網膜症のない人の割合(%)
100
100
0
0
毛細血管瘤だけ見られる人の割合(%)
0
0
58
67
非増殖性網膜症のある人の割合(%)
 
 
軽症
0
0
23
18
中等症
0
0
19
15
尿中アルブミン排泄量(mg/24時間)
12±8
12±9
19±24
21±25
クレアチニン クリアランス(mL/分)
127±28
127±30
130±30
128±31
神経障害の所見がある人の割合(%)
2.1
4.9
9.4
9.4

研究の方法
 一次予防群、二次介入群それぞれで、患者さんを従来療法群と強化療法群にランダムに割り振りました。従来療法群はこの調査が行われたころの標準的な治療(1日に1ないし2回のインスリン注射)を続け、強化療法群は1日3回以上のインスリン注射またはCSII(持続皮下インスリン注入療法)による、いわゆる強化インスリン療法により血糖値の正常化を目指しました。そして、両群の患者さんの経過を観察し、合併症の現れ方や血糖コントロールの状態などを比較しました。

研究期間
 1983〜1993年。

結果の概要
 平均6年半にわたる研究期間で、一次予防群、二次介入群のいずれにおいても、強化療法群で合併症が抑制されました。また強化療法群のほうが、血糖コントロールも良好に保たれていました。その反面、強化療法では低血糖が起きやすくなることが示されました。
 研究結果をもう少し細かくみてみましょう。

網膜症:網膜症の進行状態を25段階に分類して評価し、6カ月おきに行う眼底検査で経過を追いました。

発症予防(一次予防)の効果:網膜症を発症した人の割合は、最初の3年間は強化療法群と従来療法群との間で差はありませんでしたが、3年を過ぎたころから強化療法群のほうが少なくなり、その差は経過とともに広がっていきました。最終的には強化療法群では従来療法群に比べて、網膜症発症のリスクが76%低下していました。
進行予防(二次介入)の効果:意外なことに最初の2年間は、網膜症が進行した人の割合は従来療法群よりも強化療法群のほうが多くなりました。しかし3年目からは逆転し、経過とともに差は広がり、最終的には強化療法群では従来療法群に比べて網膜症進行のリスクは54%低下していました。


腎症:微量アルブミン尿(1日の尿中アルブミン排泄量が40mg以上)の発症率と、アルブミン尿(1日の尿中アルブミン排泄量が300mg以上)の発症率で比較されました。

一次予防群での結果:微量アルブミン尿を発症した人の割合も、網膜症の場合と同じように最初のうちは両群間であまり差はありませんでした。しかし徐々に強化療法群の方が少なくなり、その差は経過とともに広がり、最終的には微量アルブミン尿発症のリスクは強化療法群では従来療法群よりも34%低下していました。また、調査期間中にアルブミン尿にまで進行してしまった人は強化療法群、従来療法群ともにほとんどなく、両者に有意な差(統計的に意味のある差)は認められませんでした。
二次介入群での結果:微量アルブミン尿発症のリスクは、強化療法群では従来療法群に比べて43%低下していました。一次予防群ではほとんどみられなかったアルブミン尿の発症も二次介入群では強化療法群、従来療法群ともにみられ、その発症リスクはやはり強化療法群のほうが56%低下していました。


研究開始から5年後の神経障害の頻度の差

神経障害:臨床的に明らかな神経障害の症状があることや末梢神経の伝導速度の異常が認められることなどから神経障害の発症を診断し、研究開始時点で神経障害のない患者さんを対象にして、その発症率が比較されました。結果は一次予防群で69%、二次介入群で57%、強化療法群のほうが従来療法群に比べて神経障害発症のリスクが低く抑えられていました。
強化療法群と従来療法群のHbA1Cの推移、
および血糖値の日内変動

(点は中央値、縦線は25から75パーセント点を表わす)
血糖コントロール:研究が始まった時点で患者さんのHbA1Cの平均は両群とも約9%でした。従来療法群は研究期間中もHbA1Cは9%前後で推移しましたが、強化療法群では研究開始後、直ちに血糖コントロールが改善し、HbA1Cの平均は7%前後に維持されました。
低血糖:重症低血糖の頻度を比較すると、強化療法群のほうが従来療法群よりも3.3倍多いという結果で(強化療法群で1人あたり年間0.62回)、より良い血糖コントロールを維持するにあたって解決しなくてはならない問題が提示されたかたちになりました。

血糖コントロールと、網膜症の進行抑制効果および重症低血糖の頻度との関係

その他(体重や大血管障害について):研究開始後5年目で、強化療法群の患者さんは従来療法群の患者さんに比べて平均で4.6kg体重が増加していました。対象となった患者さんの年齢が比較的若かったこともあり、心臓血管イベント(狭心症や心筋梗塞の発作)の回数は強化療法群で少なかったものの有意な差はありませんでした。

強化インスリン療法による合併症リスクの低下 (従来療法との比較)

研究終了時点での合併症の発症状況
合併症の種類
一次予防群
二次介入群
両群合計
従来療法群
強化療法群
リスクの減少
従来療法群
強化療法群
リスクの減少
リスクの減少
100人・年あたり
%(95%信頼区間)
100人・年あたり
%(95%信頼区間)
%(95%信頼区間)
3段階以上の網膜症の進行
4.7
1.2
76 (62〜85)
7.8
3.7
54 (39〜66)
63 (52〜71)
黄斑浮腫
3.0
2.0
23 (−13〜48)
26 (−8〜50)
重度の非増殖性網膜症または増殖性網膜症
2.4
1.1
47 (14〜67)**
47 (15〜67)**
レーザー治療
2.3
0.9
56 (26〜74)
51 (21〜70)**
尿中アルブミン排泄量(mg/24時間)
 
 
40以上
3.4
2.2
34 (2〜56)**
5.7
3.6
43 (21〜58)
39 (21〜52)
300以上
0.3
0.2
44 (−124〜86)
1.4
0.6
56 (18〜76)**
54 (19〜74)**
研究開始5年後での神経障害の所見
9.8
3.1
69 (24〜87)**
16.1
7.0
57 (29〜73)
60 (38〜74)
 ※:黄斑浮腫あるいは増殖性網膜症に対する初回の治療
 *  p≦0.002
 ** p<0.04

研究結果がもたらしたもの
 今では私たちは「糖尿病の合併症は、より良い血糖コントロールによって抑えられる」とあたり前のように思っていますが、実はこの研究結果が発表される前までは、はっきりとした科学的な根拠はなかったのです。しかしこの研究により、糖尿病の細小血管障害(三大合併症)の抑制には血糖コントロールが重要であることが明らかになりました。
 さらに、血糖コントロールがよいほど合併症の発症が少なく抑えられるということが示されました。このことから、さまざまなインスリン製剤や注入方法を駆使して、できるだけ血糖値を正常域にコントロールしようとする流れが生まれました。
 このように DCCT は糖尿病の合併症対策に明確な方向性を与えてくれましたが、それを実現するうえで低血糖の対策が欠かせないことも教えてくれました。合併症を抑えるためには血糖値をできるだけ低くしたい、ところが低血糖は起きやすくなってしまうというジレンマが生じたのです。
 現在では、超速効型のインスリンや新しいタイプの持続型インスリン(効果のピークがなくて安定した血糖降下作用を発揮するインスリン。持効型インスリン)、高性能のインスリンポンプなどが使えるようになっています。DCCT によって証明された厳格な血糖コントロールの効果を、より容易に得ることが可能な環境が整ったといえるでしょう。

文献
The Diabetes Control and Complications Trial Research Group. The effect of intensive treatment of diabetes on the development and progression of long-term complications in insulin-dependent diabetes mellitus. The New England Journal of Medicine. 1993;329:977-986. Abstract(PubMed)
[ DM-NET ]

※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。

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