DNAの二重らせん構造を解明し1962年にノーベル賞を受賞したジェームズ ワトソン博士は、現在は85歳になっているが、最近は糖尿病に深い関心をもっている。2型糖尿病の因果関係に関する新たな仮説を発表し、医学誌「ランセット」のカバーストーリーとして紹介された。
運動をするとなぜ体内で活性酸素が増えるのか
ワトソン博士によると、糖尿病、認知症、心血管疾患、がんの一部は、「活性酸素種」(ROS)と呼ばれる酸化物質が体内で十分に生成できないことに起因している。これを治療するために、運動の役割を理解することが重要だという。
ヒトは体内でエネルギーを使うときに、酸素を利用する。呼吸によって体内に取り込まれた酸素の一部は、不完全に還元され、不安定で、多くの物質と反応しやすい「活性酸素」に変化する。この活性酸素は細胞を傷つけ、老化、がん、動脈硬化、その他多くの疾患をもたらす重要な原因となる。
2型糖尿病の原因のひとつとして考えられているのは、過剰な細胞内の酸化反応が炎症を引き起こし、そのため膵臓組織中の細胞に傷害をもたらすというものだ。これらの細胞の適切な機能を十分に理解することが、血糖値を正常に維持するために重要となる。
ワトソン博士は、医学・分子生物学分野の多くの研究で報告された事実にもとづき、これに代わる新しい考え方を数年間にわたり探し求めてきた。
活性酸素は、誰にでも日常生活をおくっているだけで体内で代謝される産物のひとつで、人間が生命活動を維持する上で必ず発生する物質だ。活性酸素は主に呼吸によって体内に取り込まれた酸素が代謝される際に発生するため、多くの酸素を取り込む必要のある運動時には、大量の活性酸素を体内に発生させることになる。
活性酸素が増えすぎる点のみに着目すると、活性酸素の発生を促進する運動が高血糖の人にとってなぜ有益なのかを説明するのは難しい。そこで、ワトソン博士が考えたのは「根本的な原因は、生物学的な酸化物質の“過剰”ではなく“不足”だという」という新しい説だ。
酸化物質と抗酸化物質は体内で“微妙なバランス”をつくっている
健康な人でも酸化ストレスの影響を受けるが、糖尿病があるとさらに強く酸化ストレスが上昇することが知られている。特に膵臓は酸化ストレスによる攻撃をうけ炎症を起こしていることが多い。
2型糖尿病の治療では、患者が糖尿病を発症したと診断すると、医師は必ず運動療法を勧める。メトホルミンのような血糖降下薬で治療を始める前でも、運動が効果的であることを経験的に知っているからだ。
ワトソン博士は、運動が糖尿病の人にとってどのような作用をするのかを、化学的な酸化還元反応を手がかりに解明できると考えた。「体の細胞は、酸化物質と抗酸化物質なしでは生き残ることができず、この2つには“微妙なバランス”がある」と、ワトソン博士は言う。
運動をすると、活性酸素種(ROS)と呼ばれる分子の酸化物質が大量に作り出されるが、小胞体(ER)と呼ばれる細胞器官で、酸化物質である過酸化水素はタンパク質を安定化する化学結合(ジスルフィド結合)を作る際に役立っている。
「小胞体に十分な酸化物質がないと、タンパク質は変形し機能できなくなり、膵臓に害を与える炎症を引き起こする。それによって、時に2型糖尿病を発症することがある」と、ワトソン博士は説明している。
体内での酸化を促進する運動は、血糖値が高くなっている糖尿病患者に、薬物療法と同じくらいの有益な効果をもたらす。
「私は医師ではないが、運動療法の有用さについて、新しい視点を提供する斬新なアイデアをもっている。運動には、体内で有用で機能的なタンパク質を増やす働きがある。しかし、中には運動を思うようにできない患者もいる。どうすれば運動をできるようになるかを解明するために、新たな研究を進める予定だ」と述べている。
激しい運動をしているアスリートが抗酸化サプリメントを大量にとると、運動の効果が減少することがある。安易なサプリメントの利用は有害である可能性があると、ワトソン博士は指摘している。今後はコールドスプリングハーバー研究所(ニューヨーク州)で、運動療法と活性酸素に関する学術会議を開催する予定だという。
Nobelist James Watson proposes an unconventional view of type 2 diabetes causation(コールドスプリングハーバー研究所 2014年2月27日)
[ Terahata ]