糖尿病アジアネットワーク
2007年11月21日
ベトナムで増加する肥満・糖尿病
肥満は世界中で急激に増加しており、高血圧、糖尿病、心臓疾患などの最も重大なリスクファクターでもあります。肥満は、単に身体的な健康問題だけでなく、差別とか自信喪失などの心理的社会的問題さえも引き起こしています。
肥満(BMI 30以上)や過体重(BMI 25〜30未満)は、生活水準が高い先進国だけでなく、今やベトナムを含む発展途上国の問題でもあります。
ベトナムは世界的な経済に参画するなかで多くの経済的成果を挙げ、個人所得も増えて生活水準も向上しました。しかし、国の経済が発展する反面、深刻な健康問題がクローズアップされてきました。
肥満と糖尿病
なかでも肥満・糖尿病関連疾患の増加は目だっています。糖尿病の患者数は毎年が急激に増加し、肥満者の増加はそれを更に上回っています。
肥満と糖尿病には密接な関係性が見られ、多くの研究が肥満者の糖尿病発症リスクが健常な人に比べ 3〜5倍も高いとしています。
1995年に行われた大規模な疫学調査までは、ベトナムでは過体重は比較的少なく、肥満は稀れでした。しかし、1995年以後、過体重と肥満が、全国どこでも、すべての階層の人々に急激に拡がりました。特に生活水準が大幅に改善された大都市において顕著です。
こどもにも過体重と肥満が
- 国立栄養研究所が行った健康調査では、1995年以前のこどもの過体重(BMI 25〜30未満)は無視できる程度でしたが、1996年以降過こどもの体重率が上昇し始めています。ホーチミン市の5歳未満のこどもの過体重率の調査では、1996年は2%、2001年は3.3%でした。過体重や肥満の傾向は月齢49〜59か月目に現れ、年齢とともに増加します。男児の肥満率が女児を上回っています。
- 1996年国立栄養研究所が行った調査では、年齢毎の平均体重の2SDを超える肥満のこどもの割合が0.5%でした。
- 1997年から1998年にかけて、パストゥール研究所が行ったニャチャンでの調査では、3歳から10歳までのこども3,305名の肥満率(obesity rate)は3.5%でした。
- 1997年にLe Thi Hai がハノイで行った調査では、過体重(overweight)のこどもが全体で4.1%、男子が5.8%、女子が2.2%という結果でした。
- 1998年にホーチミン市で行われたTran Thi Hong Loanの調査では、過体重の比率(overweight rate)は全体で12.2%、男子が17.6%、女子が6.8%でした。
- 1999年のNguyen Thinがニャチャン行った調査では、幼稚園にいく年齢のこどもの過体重率(overweight rate)は4.2%でした。
- 2000年にLe Thi Bach Maiが行った全国調査では、6〜12歳までのこどもの全国平均過体重率(overweight rate)は2.2%で、都市部では6.6%、農村部では1.2%という結果でした。
- 2001年ハイフォンで行われたNguyen Thu Hienの6〜11歳までのこどもの調査では、過体重率(overweight rate)が全体で10.4% 、男子が13%と女子が 7.5%でした。肥満率(obesity rate)は全体で6.2% (男子が7.3%、女子が 5.1%)でした。
- 2001年ハノイ Dong Da地区で行われたVu Hung Hieu の調査では、6〜11歳のこどもの過体重率(overweight rate)は9.9%でした。
- 2002年にハノイの都市部でTran Thi Phuc Nguyetの調査では、4〜6歳のこどもの過体重率(overweight rate)は4.9%(男児6.1%、女児3.8%)でした。肥満率(obesity rate)は3.1%でした。
- 2002年Le Thi Haiがハノイ第7地区で行った調査では、7〜12歳のこどもの7.9%が過体重(overweight)でした。
成人の過体重と肥満
- 国連食糧農業機関(FAO,1990年)によると、ベトナム都市部の肥満率(obesity rate)が1.54%で、1985年の0.4%の4倍に近い値でした。
- 1994年の国立研究所の調査(1994)では、全国平均の肥満率(obesity rate)が1.5%で、都市部が5%でした。
- Tran Dinh Toanhが政府職員(45歳以上)を対象に行った調査では、1990年に4.4%だった過体重率(overweight rate)が1995年には6.97%まで増加しました。
- 1997年のDo Thi Kim Lienが50〜59歳の人を対象に行った調査では、男性の15.5%、女性の19%が過体重(overweight)でした。
- 1999年のNguyen Thi Kim Huongが15〜49歳の女性を対象にした調査では、10.7%が過体重(overweight)でした。
- 2000年Le Thi Bach Mai が主導した全国栄養調査では、15〜49歳の女性の過体重全国平均値4.65%で、都市部が9.2%、農村部が3.0%という結果でした。
- 2001年にDoan Tuong Viがハノイで行った調査では、過体重率(rate of overweight)は15%でした。
- 2002〜2003年にホーチミン市でLe Khac Ducが行った調査では、過体重率(overweight rate)が11%、肥満率(obesity rate)が10.9%という結果でした。
- ベトナム統計局によると、ベトナムの16歳以上の栄養状態は変化しつつある。1992年と2002年で過体重率(overweight rate)を比べると、男性では3.2%から13.2%へ、女性では8.1%から13.2%へ増加しています。
これらは全国から広く収集された十分な統計ではなく、多くが1つの地域あるいは省からのものです。これらの数値で全国を代表させることはできませんが、ベトナムでの過体重と肥満が急激に増加していることをはっきり理解できます。そして、この数は膨大なものになるでしょう。
過体重と肥満増加の原因
ベトナムで急激に上昇した個人所得は、日常習慣や食文化がよりハイレベルに、より速く進展していく原動力といえます。しかし、実際の食事の変化では、高エネルギー化をもたらす脂質を多く含む食品や肉類の増加が目立ち、これらは栄養バランスの観点から見ると決してよい傾向ではありません。
食品加工や調理法も、脂質や砂糖の多く使用する高エネルギーの方法に変わりました。これは、身体的活動や運動をしなくなった現在のベトナムの人々にとって、健康のために好ましくありません。ベトナムは世界的な経済に参画し他国からの輸入品を使うスタイルが次第に定着し、特に西側諸国からのものが目立っています。なかでも圧倒的な広告を伴うファーストフードは、ベトナムの人々をますます強く惹きつけ、食生活の変化を引き起こしています。
ベトナムは伝統的な農業経済社会からから、近代的農業経済産業、貿易、サービス産業社会へ、一気にビッグジャンプしました。身体を使った物作りからオフィスでのデスクワークへ、近代的な機器の設置は身体的労働から多くの人々を解放しました。
そして、インターネットや電子的娯楽サービス、テレビの普及は人々の時間を大きく浸食しています。これらはあきらかに身体的活動や運動の減少を招くでしょう。
ベトナムでは、昔から妊婦にたくさん栄養を摂らせる習慣があり、妊娠による体重増加が15〜20kgというようなこともめずらしくありませんでした。この妊娠時の手厚い世話と、過剰ともいえる栄養供給がベトナムでの子供の肥満率増加に関わっているといわれています。今日では国の人口抑制策もあり一般家庭の子供の数は1〜2人がほとんどです。出産後も子どもたちは昔に比べて更に手厚く世話をされて育てられます。授乳期には、さまざまな種類のミルクや栄養補助食品が使われるようになりました。そして、こどもたちにもインターネットやゲームの影響も出始めていると考えられています。
これらのことに今後もしっかり注目していかなくてはならないでしょう。
次にベトナムでの過体重や肥満増加の原因をまとめました。
- 生活スタイルの変化
- 都市化
- より高くなった平均寿命
- エネルギー消費の少ない仕事、機械化と自動化
- テレビを見る、その他活動的でない娯楽の普及
- 食生活の変化、ファーストフードの普及
- 脂質含有量の高い食品
- 家庭以外の食事(外食)の増加
BMIと糖尿病
過体重、肥満と2型糖尿病に密接な関係があることは、既に世界中の多くの研究で明らかで、ベトナムも例外ではありません。
ベトナムでの研究はまだ多くありませんが、何人かの研究者がこれらの情報に関係するデータベースを科学的研究の一環として作っています。
これらの肥満等の分類基準はThe classification standards BMI based on he warning levels for the Asia-Pacific region by WHO-2000によっています。
- Tran Duc Thoと共同研究者らは、ベトナムでの研究結果として、BMI 25以上の人の2型糖尿病発症リスクは正常な人の3.75 倍になると述べています。
- Thai Hong Quangの研究によると、糖尿病の発症頻度は、肥満度1(BMI 30〜35)で健常人の4倍、肥満度2(BMI35〜40)で30倍になるとしています。
- 2001年に国立内分泌内科病院が4大都市で実施した調査では糖尿病とBMIに相関がみられました(図1)。
- 2002年の国家調査として、同様の方法で全国の大規模な調査を行い、世界各地で行われた調査と同様の、BMIが高ければ糖尿病、IGTの割合も高いという結果を得ました(表1)。
- 国立内分泌内科病院が2003年から2004年にかけて行った最新の調査によると、同院初診時の患者さんのBMI分布は図2の通りです。
図1 BMIと糖尿病および耐糖能異常(IGT)の有病率の関連
BMI | 糖尿病 | 耐糖能異常(IGT) |
≧23 | 7.0 | 13.8 |
<23 | 2.6 | 6.1 |
図2 初診時の糖尿病患者のBMI分布
ベトナムの糖尿病の特徴と今後の対策
糖尿病患者の多くの人が、正常範囲のBMI(18.5〜22.9)(23.0〜24.9)に分類され、過体重と肥満は33.8%でした(分類はThe classification criteria of BMI for Asia recommended by WHOによる)。このことから、糖尿病患者の肥満率が80〜90%である西欧諸国に比べ、ベトナムの糖尿病患者の肥満率がとても低く、ベトナムの糖尿病には何か異なったところがあるとされています。
ベトナムの糖尿病患者のBMI平均値は 21.7 ± 3.0 kg/m2で、この地域の他国、例えば中国が 24.8 ± 3.3 kg/m2、タイが 24.9 ± 4.1kg/m2、インドネシアが 23.8 ± 3.8kg/m2、マレーシアが 26.0 ± 4.3kg/m2 など比べ低くなっています。
しかし、この数値も2002年の全国調査の値 BMI 18.9にくらべれば明らかに高くなっています。ベトナムでの近年このような増加傾向は、今後の数年間も同様のペースで進むと見られています。
次にベトナムでの生活環境の異なるの人々のBMI値を表2に示します。
研究者 | 調査年 | 調査対象 | 年齢 | BMI(kg/m2) | |
男性 | 女性 | ||||
Ha Huy Khoi, Le Bao Khanh | 1991 | Red River デルタ地帯 の農民 | 41〜60 | 19 | 18.6 |
Tran Dinh Toan,Trinh Van Minh | 1992 | ハノイ郊外の農民 | 45〜59 | 18.9 | 19.2 |
Tran Dinh Toan, Nguyan Mai Hoa | 1993 | 大学生 | 19.6±2.6 | 18.7 | 18.4 |
Ha Huy Khoi, Do Thi Kim Lien | 1993 | 妊娠可能年齢の女性 | 32.7±8.4 | 18.7 | |
Tran Dinh Toan | 1,990 | 政府職員(ハノイ) | 45歳以上 | 19.07 | 20.02 |
1,991 | 20.01 | 20.43 | |||
1,993 | 20.55 | 20.75 | |||
2,001 | 23.21±2.85 | 22.92±2.77 | |||
Le khac Duc | 2002 | 45歳以上 | 23.0±2.2 |
上記の諸統計から、明らかにベトナムの過体重、肥満、糖尿病の増加傾向を見ることができます。
これらの問題に対処するために、2001年2月22日、「2001年から2010年までの国家栄養戦略」の提案が了承され、政府が実施することになりました。この国家戦略では栄養上の目標に加えて、ベトナムでのBMI目標値を20〜22としています。これは過体重、肥満の減少にとどまらず、糖尿病を含む多くの慢性疾患の減少も達成しようというものです。
Reference
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