糖尿病性血管障害のより確実な抑止のために-トリグリセライドコントロールの重要性

2012年12月20日

第1回 糖尿病性血管障害 一般の方向け



も  く  じ


1. はじめに
血管はからだのライフライン

 昔から「人は血管とともに老いる」といわれてきました。ヒトのからだは、膨大な数の細胞の集合体といえますが、一つ一つの細胞が必要としている酸素や栄養素は、血液によって送り届けられています。ですから血液の供給路である血管は、いわば“からだのライフライン”。そのライフラインに障害が発生してしまうと、そこから先の細胞が生きていけず、筋肉や臓器などの活動が低下します。

 人間だれでも年とともに血管の老化現象が進行します。それによって、からだの機能も衰えていきます。それは避けようのないことです。

 しかし、同じ年齢でも、周囲から「いつまでたってもお若いですね」といわれる人もいれば、その反対の人もいるように、血管も、実年齢より若い状態の人がいる一方で、老化がより進んでしまっている人もいます。

 血管年齢が実年齢と一致せず、個人差が生じる理由はどんなことでしょうか? 実は、このコーナーで取り上げる「糖尿病性血管障害」が、その答の一つです。


2. 糖尿病の「合併症」とは「血管障害」のこと
糖尿病の合併症は血管障害

 糖尿病は「合併症の病気」と呼ばれるほど、さまざまな合併症が起こり得る病気です。

 みなさん、すでに「合併症」という言葉は何度も耳にされていることと思いますが、意味を取り違えている患者さんがたまにいますので、最初に簡単に説明しておきます。

 合併症とは、ある病気に関連して起こるほかの病気のことです。身近な例として、かぜを取り上げてみましょう。

 かぜをひいても何日かすれば、ほとんど治ってしまいます。しかし、高齢の方など抵抗力が落ちている状態では、かぜが長引き、治りきる前に別の感染症にかかってしまうことがあります。例えば肺炎です。この場合、肺炎がかぜの「合併症」にあたります。

 つまり、糖尿病の合併症とは、たまたま糖尿病と併発するのではなくて、糖尿病の治療が不十分であるために発病してしまう病気、という意味です。

 そして、それらの合併症は、すべて、先ほど述べた血管の老化現象、「血管障害」が強く関係しています。言い換えると、糖尿病は血管の老化を早める病気だということです。


3. 糖尿病性血管障害による病気

 糖尿病の合併症、つまり「糖尿病性血管障害」のなかで、頻度の高いものを挙げてみます。

a. 網膜症―視覚障害の主要原因
 網膜とは、眼の奥(眼底と呼ばれる部分)一面に広がっている薄い膜のことです。瞳孔から入った光がこの網膜に像を描き、その情報が脳へ伝わることで、物の形や色が認識されます。

 網膜には、細い血管がはりめぐらされています。糖尿病の治療が不十分な状態が続いていると、それらの血管が傷められ、「血管障害」が進行します。それが「網膜症」です。

 網膜症になっても、実は、自覚症状がほとんどありません。自覚症状に現れないままさらに進行していきます。そしてあるとき突然、眼底出血や網膜剥離を起こします。その結果、視力が障害されてしまいます。

 また、眼底の中央に位置している「黄斑おうはん」という部分の働きが障害される「黄斑症」というタイプの網膜症もあります。黄斑は網膜の中で視力に最も大きく関係する部分なので、黄斑症になると、病気の早い段階から視力が低下します。

 こうした糖尿病網膜症による視覚障害は決して珍しいものではありません。成人の視覚障害者の5人に1人は、糖尿病網膜症によるものです。

b. 腎症―透析が必要になる原因のトップ
 腎臓は、血液の中の老廃物をろ過して尿を作る臓器です。腎臓の内部には、細い血管が球状に密集しています。糖尿病の治療が不十分な状態が続いていると、それらの血管が傷められ、「血管障害」が進行します。それが「腎症」です。

 腎症になっても、実は、自覚症状がほとんどありません。自覚症状に現れないままさらに進行していきます。「腎臓が悪いと足がむくむ」ということは、よく知られています。しかし、むくみという症状は腎臓の働きがかなり低下していることを示すもので、病気の進行レベルとしては、透析治療も考えないといけない時期に近い段階です。

 糖尿病による腎症のために人工透析が必要になる患者さんは決して少なくなく、毎年1万数千人にのぼります。これは透析治療を新たに開始する理由の第1位で、年々、2位以下を引き離しながら増え続けています。


c. 神経障害―全身にさまざまな影響が現れる
 血管と同じように全身に張り巡らされている神経も、もちろん細胞が集まってできています。ということは常に血液を必要としているということです。糖尿病の治療が不十分な状態が続いていて「血管障害」が起きると、神経の働きが妨げられ、「神経障害」が起きます。

 このような血管障害に加え、神経障害のもう一つの大きな原因として、血糖値が高いために神経細胞の中にブドウ糖が変化した物質が蓄積されること(ポリオール代謝異常といいます)も関係しています。

 神経は、脳が発する指令をからだの各部分に伝達したり、あるいは逆に、からだの各部分がキャッチした情報を脳へ伝えたりしています。手足の筋肉を動かす、皮膚を通して痛みや熱さを感じとる、食後に胃腸の働きを活発にする、心臓のリズム・血圧・体温などを状況にあわせて最適な状態に整える、こういった生命活動に不可欠な非常に多くの事柄に、神経の働きが密接に関係しています。

 このような働きが障害されると、例えば次のような影響が出てきます。

 
足や手が何もしていないのにビリビリする(そのために、夜も眠れない)
痛みや熱さに鈍くなる(そのために、けがややけどに気付かず手当てが遅れ感染がひどくなり、潰瘍かいようや壊疽えそになってしまう。また、心臓発作が起きても痛みに気付かず、治療が遅れる)
低血糖になっても症状が現れない(そのために、対処が遅れ、より重度の低血糖になってしまう)
血圧がうまくコントロールされない(そのために、ひどい立ちくらみが起きたりする)
食後も胃腸がよく働かない(そのために、下痢や便秘を繰り返したり、血糖コントロールに支障が出る)
運動の最中に心臓のリズムがうまく調整されない(そのために、安全に運動療法を行えない)
 
※低血糖:
一部の糖尿病の薬の作用が強く現れたときに、血糖値が下がりすぎてしまうこと。冷や汗が出たり、手足が 震えたりします。すぐにブドウ糖や砂糖を口にして血糖値を上げる必要があります。対処が遅れると、からだを動かせなくなったり、一時的な昏睡に陥ることもあります。

血管障害は細小血管障害と   
大血管障害の二つに大別されます
d. 動脈硬化―心臓や脳の発作の原因
 ここまでにお話しした、網膜症、腎症、神経障害の三つは、比較的細い血管の血管障害によって引き起こされるものです。そのため「細小血管障害」と分類されています。この細小血管障害は、糖尿病に特異的な(糖尿病でなければあまり発病しない)病気です。

 しかし、糖尿病の治療が不十分な状態が続いていると、細小血管障害だけではなくて、太い血管の血管障害「大血管障害(動脈硬化)」も進行します。

 動脈は、心臓から全身へ血液を送り届けるための血管です。動脈の血管の壁は弾力に富みしなやかで、心臓が血液を送り出すたびに血管の内径が膨らみます。そのおかげで血圧は一定レベルに抑えられていて、心臓の負担や動脈血管自体の負担もやわらげられています。

 動脈の老化現象で、血管壁が硬く変化してしなやかさが失われたり、血管壁に脂肪分が溜って血管内径(血液が流れるスペース)が狭くなるのが動脈硬化(大血管障害)です。

e. 動脈硬化による心臓や脳の病気
 動脈硬化(大血管障害)が進むと、血圧は高くなり、心臓には負担がかかり、動脈の血流は悪くなります。

 この進行は、20年、30年という長い年月をかけて少しずつ進むものなのですが、ある程度まで進行してからは、突然、重大な変化を起こすことがあります。血管壁に溜った脂肪分の塊(プラークといいます)が、なにかの拍子に破裂することがあるのです。

 すると、血管の中に傷口ができたようなものなので、皮膚をけがしたときと同じように、血小板が集まってきます。血小板は血液を固めて止血する成分です。その血小板が、プラークの中にあった脂肪分などと混ざりあい、血栓(血液の塊)を作ります。その結果、そこから先への血流がストップします。

 この現象が、心臓を取り巻く血管に起こる病気が「心筋梗塞」の発作です。脳の血管に起これば「脳梗塞」の発作です。どちらも命にかかわることがあります。糖尿病の治療が不十分な状態が続いていると、動脈硬化が速く進むので、結果として心筋梗塞や脳梗塞になりやすくなります。



動脈硬化の起こり方

f. 足の病気
 神経障害の症状は、脳から最も離れていて構造的に細くて弱い、足先の神経から始まります。神経障害のために足の感覚が鈍くなっていると、けがややけどをしても、なかなか気付きません。しかも足の裏などは手と違って、ふだんあまり目にすることがないので、けがややけどに気付くのが遅れます。そのために、小さな傷が潰瘍や壊疽に進行してしまい、長期間の治療が必要になったり、ときには足を切断しなければならないことがあります。

 こうしたことに加え、足の関節の変形(糖尿病の患者さんに現れることが多く、これにも神経障害が関係していると考えられています)や、血流障害で足が冷えるために暖房器具を足に近付けすぎるといった行動が、足にけがややけどを負う機会を増やしたりします。

 また、足の動脈の「血管障害」が進むと、間歇性跛行かんけつせいはこうといって、少し歩くとふくらはぎやももが痛み出し、休憩すると痛みがとれるが歩き出すとまた痛くなる、という症状が現れます。歩行により足の筋肉が消費する酸素が増えるのにもかかわらず、血管障害のため血液が十分に供給できないことで現れる症状です。



4. 糖尿病性血管障害の四つの原因

 このように、糖尿病は血管障害を起こし、さまざまなかたちで健康を損ないます。では、なぜ糖尿病のために血管障害が速く進行するのでしょうか。それには、いくつもの原因がありますが、以下に挙げる四つの状態が、とくに深く関係しています。

a. 高血糖
 高血糖とは血糖値が高い状態のことで、糖尿病の特徴ともいえる異常です。血糖値が高いということは、血液の中にブドウ糖がだぶついているということです。血液中にブドウ糖が余っていると、血管の細胞の中にブドウ糖が変化した物質が蓄積されたりして、「血管障害」が進行します。

 前にも書きましたが、血管障害は細小血管障害と大血管障害の二つに大別できます。高血糖は双方の危険因子であるものの、どちらかというと細小血管障害により強い影響を与えると考えられています。そのため網膜や腎臓など、細い血管が密集している部分に、糖尿病に特異的な合併症が起きてきます。

b. 高血圧
 血圧が高いということは、血管の壁に強い負荷がかかっているということですから、当然、血管障害が速く進みます。

 糖尿病の治療が不十分な高血糖状態では、浸透圧の関係で血液の量が多くなります。すると血管の壁にかかる圧力、つまり血圧が高くなります。また腎症が起きると、血管を収縮させるホルモンが、腎臓から多く分泌されます。そうするとやはり血圧が高くなります。加えて、糖尿病は肥満やメタボリックシンドロームを経て発病することが多い病気ですが、肥満やメタボリックシンドロームも高血圧の原因です。

 高血圧も細小血管障害と大血管障害の両方の危険因子です。とくに、血管が破れるタイプの脳卒中(クモ膜下出血や脳内出血)の発病には、高血圧が最も強く影響しています。

c. 高中性脂肪血症(高トリグリセライド血症)
糖尿病だと中性脂肪も高くなりやすい

・中性脂肪(トリグリセライド)とは
 ヒトの生命活動の主要なエネルギー源は、糖分と脂肪です。糖分は、食べ物の中の炭水化物を消化して作られ、短時間でエネルギー源として消費されます。しかし、その時点で必要のない糖分は、「中性脂肪(トリグリセライド)」にかたちをかえて、体脂肪として貯蓄されます。そして、必要に応じて血液中に供給されて、エネルギー源として使われます。

・糖尿病と中性脂肪の関係
 つまり中性脂肪は、からだの中の余分なエネルギーを蓄える役目を果たしている脂肪です。その中性脂肪が血液中に過剰にある状態が、「高中性脂肪血症(高トリグリセライド血症)」です。

 糖尿病で血糖値が高くなるのは、糖分の利用効率が低下しているためですが、そのような状態では、余っている糖分から中性脂肪に変換される量が増え、中性脂肪値が高くなります。実際、糖尿病の患者さんは高い頻度で、高中性脂肪血症を併発しています。血液中の過剰な脂肪は血管の壁に溜まっていきます。そして、「血管障害」が進行します。

・細小血管障害の危険因子としての高中性脂肪血症
 高中性脂肪血症は「脂質異常症」のタイプの一つです。脂質異常症は以前からおもに動脈硬化の危険因子として位置付けられていて、高中性脂肪血症も動脈硬化との関係を中心に研究されてきました。

 ところが最近、糖尿病の患者さんに生じる高中性脂肪血症は、大血管障害だけでなく、細小血管障害の危険因子でもあることがわかってきました。細小血管障害による糖尿病に特異的な合併症である網膜症や腎症の進行が、中性脂肪値を下げる薬によって有意に抑制される(統計的な誤差の範囲にとどまらず、意味のある差をもって抑制される)ことも、証明されています。これについては、このコーナーで、次回、もう少し詳しく解説します。
 
※脂質異常症:
以前は「高脂血症」と呼ばれていました。中性脂肪(トリグリセライド)や、悪玉の LDL コレステロールは高いことがよくないことなので、「高脂血症」という病名でも構わないのですが、善玉の HDL コレステロールは高いほうが良いことなので、「高脂血症」だと反対の意味になり、誤解が生じることがありました。そこで今では「脂質異常症」と呼んでいます。
d. 高LDLコレステロール血症
 LDL コレステロールとは、みなさんご存じの“悪玉コレステロール”のことです。血液中の LDL コレステロールが過剰にある状態が、高 LDL コレステロール血症で、動脈硬化の強い危険因子です。

 糖尿病と高 LDL コレステロール血症の発病には、同じような生活習慣が関係していることもあって、両者は併発しやすい病気です。とくに、一つ前に取り上げた「高中性脂肪血症」があると、“超悪玉”の LDL コレステロールが増えたり、“善玉”の HDL コレステロールが減って、動脈硬化がより進行しやすくなります。これについても、次回もう少し詳しく解説します。


5. 血管障害を防ぐことこそが糖尿病の治療目的

血糖コントロールは、合併症予防の1つの手段
 さて、シリーズ第1回目の話をまとめてみます。

 糖尿病という病気は血糖値が高いことをもって診断される病気ですが、実は、単に「血糖値が高くなる病気」ではないことが、おわかりいただけたのではないかと思います。

 糖尿病は血管障害の非常に重大な危険因子です。血管障害とは、取りも直さず老化現象そのものです。血管障害を起こさない、たとえ起きてしまってもそれを悪化させない――それが糖尿病治療の目的です。

 糖尿病の治療は「血糖値を下げる」ことだけを続けるのではありません。血糖値を下げるのは、糖尿病の治療目的である「血管障害を防ぐ」ための一つの手段だということです。

 そして、血糖値を下げること以外にも、血管障害を防ぐ方法はいろいろあります。先に挙げた、糖尿病に伴う高血圧や高中性脂肪血症などを、きちんと治療していくことです。

 シリーズ第2回目では、そのあたりをもう少し深く掘り下げていく予定です。


  
このページのトップへ


   このコーナーのトップへ
[ DM-NET ]

※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。

Copyright ©1996-2020 soshinsha. 掲載記事・図表の無断転用を禁じます。
治療や療養についてかかりつけの医師や医療スタッフにご相談ください。

このページの
TOPへ ▲