糖尿病と妊娠
2013年08月15日
妊娠を経験した糖尿病女性の素晴らしい人生
2011年1月、第5回目の本稿に私は「糖尿病女性とリリーインスリン50年賞」と題して、50年インスリン治療を続けた糖尿病の方に贈られる素晴らしい賞があることと、受賞者に女性が多く、妊娠を経験し良いコントロールを守り続けた方が多いことをお書きした。
今回もまたインスリン50年賞にちなんだものであるが、授賞式にお孫さんが参加なさって会をもり立てていた。
妊娠に関して知識が少なく自らの人生について悩みを抱えている人には、勇気と生きる力を与えられるだろうと思われるので又ご紹介しようと思う。
私が東京女子医大糖尿病センターに勤務中の1980年代の事である。鹿児島で活躍している糖尿病学会の友人河野泰子先生からお電話を頂いた。
「10歳発症の1型糖尿病で病歴がもう20年以上になっている方であるが、20年を超えても妊娠継続は可能でしょうか」という大変患者さんを思う心のこもった質問であった。
私は「糖尿病暦が20年でも30年でも、ひどい増殖網膜症や腎臓機能が低下してしまった腎症をもっておらず、血糖コントロールさえ良ければ、何ら問題は無い」とお答えした。
1型糖尿病の中には、1歳や2歳で発症する方がいて、結婚適齢期になるともう病歴は、20年や30年になるのであるが、私の妊婦治療経験例の中でこの症例は長い罹病期間をもつ最初の方であった。
主治医の河野泰子先生は「合併症が全くないので妊娠を継続させます」と大変お喜びの様子であった。その後無事出産された報告は受けたと思うが、東京と鹿児島という空間的距離もあり、そのことをすっかり忘れていた。
それから約32年経た2012年11月7日、第10回リリーインスリン50年賞の受賞式に参列して、私は嬉しい悲鳴を上げてしまった。
付き添いで見えた河野泰子先生に「32年前先生にアドヴァイスを頂いて妊娠を成功させた方が50年賞を頂くのです」と紹介されてとても嬉しかった。
生後5ヵ月のお子さんを抱いたお嬢様は「世界で一番大きな愛を与えてくれた存在です」と母親を尊敬していますと話され、50年賞受賞者のご本人は「早く孫と話をしてみたいので、少しでも長生きをしたい」ととても和やかな雰囲気であった。
2012年度の受賞者は全員11名で、女性8名男性は3名であった。
女性の殆どの方が妊娠、出産を経験されて居り、「妊娠中は健全なお子さんをもつ為に血糖正常化が常識で有り、分娩後はそれを人生に演繹して良いコントロールを保って、合併症の無い一生を送ること」という私の主張し続けた哲学が、皆様の中に生きているように感じられた。
医療者における糖尿病の対応は年月とともに大きく変貌している、この席上に多くの1型糖尿病患者さんがいらっしゃるが、この方々は健全な診断の下にインスリン治療が開始されたわけである。
昭和の初め、1型糖尿病の急激な病状の変化を疫痢と診断され命を救えなかった時代でもあったと教えられている。お孫さんと一緒に参加出来るインスリン50年賞受賞式に参列して、医学の進歩を私自身もこころから感謝せずにはいられなかった。
糖尿病があってもコントロールさえ,きちんとしていれば結婚も妊娠も普通に出来、人生にマイナス点のない事を示すエッセイがあるのでご紹介したい。
この二人の1型糖尿病のエッセイは私の勤務する糖尿病センターの会報に書いて下さったものであるが、許可を得て転載させて頂いた。彼女ら二人は1型糖尿病の患者会活動を真摯に、真面目に、立派に行っているのである。
1型糖尿病患者になって
尾白登紀子 飯田智恵
私と飯田さんは30年来の1型糖尿病患者です。そして一番分かりあえる大切な友だちです。私たちには親友になるよう運命づけられていた共通点があります。
1つは同じ年頃で病気を発症したこと、2つめは東京女子医科大学糖尿病センターで大森先生に出会ったことです。
血糖のコントロールが今ほど容易ではなかった1980年代当時、糖尿病をもちながら妊娠・出産をすることは不可能と思われていました。私たちも妊娠中に子どもを失うという悲しい経験をして、藁をもすがる気持ちで大森先生を訪れました。
厳しいご指導でしたが温かく見守ってくださり、元気な子供を授かりました。先生は糖尿病のコントロール、妊娠・出産という大仕事を一緒に乗り越えて下さっただけでなく、私たちの人生をも変えました。それが3つめの共通点です。
飯田さんは出産後「感謝の仕様がない」と先生にお礼の手紙を書くと、先生は「私に感謝するのではなく、あなたにはできることがありますよ。体験して大変だったこと、子どもを授かって嬉しかったことを伝えなさい」とお返事を下さったそうです。
そして飯田さんは患者さんのために患者会活動を行い、多くの患者さんを支え励まし続けています。
一方私は、病気を一人で抱えて悪戦苦闘しましたが、或るとき病気があるのが自分、その自分ができることは何かと考え、「糖尿病を治す研究者と患者をつなぐ」(注1)活動を始めました。
その後、大森先生を起点とする糸が繋がり、飯田さんと私は出会いました。それまでは知らない者同士でしたが、出会うとすぐに私たちはまるで双子の姉妹のように仲良くなり、今までの経験を本にしようと、患者さんの体験談集「ぼくの、わたしの、1型糖尿病のこと話しました」(注2)をつくりました。
最後の共通点は、私たちは糖尿病であることを受け止め、糖尿病であるからこそできることを頑張っていることです。方法は違っても目指すゴールは同じ、だから私たちは一番分かりあえる大切な友だちです。
(注1)http://www.traum3.jp/csr/csr1/
(注2)この本は1冊2000円で日本IDDMネットワークから入手できます。メール、電話、またはFAXにて、「ぼくの、わたしの、1型糖尿病のこと話しました」を希望する旨、下記までご連絡ください。
認定特定非営利活動法人日本IDDMネットワーク
電話・FAX 0952-20-2062
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