DMオピニオン
2017年08月14日
第19回 1型糖尿病は僕の性格をも形成する
かくも不平等な社会である。
突然、こんな考えが、僕の頭の中から湧いてくる。
お金持ちは、永久にお金持ちだし、頭の良い人は永遠に頭が良い。幸せな人は、その幸せをオーラのようにずっと纏っているし、1型糖尿病で金のない僕は死ぬまで1型糖尿病で金がないのかもしれない。
僕の人生は、なんて不幸な人生なのだろう……。
既に僕は、20代の半ばを過ぎてはいたけれど、まだ而立(じりつ)の30代にはなっていなかった。
トップセールスを目指す
仕事のし過ぎだ、と自分で誇張するのも恥ずかしいけれど、明らかに僕は無駄に仕事をし過ぎていた。休日はほとんど休むことなく出社したし、その休日出社の夜にだけ彼女とご飯を食べにいった。
そんな忙しい毎日のおかげで、僕はかなり被害妄想になっていた。車のボンネットに小さな傷を見つければ、間違いなく誰かにドライバーで突かれたと確信し、ペン型のインスリン注入器の針や血糖測定器の穿刺針を新しいものに変えずに使っていたから、何か変な病気に感染しているのじゃないだろうか、と不安にもかられる。
けれども、こういった被害妄想を乗り越える元気は、少しだけ残っていた。
そう、僕はいつもの質問に立ち返る。
HbA1cが上がっても、僕はトップセールスになりたい? or not?
YES。僕はトップセールスを目指す。
ただ、そう決意をすると、悲しいことに、今度は被害妄想が焦りへと変わっていく。
僕には残された時間が少ない……。
人生最後の日に何をするか
当時の僕は、この焦燥感を言葉で表すことはできなかったけれど、のちにアップル創業者のスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の講演で見事に代弁してくれたように思う。感銘を受けた素晴らしい講演だった。
Remembering that I'll be dead soon is the most important tool I've ever encountered to help me make the big choices in life.
'You've got to find what you love,' Jobs says(Stanford News)
「今日が人生最後の日ならあなたは何をしますか?」
少し意訳が過ぎるけれど、全体的な解釈はこれで間違いないだろう。
そう、今日が僕の人生最後の日でも、僕はできる限り車を売りたいし、できる限りお客さんの家を訪問して、できる限り話しをするだろう。断られたって構うもんか!
いくら1型糖尿病だからって絶対後悔などするものか!
しっかりインスリンも打つ。
今日が僕の最後の日でも、できる限りやるのだ!
そんな空回りしたモチベーションが上がれば上がるほど、時間がない、という焦りは続いた。
そして、いつもタイミング悪く、「あのー、このトラブってるお客さんはどうやって……」と病気とは無縁な体育会系の後輩が聞いてくる。
うるさい!自分で考えろ!と僕は言い返す。
「疲れてると顔に書いてあるぞ、おまえの顔!」と車の売れてないメタボな同僚から言われれば、
冗談なんか言ってる時間もないだろ、この野郎!と僕は言い返す。
ただ、そんな時でも、お客さんからかかってきた電話に出れば、
「今日は良い天気ですねぇ、どうなさいましたぁ〜?」
と僕はかなり丁重に対応する。
もちろん、上司から質問されれば、「はい、現在、その案件については対応中で、一両日中に結果がわかります」
と即座に返答する。
そう、きっと、この頃の僕は、「商売性人格障害」だったに違いなかった。
仕事と治療の両立
入社4年目くらいから僕の輸入車の販売台数は急激に上がっていった。インスリン依存型の人の高血糖の原因は、実は食事だけではなく、低血糖を起こしたことによる反発が原因だったり、何もしなくても深夜に勝手に血糖が上がる暁現象(用語辞典▶)が原因だったりするのと同様に、僕の販売台数も色々な要因が重なって伸びていったように思われた。
お客さんとは不思議なもので、売れてる営業マンから車を買いたくなり、売れてない営業マンからは買いたくないものだ。では、どうやって売れている営業を見分けるのか?ということになると、やはりオーラが出ているのだ。売れている営業は売れているというオーラが。つまり、売れている営業マンは「多忙」というステッカーが貼られたスーツを着ているように忙しく働いているし、にもかかわらず身だしなみがビシッとしているのだ。
それは靴底を見ればわかる。靴底の減った靴を履いているトップ営業マンは、恐らく誰一人としていない。その反対に、売れていない営業マンは、靴底の減った靴を履いて、自分でも気づかないうちに、売れないビームを放出してしまっているのだ。
寂しいけれど、売れないスパイラルに入ってしまうと営業は本当に地獄である。まるで、泥沼に吸い込まれて、手足をもがけど、何もできずに沈んでいく蟻地獄だ。逆に、売れている営業の顔は本当に充実している。会社の他の部署に比べて、達成感を感じやすいのが営業という職種だと僕は思う(だって、他の部署と違って、成績表は数字で表されて、おまけに社内で公開されるのだから)。
時間がない……という強迫観念にかられていた僕は、月一の糖尿病の通院も忘れて、仕事に没頭していたのだった。そして、白い巨頭に新しく赴任した僕の担当のDr. は、そういう僕の性格を十分わかっていたようだった。
(つづく)
もくじ
- 第1回 あなた、一生、インスリン注射が必要です
- 第2回 人前で低血糖になるな
- 第3回 就活と見えざる何か
- 第4回 消えたインスリン
- 第5回 消えたインスリン その2
- 第6回 アルバイトの経験
- 第7回 大学での部活
- 第8回 社会人1年目、罹病10年目、マグネットへの羨望
- 第9回 1型糖尿病(23歳、男)の性
- 特別寄稿「被災した糖尿病患者さんへ」
- 第10回 表彰状の行方
- 第11回 トップセールスへの道 ―超速効型の登場と低血糖―
- 第12回 仕事に打ち込む夏 ―データか、センスか―
- 第13回 お酒と血糖値と現実と
- 第14回 恋人ができるまで
- 第15回 低血糖との戦い
- 第16回 徐々に襲いかかる合併症
- 第17回 インスリン注射の早わざ
- 第18回 糖尿病とカンセン
- 第19回 1型糖尿病は僕の性格をも形成する
- 第20回 一生続く不安と、どう向き合えばいいのか
- 第21回 5年後の自分とセールスという仕事
- 第22回 朝の血糖値と覚えてない低血糖
- 第23回 シックデイの苦しみ
- 第24回 1型糖尿病と自律神経と運動
- 第25回 超えられる壁 越えられない壁
- 第26回 1型糖尿病のポテンシャル
- 第27回 心のそこにあるモチベーション