DMオピニオン

インスリンとの歩き方
著/遠藤 伸司

2017年04月18日

第17回 インスリン注射の早わざ

第17回 インスリン注射の早わざ

 長年、インスリンを打っていると、どうも自分流のクセがついてしまっていた。そう、簡単に言えば、面倒なことはすっ飛ばし、インスリンを、いかに早く、いかに他人にバレずに打てるか。それが仕事も忙しく、インスリン依存型の1型糖尿病の僕にとっては、最大のテーマになっていた。

自己流の打ち方

 昼飯は、よく立ち食いうどん屋に行った。だが、立ち食いうどん屋には、ほとんどトイレもないし、カウンターだけの狭い店内で、どうやったら、手早くインスリンを打てるというのか。

 椅子のある牛丼屋でだって、お腹を出して血糖測定などすれば、間違いなく隣りの人はジロジロこちらを見る。あるいは見て見ぬふりをしながら、素早く視線を送ってくる。僕との席の間隔を少し遠ざけながら、隣人は慌てて牛丼をかきこむのだ。僕が何か悪いことでもしたのだろうか……。

 現在、多くのインスリン患者さんが使っている、あのカチカチ回すダイヤル式のインスリン注入器は、プレフィルド/キット製剤(製品一覧へ ▶)とか、カートリッジ製剤(製品一覧へ ▶)と呼ばれる。

 インスリンを打つ前には、注入器の先端をまずアルコールで消毒して、専用の針をクルクル回して取り付ける。そして注射を打つ部位の皮膚の表面をアルコール消毒する……これが、病院で教わった正しいやり方だ。

 確かに昔は、きちんとトイレに入って、上着を脱いでズボンを下げてから、お腹か太ももをアルコール消毒して、そこの皮膚をつまんでから、僕は用心深く注射をしていた。

 ところがインスリンの注射を続けて十数年ともなると、最近は、トイレにも行かなくなったし、立ち食いうどん屋でも牛丼屋でも、目をキョロキョロさせながらズボンのチャックをサッと下ろして、そのまま太ももの内側にブスッと刺すのが僕の流儀になっていた。いや、流儀なんてカッコいいものじゃない、そんなに自分をカッコよく見せようとするのは、悪いクセだ。ずぼらな僕の手抜きの習慣になっていた。

インスリンの空打ち

 まるで、ドラマに出てくる医師が注射の前にピューと注射液を飛ばすように、インスリンを打つ前には、インスリンが注射針からきちんと出ることを確認する必要がある。そのために、まずはインスリン注入器に注射針をセットし、ダイアルをカチカチ回して2単位に合わせて、ボタンを押してインスリンが出ることを確認する必要がある。こういう作業は、インスリンを打っている糖尿病患者が皆、毎回するべき作業だ。Wantではなく、Needであり、Needよりも、Mustなのである。

 なぜなら、万一インスリンのカートリッジ内に気泡が多く溜まっていたりすれば、ちゃんとインスリンが出てこないこともあるのだ。また、針のつまりが原因でインスリンが出ないことだってある。これは僕も何度か経験をしたことだ。せっかく面倒なインスリンを注射しているのに、インスリンが体に入っていなければ、まさに骨折り損のくたびれもうけになる。

 けれど、仕事が忙しかった頃は、僕はこの注射器の空打ちもほとんどやっていなかった。空打ちなどすれば、他人の眼に触れてバレてしまうし、素早く打つこともできないからだ。ズボンのチャックを開けて、ちょうど見える太ももの内側にブスッと確認もしないで注射をしていた。その結果、20単位打っていた超速効型のインスリンの単位(量)も、もしかしたら14単位くらいしか体に入っていなかったかもしれない。

 そもそも、ずさんな僕は先端の針も付けっ放しにしてインスリン製剤をズボンのポケットに突っ込んでいたし、針などは10回以上打ってから新しい針に変えるような患者だったから、インスリンが全く出てないケースもあったかもしれない。アルコール綿で拭くこともしないから、ワイシャツの白い裾やスーツのポケットには、時々出血した血液がついた。そして、血液はクリーニングに出しても取れることがなく、うす茶の染みとなって残った。だから毎朝、その染みを見ながら、僕はスーツのズボンに足をとおす。そして僕はその染みに「1型糖尿病の勲章」と名前をつけたのだった。

糖尿病指導室へ

 清潔な注射針を使うことと、空打ちはとても大切である。インスリンの使用説明書には、このことが最初に、デカデカと太文字で書いてあるのだ。決して欄外の注などではない。かなり優先順位の高い項目なのだ。「初心忘れるべからず」とは、まさに当時の僕のためにある言葉だった。

 それが分かっていたのに、我流のインスリン注入を続けていた僕は、ある日診察後に、「遠藤さん、こちらへどうぞ……」と看護師さんから糖尿病指導室と書かれた部屋へ呼び込まれたのだった……。

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