私の糖尿病50年-糖尿病医療の歩み

33.神経障害のビタミン治療

1. 神経障害は足に多い
 糖尿病の3つの合併症で自覚症状の強いのは神経障害である。足趾や足底のしびれ、嫌な感じ、靴の底に厚い縮緬を敷いているような感じ、足の底に紙が貼ってあるような感じ、ゴムまりの上にいる感じなどである。感覚が次第に鈍くなり、ついには感じなくなってしまう。足が冷たくて夏でも毛糸の靴下を履いている人もいる。足の症状が多いのは足に分布する神経線維はもっとも長いので、長ければ損傷を起こすことも多くなるために足の感覚異常が多いと説明されている。

 糖尿病の人達は、血糖が高くても苦痛はないが、神経障害でさいなまされるのがつらい。内服してすぐ苦痛がなくなる薬があればよいが、それもない。

 1951年に米国のクリーブランドの医師が4人で糖尿病の神経障害の本を出版しているが、そこに記されている治療法は、ビタミンや肝臓エキスの他は少量の睡眠薬やコデインなどである。

2. 日露戦争では戦死よりも脚気死が多かった
 わが国では江戸時代末期より白米食による脚気が多くなり、日露戦争では戦傷病死者3万7,200余名の中、脚気で死亡した人は2万7,800余名、74.7%であったという。総監の森林太郎が面子・体裁から誤った学説に固執し麦飯食を採用しなかったのが原因で、死亡された方々には申し訳ないことであった。多くの兵士を犠牲にしたことを思い乃木大将は自害した。海軍は高木兼寛の麦飯で脚気死は激減した。このような事情があったので、鈴木梅太郎博士が米糠からオリザニン(VB1)を発見したのに、東京の内科医は冷ややかな目で使ってみようとはしなかったという。しかしそれが脚気に卓効があることが関西で証明され、それから急速に全国に広まり、何にでもVB1が用いられるようになった。
3. ビタミンB剤の治験
表 糖尿病性ノイロパチー調査

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 1960年頃になると多くのビタミン剤が開発された。VB1のみならずVB12(シアノコバラミン)も悪性貧血のみならず神経障害にも有効ではないかと治験を依頼された。

 最初は三共KKのヒドロキソコバラミンであったが、当時我々は神経障害について関心が低く、したがって治療効果については、ビタミン剤投与前と後とで症状を示した調査票に○印を付けてもらい比較した。近年はnarrativeが流行しているが、当時の報告(新薬と臨床 13巻7号:719-722,1964)をみると11人の方々の経過の要約が掲載されている。ヒドロキソコバラミンは1960年にシアノコバラミンに較べて強力と米国から報告された。1日1000μgを連日皮下注射し神経痛様疼痛のあるものでは全例に効果を認めた。知覚麻痺の改善されたのは11人中1名で、腱反射の改善されたのは2名であった。無効の症例にはVB1やVB6の併用を行った。

 ヒドロキソコバラミンの注射剤治験が終わると山之内製薬からその経口剤(Y-400)の治験を依頼された。

1錠50μgで1日9錠(450μg)を服用さし、著効:すべての神経症状が完全に消失し、しかも容易に再発しないもの。有効:一部の症状が完全に消失し再発のみられないもの。やや有効:一時的改善のみられたもの。無効:全く変化のみられないもの。
このような判定基準で18例をみると著効2例、有効8例、やや有効6例、無効2例であった。腱反射が改善したもの9例、不変8例、憎悪1例であった(診療と新薬 2巻11号:1965)。
4. 神経伝導速度(MNCV)測定の導入
図1 1950年代のボストンのジョスリン・クリニック(右)

中央はジョスリン公園、正面はデアコネス病院
 症状の消失を指標とする治験には客観性がないことを感じていた。電気生理学的にMNCVを測るのはジョスリン・クリニックの関連施設で糖尿病の人が腕に針電極を刺され、通電すると筋肉が収縮し針が動くので、痛さに顔をしかめ悲鳴をあげているのを見たので、患者さんにあんな痛い目を逢わすことはできないと思っていた。ところが電気生理領域の研究をやった三田正紀博士が針を刺さないでも皮膚の表面の電極でできることを教えてくれ早速その装置を糖尿病外来に入れた。

 VB3剤の合剤ビタメジン(ビオタミン25mg、B6 25mg、B12 250μg)の治験を終えて、注射用ビタメジンの治験を依頼されたときはMNCVの測定を行った。3m/秒以上の改善を示したのは筋注では13例中2例で他は不変か低下を示した。静注用のビタメジン(B1 100mg、B6 100mg、B12 1000μg)を静注し10、30、60分とMNCVを測定した。25例について測定し全体の平均では10分後 +1.9%、30分後 -0.2%、60分後 +0.9%で、有意の変動は認められなかった(ビタメジン文献等 1、5-8:1966)。

5. 振動覚閾値の測定
 神経障害の判定になるべく客観指標を摂り入れるために振動覚の閾値を測ることを試みた。図2のようにゴム球を振動させる測定器を作った。しかしこの器機では振動するとその音が耳から先に聞こえてわかるので、使用できなかった。この振動覚測定は図3の機械ができるまで10年以上待たねばならなかった。
図2
図3
 それからもドセラン錠(中外製薬)、coenzymeB12(エーザイ)、O-Butyrylthiamine(田辺製薬)、ピリドキサールリン酸(山之内、ピロミジン)、B合剤ビトレン(田辺製薬)、ノイロビタン(藤沢薬品)、アデホスB12(興和)、ビタノイリン(武田薬品)、ビリドキサールホモチステインなどの治験も行った。これら治験を通し、症例を注意深く観察しよく問診することを学んだ。

 弘前大学に移ってからは東北地方や水戸の糖尿病クリニックも一緒になってダブル・ブラインドの治験も行った。ビタメジンの治験では終わりに近づいた頃に開かないで欲しいという会社側からの希望があり、治験医師を廻って事情を説明し、もう一度同じことをやり開鍵して差が出て、ビタメジンの命はつながった。

 治験の結果を判定する委員には色眼鏡で見る人もいる。著者は1970年代の丸山ワクチンブームのとき癌の臨床家が治験をやらないのをみて研究班を組織し289症例について二重盲検試験をやった。有効だった膵癌例をそんなに長生きしているのは誤診だろうと勝手に判定して結果を歪曲しようとした審査委員に大いに怒ったことがある。当時の癌臨床家はまみれていた。

(2005年09月03日更新)

※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。

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