糖尿病の治療に使われているインスリン製剤は、タンパク質由来のバイオ医薬品なので、熱による変性が起こりやすい。夏に保管するときは、温度や遮光などに十分に注意する必要がある。
インスリンは高温に弱い
インスリン療法は、糖尿病患者の不足しているインスリンを、体外から注射やインスリンポンプで補給して血糖値を下げる治療法。1型糖尿病患者では必ず必要で、2型糖尿病患者でも飲み薬だけでは血糖コントロールが改善しない場合などに、効果的な治療法となる。
インスリンは、膵臓のβ細胞でつくられるホルモンであり、タンパク質が主体となる。そのため、過度の高温や低温になると、変性して立体構造が変化し、薬理作用が弱まってしまうおそれがある。そのため、インスリン製剤は高温や凍結を避けて保管する必要がある。
タンパク質の変性とは、卵を焼くと白くて固くなるように、熱などの刺激によりタンパク質の性質が変わってしまう現象だ。
夏場は冷蔵庫や保冷剤の活用も検討
インスリン製剤は、使用開始後に「室温」で保管できるが、この室温というのは、日本薬局方で定められた「1~30℃」のことだ。しかし、部屋の温度は季節により変動し、夏場に30℃を超えるような気温になることは珍しくない。
日本でも夏の平均気温は過去30年間で上昇しており、気温が30℃を超える日は多い。気象庁のデータによると、たとえば東京では2020年8月には、最高気温が30℃以上の真夏日はほぼ毎日で、うち最高気温が35℃以上の猛暑日は10回あった。
夜になっても30℃を下回らない日も少なくない。室内の温度が30℃を超える、つまり「室温」の範囲内から外れることは、頻繁に起こりうる。
30℃を少し超えたからといって、それだけでインスリン製剤がすぐに変質してしまうというわけではない。たとえば、真夏の数週間の期間、日中の数時間ほどが30℃を超える程度であれば、大きな問題は生じないと考えられる。
しかし、風通しの悪いマンションの部屋で、7~9月に夜間も30℃を超えるような場合には、冷蔵庫や保冷剤の活用を考えた方が良いケースもある。
インスリン製剤を冷蔵庫で保管するときは凍らせないよう注意
高温下で保管されていたインスリン製剤は、適切な温度で保管されていたものに比べ、効力が低下し、血糖値の低下幅に差が出てくるという報告がある。
使用前のインスリン製剤は、添付文書に記載されている保管方法を守り、冷蔵庫などで「2~8℃で保管する」。
その場合に注意が必要なのは「冷やし過ぎて凍らせない」ことだ。インスリンが凍結すると、変性が起こったり、カートリッジが破損するおそれがある。
使用開始前のインスリン製剤を、冷蔵庫(2~8℃)で保管するときの注意点
■ なるべく冷蔵庫の手前側やドアポケット、野菜室など、凍結のリスクが低い場所を選ぶ。
■ フリーザー内や吹き出し口からの冷風が直接あたる場所に置かない。
■ 冷蔵室内を「強冷」に設定すると、凍結するおそれがあるので、冷やし過ぎないようにする。
■ 凍ってしまったインスリンなどは、作用時間が変わるなど品質を保てなくなっているので、使用しない。
使用前にインスリン製剤を確認する。変色していたり、かたまりや薄片が見えたり、懸濁製剤を混和しても均一に白濁しないなどの場合は、変成している可能性があるので、使用せず、新しい製剤を使う必要がある。
使用中のインスリン製剤を熱から守る方法
使用開始後のインスリン製剤は、常温で保存できるが、やはり直射日光を避けることはもちろんのこと、保管場所には温度変化の少ない涼しいところを選ぶなどの対応が必要となる。
とくに、(1)自動車の中、(2)直射日光が当たる場所、(3)海水浴場、キャンプ場などは高温になりやすいので注意が必要だ。
製剤の適正な保管温度を保つために、受診後帰宅するまでに手荷物として持ち運ぶことがポイントとなる。とくに駐車した自動車の中は50℃以上になることがあるので、放置しないようにしよう。直射日光があたる窓際だけでなく、日の当たらない後部座席でも、夏には40℃以上になることがあるので注意が必要だ。
夏の旅行など炎天下で長時間持ち歩く時は、保冷バック(凍結保冷材)を活用する。冷蔵庫で冷やした保冷剤を、製剤に直接ふれないようにタオルで包み、いっしょに保冷バックに入れよう。
500gの保冷剤を使用すると、約5時間にわたり30℃以下で保管することが可能になる。保冷バックや保冷剤は100円ショップなどでも購入できる。
保冷剤の用意がない場合には、▼冷たい飲み物のペットボトルをインスリンと一緒に入れる、▼ポリ袋に入れたインスリンを湿らせたフェイスタオルで包み気化熱で保冷する、といった方法が役立つ。
インスリンの自己注射をするときには、インスリン製剤の外観に変化がないか、空打ちを問題なくできるかを確認することも大切だ。
インスリン プレフィルド/キット製剤 |
使用中も冷蔵庫での保管も可能な製剤もある("くすりのしおり"や"患者向医薬品ガイド"を見たり、薬剤師に尋ねるなどして確認する)。
注射針は必ず外し、遮光で保管し、凍結にも注意すること。注射の前に常温に戻す。外観のチェック、空打ちをして、異常がないことを確認する。
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インスリン カートリッジ製剤 |
使用中は冷蔵庫に入れない。高温を避けられない場合は、保冷剤を使うことも考える。
冷凍庫で凍らせた保冷剤は使わず、結露にも注意する。
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GLP-1受容体作動薬 |
GLP-1は、食事の摂取にともない、消化管から分泌され、膵臓のβ細胞に作用してインスリン分泌を促進するホルモン。「GLP-1受容体作動薬」は、GLP-1受容体を活性化して、GLP-1同様の生理活性をもたらす。
GLP-1受容体作動薬(ビクトーザ、ビデュリオン、バイエッタ、リキスミア、トルリシティ、オゼンピック)も、夏場の保管では、インスリン製剤と同様の注意が必要だ。
GLP-1受容体作動薬もバイオテクノロジーを用いて作られるタンパク質由来のバイオ医薬品であり、高温には弱い。使用開始前は冷蔵庫(2~8℃)で、使用開始後は室温(30℃以下)で保管する必要がある。
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インスリン製剤 GLP-1受容体作動薬 相談窓口
インスリン製剤やGLP-1受容体作動薬の取り扱いについて、製薬各社が相談窓口を設けている。
患者の個々の健康や治療内容など医療行為に関わることは、かかりつけの医療機関に確認する必要があるが、それ以外の自社製品の適正使用、保管温度や使用可能日数などについては答えてもらえる。
■ 日本イーライリリー
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Tel.0120-245-970
Tel.078-242-3499
製品に関する問合せ 月~金 8:45~17:30
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参考ページ
Managing Diabetes in the Heat(米国疾病予防管理センター 2021年3月26日)
「高温環境下でのインスリン製剤の保管に関する提案(適正使用推進委員会)」について(日本くすりと糖尿病学会)
[ Terahata ]