量子科学技術研究開発機構は、採血なしに血糖値を測定する技術を開発したと発表した。同機構が得意とする最先端レーザー技術を応用し、中赤外レーザーを指にあてるだけで血糖値を測定するというもの。国際標準化機構(ISO)が定める測定精度を満たすことを確かめた。
測定装置は手のひらサイズで、光を発するくぼみに指を置くと5秒で測れる。
今後は臨床研究でPOC(概念実証)を取得するという。新たに立ち上げたベンチャー企業で事業展開し、研究成果の社会還元を目指している。
レーザーを指にあてるだけで血糖値を測定
量子科学技術研究開発機構は、量子ビーム科学研究部門関西光科学研究所量子生命科学研究部レーザー医療応用研究グループの山川考一グループリーダーらが開発した高輝度中赤外レーザー(波長:6μm〜9μm、μは100万分の1)を用いた、採血なしで血糖値を測定する技術(非侵襲血糖測定技術)の実用化を目指すベンチャーを立ち上げた。
近赤外光などを用いた、採血なしに血糖値を測定する技術の開発は、20年以上にわたり行われており、製品化を目指した開発も行われているが、糖以外の各種の血液中の成分(タンパク質、脂質など)や環境条件(体温など)の影響を大きく受けるため、臨床応用に必要とされる十分な測定精度を得ることはできていなかった。
近赤外光を用いて非侵襲で血糖値を測定する場合、生体上皮の毛細血管まで到達しやすいものの、たとえば波長1.5μmの光に対するグルコースの吸収に起因する光強度の変化率はわずか0.4%程度に過ぎない。
それに対して、中赤外領域では、特定の物質のみに選択的に光エネルギーを吸収させることができるため、容易にグルコースの吸収を計測することが可能となる。
しかし、セラミックヒーターなどの従来光源は、中赤外領域での輝度が極端に低いため、血糖測定に必要とされる十分な精度を得られていなかった。
血糖値を測定するために血糖自己測定(SMBG)が広く行われているが、現在行われている血糖測定法は、指などを針で刺して採取した血液を測定するため、煩わしさとともに苦痛や精神的ストレスなどがある。
また、穿刺針やセンサチップなどの消耗品のコストが高く、年間約20万円/人の経済的負担を強いられているという。
糖尿病患者のみならず、患者の血糖測定を行う医療現場でも、採血にかかる負担を低減し、ひいては診断および治療のスピードアップのため、精度が高く、コストのかからない非侵襲の血糖値センサーが求められている。
手の平サイズの高輝度中赤外レーザーの開発に成功
そこで山川考一グループリーダーらは、反射率の高い鏡を向かい合わせた「共振器」の中に非線形光学結晶を設置し、光を結晶に照射し、その光よりも波長の長い2つの光で発振する「光パラメトリック発振(OPO)技術」を応用した。
この技術と、固体レーザーの最先端技術と組み合わせることで、世界ではじめて手の平サイズの高輝度中赤外レーザーの開発に成功した。
測定精度は、一定の条件の下、国際標準化機構(ISO)が定める(血糖値75mg/dL未満では±15mg/dL以内、75mg/dL以上では±20%以内に測定値の95%以上が入っていることが条件)を満たすことを確かめた。
開発した測定装置は手のひらサイズで、光を発するくぼみに指を置くと5秒で測れるという。
ベンチャーを設立 小型センサーを事業展開
同機構はこのほど、この最先端レーザーをコア技術とした同機構発第1号ベンチャーの「ライトタッチテクノロジー」を設立。
今後、大学病院などで糖尿病患者を含めた臨床研究を実施し、POC(概念実証)の取得を目指す。このPOCの取得により、ヘルスケア、医療機器メーカーとの協業を進め、治験、薬機法承認を経て、病院から一般家庭まで広く普及できる小型の非侵襲血糖値センサーを事業展開させることを目指している。
同機構初のベンチャー誕生は、平成25年度文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)において、山川考一グループリーダーのプロジェクト「中赤外レーザーを用いた非侵襲血糖測定器の開発」が採択されたことでその第一歩を踏みだした。
START終了後は、大阪商工会議所の医療機器開発促進プラットフォーム(産学医連携促進や事業化支援)の活動が、ベンチャー設立を加速する役割の一部を担った。大阪商工会議所は、今後もさらなる事業展開をサポートする予定だという。
量子科学技術研究開発機構
[ Terahata ]