「SGLT2阻害薬」によって治療をした糖尿病患者は握力が向上するという研究が発表された。SGLT2阻害薬を飲みはじめて直後から血糖コントロールが改善し、体重が減少するが、2ヵ月以上経過するとグリコーゲンなどの代謝に変化が起こり、筋肉でエネルギーが使われやすくなる可能性があるという。
糖尿病患者の体力が向上する可能性
「SGLT2阻害薬」の使用を始めると、血糖値が下がりHbA1cが改善し、体重が減少する。服用を始めた直後と約3ヵ月後を比較すると、脂肪やグリコーゲンの代謝に変化が起こり、結果的に握力が向上するという新たな研究仮説が発表された。SGLT2阻害薬によって糖尿病患者の体力が向上する可能性を示唆する画期的な仮説だ。
SGLT2阻害薬は、膵臓に働きかける糖尿病の治療薬と違い、「糖」が腎臓から再吸収されるのを阻害し、外に出すことで血糖値を下げる、新しい作用機序をもつ治療薬。日本では2014年から治療に使われている。
SGLT2阻害薬は、主に腎臓の近位尿細管に作用し、尿に含まれる糖の再吸収させるSGLT2を阻害することで尿中への糖排泄を促し血糖値を低下させる。正常の血糖値になれば、必要以上に尿糖を排泄することはない。SU薬やインクレチン関連薬などと異なり、インスリン分泌には作用しないことが特徴のひとつだ。
SGLT2阻害薬の服用3ヵ月後に握力が向上
HDCアトラスクリニック院長・日本医科大学客員教授の鈴木吉彦氏らの研究グループは、SGLT2阻害薬の投与により2型糖尿病患者の握力が有意に高まるという研究成果を発表した。
従来は、SGLT2阻害薬は筋肉を減らし高齢者ではサルコペニアのリスクが高くなると危惧されていたが、鈴木氏らの研究はこれを覆すものだ。
研究は、2型糖尿病患者112人(男性92人、女性20人)を対象に行われた。男性は、平均年齢62.8歳、投与前BMI25.6、投与前HbA1c7.0%、女性はそれぞれ、65.2歳、24.5、7.3%だった。
SGLT2阻害薬である「イプラグリフロジン」「ルセオグリフロジン」「ダパグリフロジン」のいずれかを最低4週間投与し、平均10.3週間観察した。
その結果、男女ともに左右の握力が有意に向上していた。
SGLT2阻害薬によりエネルギーのバランスがセットアップ
鈴木氏はこのSGLT2阻害薬による握力の向上という作用機序を「Set-Point Change」という新しい理論で説明している。
それによると、投与初期には、糖分が尿中に放出されエネルギーを失うことでグリコーゲンや脂肪の分解(異化)が強くなり、体重が減少する(図の青い線)。
投与を続けて3ヵ月以内は、インスリン感受性が改善し食後高血糖が改善し、β細胞が活性化し、食後に一過性の、食後高血糖が抑えられたグルコースカーブからみて相対的な高インスリン血症となるとみられる。すると脂肪やグリコーゲンの合成(同化)が進み、結果として筋肉へのエネルギー蓄積や、筋収縮が必要な時のエネルギー利用も促進される(図の緑の線)。
「SGLT2阻害薬を使いはじめると体重が減りはじめるが、多くの患者では約3ヵ月後には一定になる。3ヵ月後にインスリン感受性が改善しSet-Pointが変化し、それまでのグリコーゲン分解を相殺し、合成を起こしている可能性がある。インスリン分泌が促進されることで、脂肪分解や体重減少が止まり、ケトン体の蓄積も治まるという状態が継続する」と、鈴木氏は説明している。
握力の低下は体全体の体力低下と関連している
握力が衰えてくると、握る、持つ、といった動作がうまくできなくなり、日常生活で困る場面が増えてくる。例えば、「ペットボトルや瓶のふたが開けにくくなった」「買い物袋などを長時間持っていられない」といった困難がある場合、握力の低下が懸念される。
握力の低下は、体全体の体力の低下とも関連している。福岡県の久山町研究では、40代以上の住民を約20年間にわたり追跡調査した。握力が強いグループは、弱いグループに比べ、死亡リスクが約5割も低下するという結果になった(J Epidemiol Community Health 2014; 68: 663-668)。
また、「サルコペニア」とは、加齢や生活習慣などの影響によって、筋肉が急激に減ってしまう状態。サルコペニアの診断は、握力などの筋力に含め筋肉量、歩行速度などを測定して行う。
SGLT2阻害薬により握力が増加するという今回の研究は、高齢者のサルコペニア対策にも役立つ可能性がある。
なお、SGLT2阻害薬の作用機序からまれに「多尿による脱水」「全身倦怠や悪心嘔吐」「薬疹などの皮膚症状」「尿路感染」とった副作用が起こるおそれもある。SGLT2阻害薬を使用中の患者で75歳以上であったり、サルコペニアのある場合や、異常がみられるときは主治医にすぐに相談することも大切だ。
100例以上の症例を調査 再現性の強い研究
今回の研究を行ったのは、鈴木吉彦氏の他、慶應義塾大学循環器内科准教授の佐野元昭氏、同大学腎臓代謝内分泌内科講師の目黒周氏、東京都済生会中央病院糖尿病内分泌内科担当部長の河合俊英氏らの研究グループ。医学誌「Journal of Diabetes」オンライン版に4月2日付けで発表された。
なお、未発表だが、鈴木氏らは75歳以上の男性高齢者でも、SGLT2阻害薬を服薬後に右手握力が増えるというデータをも得ているということだ。
なお、握力が増加するという発表は、症例報告としては金沢医科大学の金崎氏、古家氏らの研究グループも報告しており(Prog Med, 36:229-233, 2016)、あるいはSGLT2阻害薬によって体成分変化の中で、骨格筋筋肉量が増えることについても、少数例の検討で報告があった(Prog. Med, 34: 2229-2235, 2014)。
しかし、今回の鈴木氏らの報告は、100例以上の症例をもって、男女問わず、左右問わず握力が増加したというように、全てp<0.01という、かなりの信頼性の高い科学的根拠を示したという点においては、従来の散発的は症例報告や少数例での検討を統括的に後押しし、再現性が強くありえる事を裏付けている内容としてとらえることができる。
「プラセボ対照がない研究であった点だけは残念ではあったが、もともと予測していなかった臨床研究であったためにやむえない。それでも、当初の予測に反した結果がでたという意味において、エンパレグ大規模臨床研究結果と類似している点が多く、その意味では、信憑性が高い結果であり、社会的なインパクトが極めて高い研究成果であったと考えられる」と鈴木氏は述べている。
Increased Grip Strength With Sodium-Glucose Cotransporter 2 Inhibitors(Journal of Diabetes 2016年4月2日)
HDCアトラスクリニック
[ Terahata ]