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63.糖尿病の性比

 糖尿病が男性、女性のいずれに多いかについては定説がない。動物の自然発症糖尿病は雄だけに起こるもの、雌に多いものなど多様である。

 19世紀のヨーロッパの糖尿病の統計をみると、男性が多く女性が少ない。1861〜1870年のイングランドとウェールズの糖尿病死亡数は男性4273人、女性2223人で1.9:1.0となっている。20世紀初頭のドイツの9つのクリニックにおける糖尿病患者の性比の平均を求めてみると2.4:1.0である。しかしながら1920年以後になると糖尿病は男性よりも女性に多くなる。つまり糖尿病は1920年頃までは男性に高頻度であったが、1930年頃から逆転し女性に多くなっている。この理由については誰も述べていない。筆者は当時の社会情勢の変化をもとに女性の社会的地位向上運動に伴う日常生活の変化が原因ではなかろうかと考えている。

 ヨーロッパでは1910年代に婦人たちが地位向上を求めて婦人参政運動を起こし、フィンランド(1906年)、ノルウェー(1913年)、ソ連(1918年)、英国(1918年)、米国(1920年)で参政権が認められた。この運動は家事労働の軽減や余暇時間の増加、軽食摂取の増加を招いたと思われる。

図1 Underwearの遍歴
Joho Peacock著、バベル・インターナショナル訳:20世紀のファッション、グラフィックス社、1994年より
 しかし、より劇的な変化は衣装に現れているのではないかと考え、Pracockの「20世紀のファッション」を繙いてみた。その中で下着の変化をみると代表的なものを図1に示したように、1904年頃は鯨の髭や硬い木綿のコルセットでウエストを締め上げていた。コルセットを付けていれば食べる量も制限される。地位向上はこの窮屈なコルセットからの解放を求めたに違いない。1920年代になるとかなり開放的になり1930年代にはさらに進んでいる。この窮屈なコルセットからの解放により食事摂取量が増加して糖尿病の増加を招いたと思われる。

 日本臨床内科医会では2000年に糖尿病の合併症の調査を行った。集計された12,821例の年齢・性分布をみると20歳から50代までは女性に糖尿病が少なく、60代、70代になると逆に女性に糖尿病が多くなっている。中年以後に糖尿病が女性に多くなる現象は旧東ベルリンで観察されたことと同様である。中年以後に女性に多くなるのは妊娠に伴う性ホルモンの分泌が誘因であるとすると、わが国でも40代から増加するはずであるが、それがみられない。女性の50歳以後の肥満の増加と関連するのではないかと思われる(表1)。

表1 糖尿病の年齢・性別の分泌

  年齢    男性    女性  性比(男/女)

≦9632.00
10代22510.43
20代74711.04
30代2891402.06
40代4162641.57
50代4563641.25
60代2612391.09
70代60511.17
80代313.0
158711841.34

 わが国では、大戦後の食糧不足を補うために進駐軍に軍の食糧の放出を求めたところ、米国議会への実態報告が必要なのでどのくらい不足か調査するように言われ、急きょ栄養調査が行われた。1947年からは全国的に行われ、栄養調査の一環として行われた国民の身長・体重の平均値も公開されている。調査に協力した人数は限られていると思われるが、毎年ほぼ同様の方式で行われていると推測されるので、この値を用いてBMIを求めた。その数字をプロットしたのが図2である。

 この様式の図を最初に発表したのは1981年であるが、その後折に触れてその後の数字を加えて作図してきた。今回の図には2005年までの数字まで入れることができた。この図は、10代ごとの身長・体重の平均値から求めたBMI値を示してあるが、最下段の曲線だけは20代のものではなく20歳の男子と女子のBMIを示してある。20歳では体型が1950年代の「ずんぐり丸ぽちゃ型」から「八頭身のやせ形面長の体型」に変わったのをみるために、この年齢のBMIの図の最下段に示した。これをみると20歳の男性のBMIは全体としては上昇しているのに対し、20歳の女性のBMIは急カーブで低下して、我々の印象がそのまま数字として現れているのがわかる。近年は横ばいである。

 次に30代以上の男性のBMIについてみると、どの年代でも時代とともに上昇しているのがみられる。つまり男性は肥満傾向にあり、なおそれが続いているということができる。他方、女性についてみると、30代、40代では1970年〜1980年代頃を頂値としてそれから低下しているのがみられる。つまり中年女性が肥満を避けている状況をうかがうことができる。50代女性でもBMIの低下傾向がみられるが、60代、70代になると上昇傾向が続いている。

図2 日本人の年齢・性別BMIの年次推移(1948〜2005年)

 さて、1950年代より糖尿病診療を行っての印象としては、以前は60歳以後の女性の糖尿病はまれであったが、近年は70歳以降の女性の糖尿病が目立ち、しかもインスリン治療を必要とする重症例が多くなっている。

 このようにBMIの上昇、つまり肥満傾向が糖尿病を増やしていると考えられる。

血糖値の年次推移
図3 空腹時血糖値と景気動向指数(CI)の年次推移

後藤由夫(2003)日本臨床内科医会会誌 18:386より引用
 日本人の血糖は、現代に比べて明治時代の人々は低値であったろうと思われる。残念ながら血糖値の測定法が変わったので比較することはできない。そこで我々は真の血糖値を測る時代になってからの血糖値の比較を行った。社会保険新宿第一検査センターでは多数が受診するので、北澤幸夫所長(当時)とともに数年間の空腹時血糖値の平均値を求めたところ、それが年々上昇していくことが判明した。

 別の年報には受検者の年齢性別の検査値の平均値が示されてあったので、それから年次別推移を求め新宿第一検査センターの成績とをつないだのが図3である。女性は男性に比べて5mg/dL以上低いが、両方とも空腹時血糖の平均値は年々上昇していくのがみられた。

 ところがこの上昇は1990年をピークに下降に転じた。筆者はこれは経済のバブル崩壊と関係するのではないかと菊地和聖教授(経済学、当時)に相談し景気動向指数として米国で開発されたcomposite indexを重ね合わせてみた。その結果は図3にみるように驚くほどよく一致した。このことは経済状態が糖尿病の発症にも関係することを間接的に示したもので、それまでこのような経済と病気との関係を明確に示した調査はなかった。

(2009年07月13日更新)

  1. 40分かかって血糖値がでた
  2. 診断基準がないのに診断していた
  3. 輸入が途絶えて魚インスリンが製品化
  4. 糖尿病の研究をはじめる
  5. 問題は解けた
  6. 連理草から糖尿病の錠剤ができた
  7. WHOの問合わせで集団検診開始、GTTでインスリン治療予知を研究
  8. インスリン治療で眼底出血が起こった
  9. 日本糖尿病学会が設立
    そこでPGTTを発表
  10. 糖尿病の病態を探る
  11. 経口血糖降下薬時代の幕開け
  12. 分院の任期を終えて米国へ
  13. 米国での研究
  14. 2年目のアメリカ生活
  15. 食品交換表はこうしてできた
  16. 日本糖尿病協会の出発
  17. 糖尿病小児の苦難の道
  18. 子どもは産めないと言われた
  19. 発病する前に異常はないか
  20. 前糖尿病期に現れる異常
  21. 栄養素のベストの割合
  22. ステロイド糖尿病
  23. 網膜脂血症
  24. 腎症と肝性糖尿病
  25. 糖尿病者への糖質輸液
  26. 糖尿病と肥満
  27. 血糖簡易測定器が作られた
  28. 糖尿病外来がふえる
  29. 神経障害に驚く
  30. 低血糖をよく知っておこう
  31. 血糖の日内変動とM値
  32. 血糖不安定指数
  33. 神経障害のビタミン治療
  34. 糖尿病になる動物を作ろう
  35. 糖尿病ラットができた:無から有が出た
  36. 国際会議の開催
  37. IAPで糖尿病はなおらないか
  38. 日本糖尿病学会を弘前で開催
  39. 糖尿病のnatural history
  40. 薬で糖尿病を予防できる
  41. 若い人達の糖尿病
  42. 日本糖尿病協会が20周年を迎える
  43. 糖尿病の増減
  44. 自律神経障害 (1)
  45. 自律神経障害 (2)
  46. 自律神経障害 (3)
  47. 自律神経障害 (4) 排尿障害
  48. 自律神経障害 (5)
  49. 瞳孔反射と血小板機能
  50. 合併症の全国調査
  51. 炭水化物消化阻害薬(α-GT)
  52. アルドース還元酵素阻害薬
  53. 神経障害治療薬の開発
  54. 人間ドックと糖尿病
  55. 糖尿病検診と予防
  56. 中国医学と糖尿病
  57. 日本糖尿病協会の発展
  58. 学会賞
  59. 糖尿病の病期
  60. 食事療法から夢の実現へ
  61. インスリン治療と注射量
  62. インスリン治療と低血糖
  63. 糖尿病の性比
  64. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(1)
  65. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(2)