1型糖尿病の女性が安全に妊娠・出産するために、新たに開発した「人工膵臓」を活用する臨床試験が英国で行われた。「人工膵臓」は従来の治療に比べ、血糖コントロールを25%改善し、「人工膵臓」を使用した妊婦は全員が無事に出産したという。結果は医学誌「ニューイングランド ジャーナル オブ メディスン」に発表された。
1型糖尿病の妊婦の血糖コントロールは難しい
英国や米国で開発が進められている「人工膵臓」は、1型糖尿病患者の血糖値を自動的に読み込んで、インスリンを投与を自動化したシステムだ。人工膵臓の目的は、患者の負担を最小限にとどめ、最良の血糖コントロールを得られるシステムを完成させることだ。
血糖値は常に変動しており、食事、身体活動、睡眠、ストレス、ホルモン代謝など、さまざまな要因の影響を受けている。インスリン分泌が失われている1型糖尿病患者の血糖値を一定に保つのは容易ではない。しかし、身に付けるだけで血糖コントロールを最適化する「人工膵臓」の開発は進歩している。
「人工膵臓」では最先端のアルゴリズムによって、インスリンポンプから投与するインスリン量を自動的にコントロールする。血糖値が目標値より上昇したり低下すると、CGMのセンサーがリアルタイムに読み取り、同時にアルゴリズムが適切なインスリン量を自動的に調整し投与し、血糖値を一定に保つ仕組みだ。
1型糖尿病の人にとって毎日の血糖コントロールはチャレンジであり、妊娠している女性にとっては特に深刻だ。1型糖尿病の女性が血糖のコントロールが悪い状態で妊娠すると、妊婦自身に、また胎児にもさまざまな合併症が起こりやすい。
妊婦自身に起きる合併症としては、網膜症、腎症、神経障害、低血糖などがあり、胎児は分娩のときに巨大児や奇形なる危険性が高まる。血糖コントロールを改善すれば、これらの合併症を防げることが分かっている。
「妊娠している1型糖尿病患者の血糖コントロールは特に難しいのです。妊娠期間にホルモン分泌は複雑に変化し、適切なインスリン投与量を予測するのが困難になります」と、ケンブリッジ大学代謝科学研究所のゾーエ スチュワート氏は言う。英国の調査によると、1型糖尿病の妊婦の2人に1人が、出産の際になんらかの合併症を経験しているという。
「人工膵臓」が1型糖尿病の妊婦の血糖コントロールを大幅に改善
研究は、英国糖尿病学会(Diabetes UK)と国立健康研究所(NIHR)の資金提供を受け、スチュワート氏やイースト アングリア大学のヘレン マーフィー教授らの研究チームによって行われた。
試験には、妊娠12~14週間の16~44歳の1型糖尿病患者14人が参加した。参加者は、最初の28日間、人工膵臓かインスリンポンプのどちらかを身に付け、それ以降は人工膵臓を身に付けた。血糖値を63~140mg/dLに収めることを目標に治療を続けた。
結果として、人工膵臓が妊娠している1型糖尿病の女性の血糖コントロールを大幅に改善することが分かった。現在、もっとも進んだ治療である、インスリンポンプとCGM(持続血糖測定)を組み合わせた場合と比べても、血糖コントロールを相対的に25%改善することが明らかになった。血糖値の目標を達成できた時間は、インスリンポンプでは60%(1日14時間)だったのに対し、人工膵臓では75%(同18時間)だった。
「インスリン投与を適切にコントロールする人工膵臓は、現在において実行可能なもっとも先端的な治療に比べても、より良い血糖コントロールをもたらし目標の達成率も高い。自然な膵臓のβ細胞のインスリン分泌により近い、血糖コントロールを得られます。妊娠・出産を望む1型糖尿病の女性のために、このテクノロジーが早く実用化されることを願っています」と、スチュワート氏は言う。
妊娠している1型糖尿病の女性が人工膵臓で在宅治療を受けた最初の試験
妊娠・出産に希望と自信をもてるようになった
ノーフォークのワイモンダムに在住しているローラ カーバーさんは28歳、生後18ヵ月で1型糖尿病と診断された。担当の糖尿病認定看護師より、今回の人工膵臓の臨床試験について教えられた。
「自分の力だけでは、十分な血糖コントロールを得られないことは分かっていました。私は数年前のクリスマスに流産を経験しています。迷わず今回の試験に参加することを決めました。夫や両親に相談したところ、皆応援してくれました」と、カーバーさんは言う。
カーバーさんはインスリンポンプを使ったことはなく、それまで1日6回のインスリン頻回注射を続けていた。彼女は人工膵臓のデバイスについて、医師から説明を受け、夫の協力を得て試験に臨んだ。
「血糖値が目標の範囲内にとどまる時間が、以前に比べずっと増え、血糖コントロールが改善しました。どこに行くにも人工膵臓のデバイスを身に着けてなければなりませんが、元気な赤ちゃんを産むためには、ちょっとした代償です」
すべてがうまくいったわけではない。彼女は、タンパク尿を伴う血圧上昇を症状とする子癇前症(妊娠中毒症)を発症した。しかし、出産そのものは無事に乗り切れた。カーバーさんは健康で元気な男の子を生み、現在は生後11ヵ月で順調に育っている。
「流産の体験はとても悲しいものでした。私は自分を非難し、同じことが再び起こることを恐れました。いまでは、希望と自信をもっており、子供をもう1人生みたいと思っています。人工膵臓をもう一度使うことがでれば、私は一瞬もためらわないでしょう」。
カーバーさんは最新の医療テクノロジーの効果を身をもって体験し、出産後はインスリン注射に戻らず、現在はインスリンポンプで血糖管理をしている。
「出産後1ヵ月間は人工膵臓のデバイスを保有することができましたが、それが過ぎると返却しなければなりませんでした。正直言って、体の一部を失うような喪失感がありました」としている。
新たな臨床試験が進行中 数年内の実用化を目指す
「人工膵臓は、1型糖尿病の治療を変えるポテンシャルをもつテクノロジーです。特に厳格な血糖コントロールを必要とする妊娠している女性にとっては重要です」と、英国糖尿病学会のディレクターのエリザベス ロバートソン氏は言う。
ケンブリッジ大学の以前の研究でも、妊娠している1型糖尿病患者で、人工膵臓が妊娠の前期と後期の血糖コントロールを安全・効果的に改善することが確かめられた。女性のコンディションを管理するのを手助けするためのに、人工膵臓が真の意味でのブレークスルーとなる可能性があるという。
英国糖尿病学会は、1977年から人工膵臓の開発を支援してきた。当時はファイルキャビネットほどの大きさだったが、現在開発されている人工膵臓はタブレット端末ほどの大きさに縮小され、持ち歩くのは苦ではない。
ケンブリッジ大学の研究チームは今回の試験の成功を受け、現在は16人の1型糖尿病の女性を対象に新たな試験を行っている。タブレット端末サイズからモバイルフォンサイズへと、人工膵臓はさらに小さくなった。
数年のうちに、英国のいくつかのクリニックで人工膵臓の臨床試験を行うことも予定している。人工膵臓が医療の現場で活用される日は、予想以上に近そうだ。
Study shows pregnant women with Type 1 diabetes can use artificial pancreas safely at home(英国糖尿病学会 2016年8月17日)
Closed-Loop Insulin Delivery during Pregnancy in Women with Type 1 Diabetes(New England Journal of Medicine 2016年8月17日)
[ Terahata ]