メトホルミンは、2型糖尿病患者の血糖低下を目的とした糖尿病治療薬だが、近年は前立腺がんや膵臓がん、乳がんなどの抗腫瘍効果が指摘されている。
メトホルミンのがん抑制効果
糖尿病治療に広く利用されているメトホルミンが、前立腺がんによる死亡リスクを低減する可能性があることが、今年8月に米国がん学会(ACS)年次学術集会で発表された。
メトホルミンは世界でもっとも広く利用されている糖尿病治療薬で、米国の同薬の調剤件数は2010年に4,800万件を超えている。
メトホルミンの特徴は、インスリン分泌促進作用はないが、それ以外の幅広い膵外作用を併せもつ薬剤という点だ。メトホルミンは肝臓における糖新生の抑制、筋肉など末梢での糖利用の促進し、腸管からのグルコース吸収を抑制することで、血糖降下作用を示す。
メトホルミンは、1950年代から使われており、長い歴史をもつ治療薬だが、1970年代にビグアナイド薬であるフェンホルミンによる乳酸アシドーシスが報告され問題となり、日本ではメトホルミンの用法・用量が一部制限されるようになった。しかし1990年代になって、世界的にビグアナイド薬が見直され、メトホルミンを使った大規模臨床試験が欧米で実施された。
その結果、メトホルミンは、これまで広く使用されてきた経口糖尿病薬であるSU剤と比較して、体重増加が認められず、インスリン抵抗性を改善する効果があるなど、メリットがあることが明らかになった。また、メトホルミン服用者での乳酸アシドーシスの発生頻度は、フェンフォルミンに比べて低いことも明らかになった。
多くの研究者は、メトホルミンは副作用が少なく、使用実績が多く、さらに後発医薬品でも入手可能なために安価であることから、最善の選択肢のひとつだと結論している。
メトホルミンのがん抑制効果が注目されたのは、同薬を服用していた糖尿病患者の中にがんに罹患する例が少ないという観察研究が発端だった。
「Journal of Clinical Oncology」に発表された今回の研究は、イスラエル、RabinメディカルセンターのDavid Margel氏らが、カナダのオンタリオ州の67歳以上の糖尿病男性で後に前立腺がんを発症した3,800人強を対象とした。
研究開始時点で約3分の1がメトホルミンを服用しており、他の患者は別の糖尿病薬を利用していた。メトホルミン服用期間(中央値)は、前立腺がんの診断までは19ヵ月、診断後は約9ヵ月だった。
約4年間の追跡期間中、メトホルミンを使用していた患者は、がん診断後の服用期間が6ヵ月延びるごとに前立腺がんによる死亡リスクが24%低減することが判明した。
糖尿病治療薬のメトホルミンに抗がん効果があることはかねてから指摘されていた。2012年には、米シカゴで開かれた米国がん研究学会(AACR2012)で、前立腺がんおよび膵がんに同薬が有効とする臨床試験結果が初めて報告された。
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国立国際医療研究センター病院糖尿病・代謝・内分泌科の能登洋氏らは2012年に、メトホルミンとがん罹患、がん死亡に関する文献をレビューし、解析した結果を報告している。
メトホルミンを服用していた糖尿病患者では、服用していなかった患者と比較して癌死・発癌とも確率が確実に減少していたことが明らかになった。
他にメトホルミンの抗がん効果を指摘した研究の概要は以下のとおり――
- 前立腺がん患者に、前立腺摘出術前にメトホルミンを投与した結果、摘出された前立腺内のがん細胞の増殖が遅くなっていることが判明した(米プリンセスマーガレット病院)。
- 膵臓がんと糖尿病を合併する患者がメトホルミンを服用をすると、2年後生存率はメトホルミン服用群では約30%であったのに対し、非服用群では15.4%だった(米テキサスMDアンダーソンがんセンター)。
- 卵巣がんと診断され、診断時にメトホルミンを服用していた患者5年生存率は67%なのに対し、非服用群の生存率は47%にとどまった。(メイヨークリニック)
- マウスにおいて、メトホルミンは肝腫瘍の増殖遅延効果を示した(米メリーランド大学医学部)。
- マウスにおいて、メトホルミンが口腔がん病変の細胞数減少とサイズ縮小もたらした(米国立歯科衛生研究所)。
一部の研究者は、インスリンおよびインスリン様成長因子が一部のがんを促進する可能性がある点、また2型糖尿病患者は診断される前に血液中のインスリンレベルが高い状態が何年も続いていることが多い点を指摘し、メトホルミンはインスリン産生量を増大させないため、がんの成長を抑える可能性があると述べている。
Metformin Use and All-Cause and Prostate Cancer-Specific Mortality Among Men With Diabetes(米国臨床腫瘍学会 2013年8月5日)
[ Terahata ]