第56回日本糖尿病学会年次学術集会
糖尿病の運動療法には、▽血糖コントロールの改善、▽心肺機能の改善、▽脂質代謝の改善、▽血圧の低下、▽インスリン感受性の増加など、さまざまな効果がある。多くの恩恵をもたらす運動療法だが、実際に取り組んでいる糖尿病患者は少ない現状が、第56回日本糖尿病学会年次学術集会(5月16〜18日、熊本市)のシンポジウム「運動療法の今後の展望」で発表された。
糖尿病患者の運動療法の実施率は50%程度
日本糖尿病学会は、佐藤祐造・愛知学院大学教授を中心に「糖尿病運動療法運動処方確立のための調査研究委員会」を立ち上げて、2008年に運動療法の実地調査のためのアンケート調査を行った。糖尿病患者がどれぐらい運動をしているかということと、指導する立場の医師がどれぐらい指導しているかということなどを、全国規模で調査した。その結果、糖尿病患者の運動実施率は自己申告でおおよそ50%程度であることが判明した。
調査であきらかとなったのは、通動療法の指導率の低さだ。初診糖尿病患者に対して食事療法を「ほぼ全員に指導する」と返答した医師は全体の70〜80%程度であったのに対して、運動療法では40%程度にとどまった。糖尿病の療養計画書で「指導箋を作成して運動を指導している」と回答したのは、専門医でもわすが9%だった。さらに、患者が運動していない、医療者側が運動指導をしていない理由は、「十分な時間をとれない」がもっとも多かった。
佐藤先生らは2011年に糖尿病診療に関わるスタッフ向けに「
糖尿病運動療法指導マニュアル」を刊行。運動の適応と禁忌、実際の行い方、注意点・評価方法、運動療法を続けるコツ、安全で効果的・持続性のある運動療法とその指導法など、運動療法指導のエッセンスをマニュアルとしてまとめた。
「運動の実施率を100%に引き上げるために、医療者と患者の双方が対策しなければなりません。大切なのは、生活スタイルにあわせて運動プログラムに組み込むことです。毎日少しずつでも、できるだけ歩くような運動を取り入れて継続することが大切です。日常生活が多忙で、特に運動を行う時間がない場合、エレベーターの代わりに階段を使うなど、生活習慣のなかに運動を組み込むよう指導していく必要があります」と強調した。
有酸素運動は全身持久力を高める
運動療法で改善が期待されるもののひとつは「全身持久力(最大酸素摂取量)」だ。全身持久力はウォーキングや水泳、自転車こぎなど有酸素運動を実施することで維持・向上できる。国立健康・栄養研究所の澤田亨先生は、全身持久力と2型糖尿病の関係を調査した研究の成果を紹介した。
4,747人の男性を対象に体力測定を行い、その結果で対象者を全身持久力の「低い群」、「やや低い群」、「やや高い群」、「高い群」の4群にグループ分けした後、全員を14年間追跡し、各グループ別に糖尿病に罹患した人数を比較した。
2型糖尿病もがん死亡も、いずれも全身持久力が高い群は危険度が低下することがあきらかになった。すべての死因を含んだ総死亡や高血圧についても同様の結果になった。また、全身持久力が維持・向上した人たちは全身持久力が低下した人たちと比較して、2型糖尿病に罹患する危険性が低下していた。
全身持久力を向上するための運動として、高齢者には中等度の強度の運動を30分、可能であれば毎日行なうことが推奨されている。最適な運動のひとつがウォーキングだ。ウォーキングは他の運動よりも比較的簡便で安全というメリットがある。ウォーキングを行なうことによって日常生活動作が改善したり生活の質が向上したりするだけでなく、2型糖尿病や高血圧、老年病の予防・改善に有効であることが多くの研究によって確認されている。
次は...ウォーキングを週に5時間行うと死亡率が半分以下に
第3の脂肪「異所性脂肪」 運動不足が引き金に
脂肪は皮下脂肪や内臓脂肪に蓄積すると考えられてきたが、それ以外の肝臓、筋肉、膵臓などにも第3の脂肪ともいうべき「異所性脂肪」として蓄積し、インスリン抵抗性やインスリン分泌に関わっていることが分かってきた。日本人は、皮下脂肪をためる容量が欧米人よりも小さく、少し太っただけで異所性脂肪が蓄積する可能性が高い。
日本人の脂肪摂取比率は50年で約4倍に増え、交通機関の発達により身体活動量が低下している。高脂肪食や身体不活動が全身の肥満とは別に骨格筋細胞内脂質を増加させ、インスリン抵抗性を引き起こし、メタボリックシンドロームや2型糖尿病、動脈硬化症の発症につながっている。
順天堂大学の田村好史先生は、骨格筋細胞内の異所性脂肪蓄積が、全身的な肥満から独立してインスリン抵抗性を惹起させる可能性をあきらかにした。実際に2型糖尿病患者が2週間程度入院すると、2〜3kg程の体重が減少し、これに伴い血糖値や中性脂肪値も改善する。その理由は、食事療法により、肝臓内の脂肪(脂肪肝)が減ることと、運動療法により骨格筋の細胞内脂肪が改善することだという。
肥満症の人でも、1日の食事摂取カロリーを減らし、5〜10%程度の体重減少を行うだけでも、脂肪肝は著明に改善し、中性脂肪値や血圧が正常化することも分かっている。食事・運動療法をしっかりと行っていけば、異所性脂肪が改善し、確実に効果が出てくるという。
ウォーキングを週に5時間行うと死亡率が半分以下に
40分以上のウォーキングを毎日行った2型糖尿病患者は、ほとんど運動しない患者と比べて、死亡の危険性がほぼ半分以下になることが「Japan Diabetes Complications Study(JDCS)」(主任研究者:曽根博仁・新潟大学教授)であきらかになった。
研究チームは、JDCSに登録された2型糖尿病患者1,702例(平均58.5歳、女性47%)を対象に、8.05年(中央値)にわたり追跡調査を行った。質問票を用いて、余暇身体活動や職業を含むライフスタイルの調査を行った。種類や時間から1週間当たりの運動量を推計し、3グループに分け比較した。
年齢、性別、糖尿病罹病期間で調整後、余暇の身体運動が週15.4METs・時以上の群は、週3.7METs・時以下の群に比べ、脳卒中のハザード比は0.55(95%CI:0.32〜0.94)、全死亡率のハザード比は0.49(95%CI:0.26〜0.91)と有意に低下した。
2006年に健康づくりのための運動指針が改定され、生活活動・運動量を表すために、METs(メッツ)という単位が使われている。METsは安静の状態を1とした時に、その何倍の強さにあたる運動かを表したもので、通常のウォーキングは3METs、速歩は4METs、水泳は6METsなどであらわされる。
身体活動量の単位「エクササイズ」(METs・時)は、運動強度(METs)と運動時間(時)の積であらわされる。通常のウォーキングなど日常的な運動の強度は3METs程度なので、これを週に5時間ほど続けると15METs・時に相当する。
第56回日本糖尿病学会年次学術集会
[ Terahata ]