DMオピニオン
2017年06月12日
第18回 糖尿病とカンセン
その日の体調は、だいたい朝起きたときにわかるものだ。カゼを引いたときは、家中の埃を全部吸って吐き出すような乾いた咳がゴホゴホとでるし、熱があれば体はだるい。
そういうときには、すぐに会社を休んだ。持病をあらかじめ申告して就職した会社だったので、突然の休みでも
「1日、ゆっくり休んでいなさい」と上司は了承してくれた。
ただ、僕の主な仕事は車のセールスだから、車を買いそうなお客さんとの面談がある場合には、カゼでもシックディでも、いやたとえ高熱を出したとしても出社はした。そして、悲しいことにカゼをひいているとインスリンを打てども打てども、僕の血糖値は200mg/dLを切ることがなかった。
湿 疹
そんな僕には、直径2cmぐらいの赤い湿疹がよくできた。ひとつは後頭部の右下にある襟足ぐらいのところの髪の生え際と、もうひとつは、かなり恥ずかしいところではあるけど、陰毛の左上部のところだった。なんというか、この湿疹は、毛の生え際を好むように生息していた。まあ、湿疹ごときでは死にやしないから、気にしないようにはしていた。
ただ、この湿疹、たまらないのは、風呂に入って、患部を洗って乾燥すると、ものすごく痒くなることだ。そして、掻けばフケのようなものがボロボロと落ちたし、掻けば掻くほどさらに痒くなった。まるでノミに刺されたような痒みだった。
あるとき、湿疹をあまりに長いこと放置していたため、痒みが治まらくなった。僕はとうとう白い巨塔の皮膚科へ行った。初診だった。
「遠藤さん、どうぞ」
最悪にも診察室から呼ばれた声は、女性の声だった。僕は思わず、身構えた。陰毛の奥にできた湿疹を、彼女でもない女性に見せるのかと思うと、卒倒しそうになった。そんな自分を悟られぬよう、僕はできるだけ作り笑いとわからないような作り笑いを浮かべて診察室に入った。
髪の毛はボブぐらいの長さで、白衣がなんとも似合っている、綺麗な先生だった。
「今日はどうされましたか?」
僕は、まず頭にできた湿疹について告白をした。
「フケがすごく出て、痒いんです」僕はつぶやくように先生に伝えた。
先生は僕の後頭部の髪をかきあげて、「あー、これですね」と言った。
「他にも痒いところはありますか?」
まさに、僕の陰毛にも湿疹ができていることを知っているかのように女医の先生は尋ねる。
「あそこの毛にも……」
「えっ、なんておっしゃいましたか」
「いや、大事な部分の毛のところにも……」
「はあ?」
会話を重ねるたびに、僕はしどろもどろになってしまって、おまけに声まで 小さくなった。まるで親から怒られすぎて、本当のことを言えなくなった子供みたいだった。
かわいい白衣を着た先生は、机の上に置いてあった使い捨てビニールの手袋をはめた。そして僕は、ズボンをゆっくり脱いで、陰毛は見えて陰部が見えない程度にパンツを下ろす。
1型糖尿病の人生が終わるまでに、僕は何回、こんなショックを経験するのか。いつもの言葉が僕の頭の中でこだました。
女医先生は僕の陰毛をまさぐって湿疹を見た。そして、陰毛から手を放して、僕に言った。
「薬を出しておきますので、これを塗ってみてください」
「何か悪い病気にでもなったのでしょうか」
「おそらくカンセンの一種だと思います」
カンセンが観戦ではないことぐらいわかったけれど、感染でもないだろう、と自問自答した。そうすると、どのカンセンなのか、僕はいろいろ想像しながら、パンツを上げて、そしてズボンも上げながら、チャックとベルトを閉めた。
炎 症
頭のほうの湿疹はまだしも、陰毛の生え際の皮膚に宿った湿疹は本当にひどい湿疹だった。この状態でセックスをしようものなら、湿疹はもっと赤くなっていき、さらに痒みも増した。乾癬(カンセン)ではなく、何かに感染しているんじゃないか、と疑念は度々浮かんだ。
だから僕は、湿疹がひどくなれば処方された薬を患部に塗った。放っておけば、あまりのかゆさに血が出るくらい掻いてしまうからだ。そして、一時的に薬が奏功して、湿疹はなくなった。ただ、本当に一時的だった。また1カ月後くらいには再発して、ものすごく痒くなった。そして、薬を塗る。これが延々と続いた。
ただ、全身の皮膚に少しでも異変があれば、たとえそれが恥ずかしいところでも、皮膚科の医師へ相談することを僕は厭わなくなった。1型の糖尿病だけでなく、2型の糖尿病の患者さんも、皮膚の炎症には十分注意すべきである。なぜなら、皮膚の炎症には、糖尿病とも密接に関連しているものがあるのだ。糖尿病になれば、免疫力が低下するので、いろいろな細菌に感染しやすくなるし、高血糖が原因で脱水にもなりやすい。そうすると皮膚が乾燥しやすくなって、皮膚の炎症も起きやすくなるのだ。
僕の、この皮膚トラブル(今後、違う皮膚トラブルにも襲われる)は、20年近く続いた。悪化すれば、皮膚科で貰ったステロイドの塗り薬を塗ってはいた。もちろん、薬を塗ればすぐに炎症は治ったけれど、また再発。その繰り返しだった。最後はHbA1cがよくなるにつれて、この炎症は落ち着いたように思う。
皮膚のトラブルがあった場合には、ぜひ、ためらわずに、皮膚科へ行きましょう!
もくじ
- 第1回 あなた、一生、インスリン注射が必要です
- 第2回 人前で低血糖になるな
- 第3回 就活と見えざる何か
- 第4回 消えたインスリン
- 第5回 消えたインスリン その2
- 第6回 アルバイトの経験
- 第7回 大学での部活
- 第8回 社会人1年目、罹病10年目、マグネットへの羨望
- 第9回 1型糖尿病(23歳、男)の性
- 特別寄稿「被災した糖尿病患者さんへ」
- 第10回 表彰状の行方
- 第11回 トップセールスへの道 ―超速効型の登場と低血糖―
- 第12回 仕事に打ち込む夏 ―データか、センスか―
- 第13回 お酒と血糖値と現実と
- 第14回 恋人ができるまで
- 第15回 低血糖との戦い
- 第16回 徐々に襲いかかる合併症
- 第17回 インスリン注射の早わざ
- 第18回 糖尿病とカンセン
- 第19回 1型糖尿病は僕の性格をも形成する
- 第20回 一生続く不安と、どう向き合えばいいのか
- 第21回 5年後の自分とセールスという仕事
- 第22回 朝の血糖値と覚えてない低血糖
- 第23回 シックデイの苦しみ
- 第24回 1型糖尿病と自律神経と運動
- 第25回 超えられる壁 越えられない壁
- 第26回 1型糖尿病のポテンシャル
- 第27回 心のそこにあるモチベーション