私の糖尿病50年-糖尿病医療の歩み

41.若い人達の糖尿病

1. 東北でもサマーキャンプが始まる
 糖尿病をもつ小児はサマーキャンプにも行けないし、友達といっしょに水遊びもできないのではかわいそうだ、サマーキャンプに連れて行こうということで、米国では1929年クリーブランドの東25マイルのHo Mita kodaでHenry Johnにより最初のキャンプが開かれた。そしてジョスリンのキャンプ(1931年)、ウィスコンシンのLannon Fieldsのキャンプ(1933年)、フィラデルフィア近郊のCamp Firefly(1935年)などが次々に開かれた。筆者は1960年にこのキャンプ・ファイアフライを訪れ数十名の少年達が楽しそうに遊んでいるのを見て強く印象付けられた。

 わが国では1963年丸山博先生が数名の糖尿病をもつ小児をサマーキャンプに連れて行かれたのが最初である。その後方々でキャンプが開かれた。東北地方でもぜひ始めたいと思い郡山市太田病院の阿部祐五先生に話し、太田辰雄理事長のご配慮で磐梯熱海の太田病院の保養施設を使わせていただき1975年の夏に開くことができた。東北地方の皆様のご支援、ご協力により大成功裡に終わった。次の年は太田病院の看護学校を使わせていただき大成功であった。

 そのときの参加者の文集もできた。その後東北各地でサマーキャンプが行われるようになったが、毎回東北各地の皆様のご好意で開くことができ、また文集も毎回作成されている。このようにして東北地方でもサマーキャンプが始まった。

図1 東北小児糖尿病サマーキャンプ 文集
第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
第8回
第9回
 糖尿病をもつ子供達は、自分のような病気をもつ子供は他にみることがないので、インスリン注射などをすることで気後れしているが、同じような子供が沢山いて、またそれぞれの仕方で注射をしているのをみて、安心する。そして自信がつく。サマーキャンプに参加する前と後では、大きく変わってくる。サマーキャンプは効果的である。
2. 若者の就職と糖尿
 大学には学生の健康を管理する所があり、筆者はその診療室長となっていた。全国大学保健管理協会ができ、そこに5つの研究委員会ができた。その1つが学生の糖尿病に関する委員会で、就職の採用試験時に糖尿陽性で採用を拒否する会社もあることから筆者が委員長となって調査を行うことにした。表1のような調査票を作り、ダイヤモンド就職ガイド(1970年版)の中から、各種の企業別に資本金の大きいものから342社を選んで発送し、127社より回答を得た(回答率37%)。回答のうち89社は会社名を明記してあったが38社では明記されていなかった。127社のうち採用試験時に検尿を行っているのは97社で、検尿を行っていないものは、採用試験時に身体検査を行わないもの12社を含めて30社であった。97社のうち4社ではただ検査すると答えただけで糖尿についての質問には回答がなかったので、以下は93社の回答結果てある。

 表1をみると、尿糖陽性ならば原則として不採用、再検して異常なければ採用75%であるが、(2)の腎性糖尿であることが明らかになっても原則として不採用23%、採用47%となっている。当時は腎性糖尿についての理解が十分でなかったと思われる。

表1 採用試験時身体検査における尿糖陽性者の採用方針に関する質問集計

(1) 尿糖が陽性であった場合の一般的方針

a. 原則として不採用
8(9%) 
b. 再検して異常がなければ採用
70(75%)
c. 医療機関での精密検査を指示し診断書の提示を求める
11(12%)
d. その他
4(4%) 

(2) 血糖検査で腎性糖尿であることが明らかになった場合
a. 原則として不採用
21(23%)
b. 原則として採用
44(47%)
c. はっきりした方針はない
18(20%)
d. その他
5(5%) 
e. 回答なし
6(5%) 

(3) 血糖検査では異常であるが糖尿病としての特別の治療を必要としない程度の軽いもの
a. 原則として不採用
30(33%)
b. 原則として採用
19(20%)
c. 入社までに正常値になったら採用する
15(16%)
d. はっきりした方針はない
19(20%)
e. その他
7(8%) 
f. 回答なし
3(3%) 

(4) 糖尿病と診断されたが勤務に差支えないもの
a. 原則として不採用
43(46%)
b. 原則として採用
13(14%)
c. 入社までに正常値にもどったら採用する
15(16%)
d. はっきりした方針はない
17(19%)
e. その他
4(4%) 
f. 回答なし
1(1%) 

(5) 数年前から糖尿病として治療されているが経口剤、インスリンを用いていれば勤務に差支えないもの
a. 原則として不採用
58(63%)
b. 原則として採用
7(7%) 
c. はっきりした方針はない
20(22%)
d. その他
6(6%) 
e. 回答なし
2(2%) 
日本医事新報 2499号、46-48頁、1972年
 (3)糖尿病として特別の治療を必要としないものでも不採用33%、入社までに正常になったら採用16%。(4)糖尿病と診断されたが勤務に差し支えないものは原則として不採用46%、入社まで正常値に戻ったら採用16%、(5)糖尿病の治療をしているが、経口剤、インスリンを用いれば勤務に差支えないものは、原則として採用7%で不採用63%となっている。

 現在は入社時に健康診断の異常で不採用にすることはないと思われるが、当時はこのような理解であった。しかし一般にはまだ糖尿病をもつ人は敬遠されるので、筆者はこれは何とかしなければと思い日本糖尿病協会理事長のときに表2のような「糖尿病をもつ若者の就職の差別撤廃」を企業に伝えて欲しいと当時の労働省職業安定局障害者雇用対策課に頼みに行った。しかし頼んでもやってくれるとは限らないのが役所なので、どれほどの効果があったのか疑問である。このことは毎年のように文書で要望してもよいのではないだろうか。

図2

糖尿病青年の就職の差別揃廃を
労働省職業安定局障害者雇用対策課に要望

 1997年5月21日撮影。左側手前は松浦弘行課長、その後ろは松原伸夫専門官。右手前は後藤、その後ろは北里大学小児科松浦信夫教授。
月刊「糖尿病ライフ さかえ」平成9年8月号より
平成9年5月21日
労働省 職業安定局
障害者施設対策課長
  松 浦 弘 行 殿
社団法人
日本糖尿病協会
理事長
後 藤 由 夫

糖尿病を持つ人の就職時の差別撒廃についてのお願い

 現在厚生省の調査によるとわが国には約600万人の糖尿病患者がおり、その対策が大きな問題となっています。
 さて、糖尿病は生後間もない小児にも発症しますが、特に近年は小学生、中学生の糖尿病が次第に増加しております。その大部分は、成人の糖尿病とは異なり偏った生活習慣などによるものではなく、自己免疫異常によっておこるものであります。このような患児は一生インスリン注射を続けなければなりません。しかし、インスリン注射を続ければ近視の人が眼鏡で普通に活動できるのと同様に、健常人と変わりなく勤務も仕事もできます。欧米先進諸国では、インスリン治療をしている人が就職できないのは、パイロットなどの限られた業種でその他はすべてオープンにされています。
 しかし、このようなことが常識となっていないわが国では、就職時に糖尿病があるというだけで採用を拒否されるということがあるのが現状であります。このために糖尿病があると定職につくことが困難で、所得が少なく、また人に隠すことになるので、充分な治療が受けられずに早死する人が少なくありません。まことに歯がゆい思いのすることであります。
 当協会ではこのような偏見、差別をなくすように活動を続けておりますが、労働人口の減少が予測されている現在、貴職におかれましては、糖尿病を持つ人に対する就職時の差別を撤廃し、その能力を発揮できるような社会環境づくりをして下さるよう、行政的ご配慮をお願い申し上げます。
3. 若い人の糖代謝
 学生の健康管理ということで尿糖のチェックも行った。その結果表3のように1〜3%の陽性者がみられた。その人達について100gGTTをやり、また同時に血漿インスリンや遊離脂肪酸を検査した。その結果の大要はに示した。GTTは頂値140以下、2時間110以下は正常、もし尿糖陽性ならば腎性糖尿、頂値160以上で2時間値140以上なら糖尿病、頂値160以上で2時間値110以下ならオキシ高血糖(oxyhyperglycemia)、その他は境界型と判定した(表4)。当時はGTTの判定基準がまだ統一されていなかった。
表3 若年者の尿糖スクリーニングと100gGTT

 
尿スクリーニング
100gGTT
 
尿糖陽性(%)
正常
境界型
糖尿病

  高校生
男性  
1708
19(1.1)
13(4)
6
6
 
女性  
1396
45(3.2)
25(12)
17
3

  大学生
男性  
5228
170(3.2)
78(30)
46
9
 
女性  
1212
19(1.5)
7(0)
5
0


表4 若年者のGTT区分別の血糖、血漿インスリン平均値

  GTT区分(例数)血糖(mg/dL)血漿インスリン(μU/mL)
空腹時
30
60
90
120
  空腹時
30
60
90
120

  正常型(34)
85
108
101
94
84
 
22
89
84
78
72
  腎性糖尿(24)
84
126
113
95
94
 
15
91
90
90
71
  オキシ高血糖(14)
92
179
156
111
89
 
30
76
143
98
76
  境界型(30)
87
142
145
134
120
 
15
90
103
102
107
  糖尿病型(11)
105
167
195
186
169
 
13
50
66
130
121

Diabetologia 9, 264-267, 1973
 現行の判定基準にすれば糖尿病は1、2例というところであったと思う。当時の学生の糖代謝はこの結果のような状況であった。特に注意したかったのは腎性糖尿やストレスによる一過性糖尿で、これが糖尿病と間違えられないように注意を喚起したかったわけである。
 企業の採用時の状況をみても糖尿病をあまり知らない人が意見を述べているのではないかと思われ、それも懸念事項であった。このようなことは専門学会や協会で折にふれて啓発活動をすることが重要と思われる。
4. 金がなくてインスリンを間引き注射
 糖尿病をもっている若い人は18歳まではインスリン注射を公費でカバーされるが、それを越えると医療保険になる。ところが糖尿病であるので職に就けない場合が多い。また就職できても糖尿病のあることを隠している場合には職場の医療保険も使えない。このような事情があるので、少ない報酬からインスリンの金を払うのは大きな負担になる。それにインスリン注射量も多い。そこで受診回数を減らしたり、インスリン注射も間引きしたり減量したりする人がいる。世界の第2番目の経済大国であり、WHOからは医療のもっとも充実している国と言われているのに、現実はこのような不幸なことが行われている。

 そこで私は次のことを提案したい。
 「25歳未満で1型糖尿病を発病し生涯にわたりインスリン注射を必要とする者にはインスリンを公費負担にする。」
 インスリン治療はかなりの負担になる。1型糖尿病の人は適量のインスリン注射を行っていれば健常者と変わることのない活動ができる。スポーツ選手もいる。

 現在、少子化が問題になっているが、これらの人達に働いてもらうことにどうして目が向かないのだろうと、不思議に思う。今のようなことが続けば、高血糖のために合併症が起こり、腎透析、失明などに進行する。すなわち、インスリンを供給して健康に働いてもらうのと、合併症のために働くことができなくなるのとどちらがよいか、誰にも分かることである。現在の役所の人達は、1型糖尿病にインスリンを供給すると、途轍もない医療費増になると思うかもしれないが、その数はそんなに多くはない。少ない予算で、生きる希望と喜びを与えることができ、生産にもつながるのであり、それが本当の行政なのであるが。

(2006年05月01日更新)

※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。

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