私の糖尿病50年-糖尿病医療の歩み
25.糖尿病者への糖質輸液
1. キシリトール輸液
東北大学第三内科は消化器病と糖尿病の診療を主要なものとしていたので、消化器病の治療薬を製造している製薬会社の人達が多く出入りしていた。その中でエーザイ株式会社では輸液用の五炭糖液を製造したので評価してほしいとの要望があった。1963年頃のことで、当時我々はケトーシスに強い関心をもっていたので、早速五炭糖液を使用してみた。五炭糖のキシリトールは代謝マップでは図1のように、D-キシルロースレダクターゼによりD-キシルロースになり、キシルロキナーゼにより5番目の炭素に付燐されてキシルロース-5-リン酸となり解糖系で代謝される。ラットでは図1の右のウロン酸回路でグロン酸からL-グロノ-γ-ラクトンを経てビタミンCが合成される。
図1 糖代謝マップ |
したがってラットなどではアスコルビン酸欠乏症は起こらない。ところが、ヒト、サル、モルモット、ゾウなどではL-グロノ-γ-ラクトオキシダーゼがないためにビタミンC合成ができないので壊血病になる。このように代謝は動物によっても微妙に違っている。ヒトの代謝は大通りがわかったようなもので、細かい小路のようなところはわかっていないのではなかろうかと思いながら我々は最初に健常者にキシリトール30gを点滴した。特に反応や症状は現れなかった。
キシリトールの点滴によって血糖の上昇は認められないが、血漿FFAは低下する。これはキシリトールがエネルギーとして利用されていることを示唆する現象である。
次に糖尿病者に30gを点滴すると同様にFFAの減少、血中ケトン体の減少などがみられた(図2)。
図2 糖尿病者にキシリトール30gを点滴したときの効果 左上から血糖、FFA(遊離脂肪酸)、インスリン。 右上からケトン体、ピルビン酸、乳酸。
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次に入院糖尿病者にキシリトール30gずつ毎日点滴すると図3のように尿糖排泄が低下し、また血中ケトン体の上昇している症例では著明に低下するのが認められた。これらからキシリトールの有用性を認め、我々の成績をLancet(1965,2.918-921)に発表した。エーザイの社長さんは論文が欧文誌に掲載されたのを喜ばれたとのことであ
図3 男性(右)および女性(左)入院糖尿病者にキシリトール1日30g点滴し尿糖排泄量の減少した症例 |
キシリトールについては知見が数多く集積されたので、各国より86名が参加し1967年8月27-29日、箱根で国際シンポジームが開かれた。我々も出席し臨床知見を発表した(図4)。この会では米国で一緒に脂肪組織のグルコース代謝を研究したA. I. Winegrad教授やガイズ医科大学のI. Macdonald教授とも再会することができた。
2. 治験結果を携えてニュージーランドに
図4 キシリトール製品を前に |
さて発表を聞いているうちに、糖質輸液は1日のカロリーを満たす量を補給すること、したがってキシリトールも100g投与することなどを印象付けられた。メルボルンでも同様のシンポジウムが開かれ外科医会Douglas A. Coats教授が司会した。
図5 マオリの歓迎 図6 マオリの女性のコーラス |
3. ソルビトール輸液
1964年第五栄養と武田薬品、ついで翌年日研化学では輸液用のソルビトール液を製品化しそれぞれ発売した。我々はその治験も行ったが丸浜喜亮博士はStadieのslicerを用いてラット肝切片、またラット副睾丸脂肪組織を用いてケトン体生成、グルコース-u-C14とソルビトール-u-C14の代謝の比較などを実験した。また健常者と糖尿病者とにソルビトール30gを点滴して血糖のわずかな上昇、FFAおよびケトン体の減少を観察し、1966年11月8日広島で日本消化器病学会秋季大会の折に開かれたカンファランスで発表した。このように、糖尿病者の輸液には血糖の上昇しないものなどが考えられたが、インスリン製剤の改良などもあって、現在はグルコースが多く使用されている。 (2005年01月03日更新)
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